※芽生えたものが本物か偽物かなんて誰にも分からない
ポカンと見詰めたその先に、明らかな異常が鎮座していた。
自分よりも幾分大きな背丈を見上げた先にあるのはカリオストロの相貌で、その額、ひび割れた亀裂から何かが角のように生えている。それは確かに"芽"の様な何かで、思わず口にした疑問に伯爵は事も無げにさらりと告げた。
「なに…コレ?」
「蕾、でしょうかね」
まるで他人事の様に諦観する男は、自身の顔、ひび割れた溝に指先を滑らせる。赤い瞳から額にまで伸びた大きな溝を辿れば、そこには本来あるはずの無いものが顔を覗かせていた。
伯爵の言う、花の蕾。何故そんな物が生えているのか、疑問に顔を曇らせるが当の本人も答えを得てはいないのか困りました、と曖昧に微笑むばかりだ。あまりにも素っ気無い回答に、もしかして揶揄われているのかとカリオストロの顔をまじまじと観察する。しかしひび割れたその隙間、細かな溝にさえツタのような物がびっしりと覆っているのを見てしまっては素気無く返す事も出来なかった。
一体何が起こっているのかと、今回藤丸を呼び出した医療班へ目を向けれる。彼らはカリオストロのカルテを確認しながら、当然の様に診断を告げた。
「霊基異常だな」
「霊基異常って、何の?」
「まだ判らん。患者の問診では、起床時からこの症状に見舞われていたと言う話だ。頭部からの発芽、見た所霊核に直接侵蝕…いや癒着と言った方が良いか。厄介な事に、エーテル体に深く根付き肉体の性質と同調してる」
「性質?」
コレだ、とアスクレピオスがカリオストロの額の蕾をプツリと取り上げる。ともすれば、カリオストロの額からは微かに血が滲み瞼の上に滴った。しかし驚いたのはそこでは無く、その蕾がみるみる内に再生し再び額の上に芽生えて来たことで。まるでそれが自然であるかの様に、我が物顔で蕾は鎮座していた。
「見ての通り超再生だったか、摘出はほぼ不可能。枯れるまで待つ、と言うのも無しだな。擬似的な不老不死、僕の宝具…勿論模倣品の方だが、それにも勝るとも劣らない面白い性質を持っている。患者で無ければ良い被検体になっただろうに、実に惜しいな」
チッと舌打ちを零すアスクレピオスに藤丸は苦い顔をする。本当に医者として優秀なのだが、優秀過ぎて行き過ぎた所が有るのが玉に瑕だ。
しかし、摘出不可となると困った事になった。原因も治療も分からないとなるとカリオストロは今後どうなるのか。当の本人を見やれば額の血を拭い、何事も無かったかの様にただ医者の言葉を待っているだけで。本当に自分の病に対して関心が有るのだろうか、とつい疑問に思ってしまった。
「人が植物や鉱物に変わる、と言うのはギリシャ神話にも有る話だが…、これはまた別物だろうな。何処ぞの愚かな神に見初められた女でもあるまい。本人の逸話にも植物に関するモノは無し、近々で神秘に触れた形跡も無い。原因も分からないとなると…暫くは謹慎だな」
「謹慎…、お見舞いとかはしても大丈夫?」
「そこは好きにしろ、他人に伝染るようなモノじゃない。とは言え不用意な接触は控える様に。コレからこの愚患者には色々と試し…、治療に励んで貰わなけばいけないからな。クク……植物の寄生か、はたまた新しい病魔か、面白くなって来たじゃないか」
クツクツと笑う医者の顔はさながら新しい実験体を前にしたマッドサイエンティストそのもので。まぁ少なくとも医者として悪い様にはしないのだろう事だけが、藤丸を安堵させる要因の一つだった。