圭藤♀でかい口でかぶりつけ。
広告でもない、おばあちゃんの格言でもない。
かわいい彼女からの、たくさんある教えのひとつだ。
「ほら、智将も食えよおにぎり」
「……大きいな」
「でかい口開けてかぶりつくんだよ、それが一番うめえんだから」
彼女は料理が得意だった。それを誰かにふるまうのも好きだった。食うだろお前もって、当たり前みたいに振り向いて、美味いだろ残すなよって、にかにかと笑ってる。
「うまいだろ」
「……」
「こら、なんか言え。せめてうなずけ。夢中で食ってんな」
俺はもちろん、そんな彼女に気を取られてばかりいる。
***
好きだからこそ、一線を引いている部分もある。
「かなめっ!」
特にいつもとまったく違う呼び方で、大声を出しちゃったりしてるときは要注意だ。高確率で混乱を誘ってる。
反射でサッと、左手を口元へ。
「わっ、ぶぶ、」
ずいっ!と顔を寄せてきた藤堂は、俺の固い手のひらとキスしてる。
「甘いな、藤堂。これで何回目だと思ってるんだ」
「うっせえ、逆に引っかかるかもしれないだろ。お前、けっこう抜けてるし」
失言には目を瞑ろう。
「もがががが、」、言葉の代わりにグイグイと手のひらを押し付けてやれば、君はおとなしく尻もちをつく。
まったく、彼女も懲りることがない。
“そういう種族“である俺のキスには催淫効果があること。快楽と引き換えに、しばらく自我を奪ってしまうこと。だからできれば、キスはお断りしたいこと。幾度となく懇切丁寧にお伝えしているはずだけど、一向に諦める気がない。
「いいだろ、キスくらい。死ぬわけじゃあるまいし、」
「肉体的にはだろ。俺はそういうのはシュミじゃない」
「俺がいいって言ってんのに、むっつりケチ」
「むっつりってなんだ、むっつりって!」
「ケチは否定しねえのかよ!無自覚むっつりケチ!」
なんて適当に言い争って、うやむやにしてしまうのが必勝のパターンだ。語彙が低レベルであればあるほど効果が高い。
彼女が嘘偽りなく俺のことを見てくれているのはわかってる。
エロ悪魔と蔑まれることも多い中、『智将は?何味にする?』なんて分け隔てなく接してくれたのも、そういう男と付き合うのだと覚悟を決めてくれたのも、心から感謝している。
だけど、いやだからこそそれとこれとは別なのだ。
キスして意識をとろかせてふわふわさせているうちに突っ込んで終わりなんて俺は、
「なら、せめてクッキー食えよ」
ぺちゃりと、もふもふのオオカミ耳を垂れ下げた藤堂がゴソゴソとなにかを取り出した。
「クッキー?」
「妹とふたりで作ったんだよ。お前、甘いもんは食わねえのかもしれないけど」
とか言いながら、ちゃっかり一枚つままれてしまった後では拒否権などないだろう。
「ほら、あーん、」、近づいてくるバターの香りに、俺は大きく口を開ける。
しまった、と身構えたときにはもう遅い。
「あっ、」
「んっ、はあっ、ん、」
ニヤリと、悪いオオカミの笑みを浮かべた君に、でかい口でかぶりつかれる。
一瞬の油断がこのザマだ。
「ふふっ、ちゅうっ、」、食欲旺盛なオオカミに、俺は丸ごとのみこまれてしまった。