圭藤12月31日ってチートすぎる。
こんな時間に靴を履いて、こんな時間に改札をくぐって、こんな時間にこいつの顔を見ることができるんだから。
「めちゃくちゃ寒いねー、葵っち」
要は、へらへらふにゃふにゃ笑っていた。
部活のときよりしっかり着込んで全身モコモコに膨らんでるくせに、ほっぺたを赤く光らせて笑っていた。
ライブカメラに映りに行こ!とニコニコお誘いを受けたときは、何が何だかわからなかった。
「は?え?なんだって?」と眉を寄せれば、「これ!」待ってましたと言わんばかりにスマホの画面を近付けられる。いや近いわ、近すぎる。お前の顔しか見えねえっつうの。
画面に映っていたのは、俺ですら名前を聞いたことがあるような超有名なお寺だった。まだ年が変わるまで一週間もあるような時期だったけど、正月の準備だろうか、寺の入り口に設置されたカメラはそこそこの人の波を流している。
まさか要が、だるまだのしめ縄だのを欲しがっているわけじゃないだろう。
「つまり?ふたりっきりで初詣行こうって?」
スマホを押しのけて口角を上げれば、要はあたふたと目を泳がせる。別に、そんなのストレートに放ってくれていいのによ。彼はたまに、人が変わったように臆病になる。
「どうせなら31日の夜に行こうぜ」
と、人のスマホで勝手に路線を調べ出せばもういつも通り。
要は、へらへらふにゃふにゃ笑っていた。
突発的な思いつきにしては、結構トントン拍子かもしれない。
「葵っちは?寒くない?俺、ババアにめっちゃカイロもらってきたから分けたげる」
「お、おう。お前のほうがよっぽど風邪引きそうだけどな。ほら、鼻垂れてる」
前を歩く人たちの頭と、やたらと機嫌のいい要。間抜けだなあなんてわかりきっているけれど、あまりにも幸せそうな表情にこちらの眉もずるずる垂れる。
結局、おんなじ気持ちでいるのだ。じゃなかったら、一歩進むにも苦労するようなこんな場所で、ふたり白い息を吐いているわけがない。
えっ、うそおなんてずびずび背伸びする彼と、文字通りの人の波を見比べる。お参りまでにはまだまだ遠く、日付が変わってもしばらくはたどり着けそうにない。
だけど、なんとなくこの場所には見覚えがある。初めて来たはずなのに、あの木も、あの屋根も、どうしてか知っている。
「あっ!このへんかも!カメラに映ってる場所!」
ハッ!と弾かれたように叫ぶ要につられて、バッ!とあたりを見渡した。街灯マシマシになっているとはいえ、さすがに暗くて肉眼でカメラは探せない。
「いや違うって、こっちだろこっち!」と、冷えたスマホをあわてて開く。みんな同じことをしているのか、ライブ配信の画質はガビガビで、自分たちがどこにいるのかなんて判別できなかった。
ブッと、たまらず肩を揺らす。大爆笑をこらえればこらえるほど、ふつふつと腹の底が温まる。
「ふふっ、ふっ、」と、要も手のひらで自分の顔を覆っていた。必死にこらえているものの、隙間から漏れる笑みは非常に危うい。
「ブッ、ククッ、おい、なんなんだよ、これ、」
「ふふっ、ふっ、いや葵っちがさあ、急にめっちゃキョロキョロするから、」
声を殺して、身を寄せ合う。ゲラの神様から隠れるようにぎゅうぎゅうとくっついてみるものの、大した効果はなさそうだ。
いけない、これは本当に。こいつといると、なんでもないことがツボに入りすぎる。
周囲がどよめいたのも、スマホにポコポコ通知がきまくってるのも、全部別の世界のことのよう。
「藤堂、日付変わってるぞ」
極め付けは、いつもより低い「明けましておめでとう」を囁かれたことだった。
とうとうブハッと、思いきり白い息を吐き出してしまう。
「え!?あっ、あれっ、智将!?」
「いやお前、一瞬だけ出てきていなくなんなよ。あけおめ言い逃げって、聞いたことないわそんなもん」
「葵っちめちゃくちゃウケてるし。ちょっと智将!ずるいよ!俺への挨拶は!?まだなんですけど!」
1月1日ってチートすぎる。
こんな時間にいっしょにいて、こんな時間にゲラゲラ笑って、ただそれだけで普段の5割り増しでこいつを愛おしく感じてしまうから。
俺たちは、へらへらふにゃふにゃ笑っていた。
「そうだ、みんなにライブカメラ観ろよって送ろうぜ」
「あ!いいじゃんそれ!“いちばんにスクショして送ってきた人に、智将がパイ毛やります“」
「待て、それは俺も見たすぎる」
部活のときよりしっかり着込んで全身モコモコに膨らんでるくせに、べったり引っ付いて笑ってる。