圭藤「あー!葵っち、なんでマフラーしてないの!?」
遠くから響いたその声にビクッと背筋を正してしまったのは、まさに今、マフラーに手をかけていたからだ。
いや、今日別になくてもいけるだろこんなもん春だぞ春、そーんなことないよ葵っちどこ住んでる!?俺たちなんて徒歩五分でマフラーぐるぐる巻きにしてきたもんね!
続く会話を眺めながら、ああ、そういやあいつはマフラーをしていなかったなと思い起こす。同じ家から、同じ電車に乗り、同じ校門をくぐった双子の彼。要圭は、彼を葵っち、こちらを葵ちゃんと呼んでいる。
「なあんでえー!約束したじゃん、お互いのマフラー交換してつけよ♡って!」
「はあ!?……あー、ああ、今度マフラー持ってきたときなって言っただろ!」
「それ言って一週間経ってんじゃん!いつつけてくんのーねえねえねえ!」
「知らねえよ地球に聞け!」
双子の片割れとその恋人の声は、教室じゅうに響き渡る。聞く気がなくたって飛びこんでくるやかましさだ、そろそろどついてもいい頃かもしれない。
「藤堂、」
口を開けた瞬間、呼び止められた。ななめ前方でピーピーと抗議する要とまったく同じ顔をした、俺の彼氏。
我ながら漫画みたいな話だと思うけど、このクラスには双子が二組いて、双子同士で付き合っている。ちょうど、お互いにお互いの相方を交換するような感じで。
「おー、智将、」おはよう、と続けていいものか少し迷った。あんまりにも、目の前の彼が神妙な顔つきをしているものだから。
うろうろと、俺の手元と顔を見比べながら、彼が言う。
「その、俺たちもやるか?マフラー交換」
は?と、漏れそうになったハテナマークをあわてて喉の奥へ押し返した。我が彼氏は、こう見えて結構繊細だから。
あーね、なるほどね、要はまだ未練がましく、マフラーのごとく背中にぶら下がっている。
そうだな、うんうん、そして俺の手の中には、外したばかりのマフラーが畳まれもせず丸まっている。
いやいや、しかし、俺たち学校来たばっかだし。これから授業で、マフラーなんて一日中ロッカーの中だ。交換したところで意味はない。
じわじわと、手のひらに熱が集まるのを感じた。
なんにも巻いていないのに首元がむずむずして、妙にペタペタ触りたくなる。
口元が勝手にゆるゆる上がっていって、ごまかすように下を向いた。
俺たち学校に来たばっかだけど。これから授業で、マフラーなんて一日中ロッカーの中だし、交換したところで意味なんてねえけど。
「……一応、しとく」
ああ、恥ずかしがって机ばっか見てないで、マフラーを差し出したときの智将の顔を、もっとよく眺めておけばよかったな。