小さな虫、大きな虫。その子達が沢山隠れてる落ち葉の絨毯の上に真っ白なペンキをひっくり返した。
オベロンはそんな男だ。
黄落したセピア色の絨毯が通学路に出来始めた。教室は日差しを沢山取り込み温かい。ついうとうとしてしまう午後の授業が終わってもこの時期は皆まだ帰れない。文化祭に向けて準備があるからだ。
クラスメイトのマンドリカルドに一応断りを入れてこっそりと教室を出た。廊下の端の階段を上っていく。
教室の温かさがちょっぴり恋しいほど光を取り込みづらい廊下は冷えていてシャツ一枚の立香は愛しい紺のカーディガンに思いを馳せた。
一階の教室から四階まで上がるのは億劫だ。彼も面倒じゃないのかな。
四階から更に上には屋上に続く階段があるが立ち入り禁止だ。
行き場のない古い机と椅子が雑然と並べられたそこでいつも彼は読書をしてた。
来ることは分かっていたようでゆっくりと伏せた瞳をこちらに向けた。
「なんだ、お前かよ」
「おーべーろーん、こんなところでサボってたの?」
「うっわ、隣来ないでくれないかな? 埃が舞う」
「クラTも着てないし、ちょっとはクラスに顔出してよ」
「…はー。
経費管理に買い出し行ってるんだから良いだろ」
「俺は、良いけど…他のクラスメイトが」
「うるさ… 俺はお前以外の奴のこととかどーでも良いんだよね」
口説き文句まがいのセリフも様になるほどオベロンはそれこそ物語の王子様のように品があって、作り物のように美しい。
(…ほら、そうやって)
作り物の笑顔に作り物の台詞。大根役者ではとても演じきれないそれを彼は限りなく本物にする。
彼はその本物を差し出されて困惑する俺を瞳に捕らえてほくそえむ。罠に掛かった昆虫を眺めるように。
(分かっててやっているのだ)
嘘で出来た君に特別と言われることが死ぬほど嬉しい。それをオベロンは知っている。
それを利用して彼に遊ばれても俺は喜んでしまう。毒の盃を知ってて飲み干す物語の登場人物のように彼の特別が嬉しいんだ。
キモ、って言われるだろうけど。
好意を伝えると彼はあのムカデを見たときのような顔を俺に向ける。心底吐き気がするとでも言うように。
ゾロゾロとばらばらに動く固くて長い足。節が沢山ある長くて大きい体。
オベロンのあの顔とムカデが同時に思い起こされて少し苦笑した。
ただ。
「ほら、立香はクラスに戻って
帰りは、昇降口な」
「…うん」
先に帰ることはせず、いつも彼は昇降口で待っている。
冬に今日のような待ち合わせをしたとき、寒空の下鼻を赤くするオベロンを見た。それを見たときこれだけは彼の本当なのだと、密かに嬉しくなってしまった。
「じゃあ、後でね」