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    mee30232362

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    mee30232362

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    いつかまた 一きっと私の望む結果にはならなかったのだと。


    清霞に告げられたその言葉は、重たいものとなり、薫子の胸に落ちた。
    結婚に恋愛は必要ない。
    結婚とは、家と家が結びつくもの。
    婚礼のその日まで、相手の顔を知らないなんてこともよく聞く話だ。

    でも。

    わかっていた。
    私は美世さんにはなれないと。


    ーーだって私は、弱いから。



    胸に落ちた重たいものは、薫子の想いを黒く染めていく。

    死罪も覚悟での裏切りだった。
    仕方が無いと同情の声もあがったが、これは自業自得。

    全て、自分の弱さが招いた事。

    美世さんは強い。
    そして綺麗で、儚く美しい。
    自分からして見れば理想の女性だと思う。
    清霞の横には、これ以上にない程お似合いだ。


    私の恋は終わった。
    元から見込みはなかったけど。
    それでも…。
    最後に、話す事が出来て良かった。



    全てを忘れたくて、薫子は無心で木刀を振る。

    恋も、仕事も。
    何もかもが上手くいかない。
    でも、こうして木刀に集中する瞬間は、余計な事を考えずに済む。

    仕事が終わると、毎日のように薫子は道場へ足を運んだ。自主的に鍛錬して、来るべき日の為に日々を励み、気が付けば日は暮れて、周りに人はいなくなっていた。そんな日も多い。

    今日も最後、薫子は道場にひとり。
    木刀を片付けて帰り支度を始めた頃。

    珍しく道場の扉が開く。
    ーー誰だろう。
    こんな時間に人が来るのはかなり珍しい。
    緊張して振り向けば、見慣れた軍服の男性がいた。
    久しぶりに見たその顔に安堵を覚える。

    「お疲れさま〜」

    薫子からやや離れた位置で、のんびりとした優しい笑顔の彼が軽く手を振る。

    「お疲れ様です。五道さん」

    手にしていたものを全て床に置き立ち上がる。姿勢を正して五道に向き直った。
    薫子も笑顔を作りいつも通りに声を掛ける。

    「こんな時間に屯所にいらっしゃるなんて。珍しいですね」

    何か屯所にでも用事があるのだろうか。第一線で活躍する彼は、市内を巡回する仕事をしている薫子と違い多忙だった。

    薫子も軍人の端くれだ。
    詳しくは知らされていないが、今がどう言う時期かくらいは知っている。

    「いや?用事はないんだけど。ここに来れば、陣之内に会えるかと思って」

    その言葉に薫子は目を見開く。

    「最近通い詰めてるって聞いたから。明日は貴重な非番だし、無理してないか監視に来ただけ」

    五道は警戒する事なく、変わらない笑顔でこちらに歩を進めた。
    勿論薫子に敵意はないが。それにしても、裏切り者の前科がある薫子に対して五道はやや不用心にも見えた。

    「無理は、してないですよ?」

    五道は薫子の手前で立ち止まる。
    それにも薫子は勤めて笑顔で答えた。

    「そう、ですね。…信頼を回復出来るよう、頑張っています」

    笑う薫子を、五道は少し怪訝そうな顔で見る。

    「そう言う嘘は、下手なのな」

    いつもの人好きのする笑顔がない彼は、何だかそれだけで少し怖くも感じて身を含める。
    真っ直ぐな五道の瞳には、動揺する薫子だけが映っていた。

    「…隊長と何かあったんだろ?宮城ですれ違った時から気になってた。隊長は、ああ言う人だからわかんないけど…。何か言われた?」

    宮城、と言われて思い出す。
    普段は近付く事ももうあまりない宮城で、清霞と話したあの日。

    美世さんには、絶対に叶わないと。
    …気付いてはいたけれど。
    直接言われると、やはりそれは辛いものがあった。


    薫子はぎゅっと両の拳を握り、五道から目を逸らす。

    「五道さんには、関係ない…です」

    こんなのは八つ当たりだ。
    心配してくれているのに、失礼な物言いだと理解はしている。けど、彼に気を使う余裕はなくて。

    「これは、隊長と自分の問題ですから」

    小さく呟くと。
    五道は何も言わなかった。

    道場内はしんとして、張り詰めた空気がある。

    耐えきれず薫子は顔を上げて、恐る恐る五道を見れば。珍しく眉間に皺を寄せて、不機嫌さを隠す事なく五道はこちらを見ていた。

    「関係なくなんかねぇよ」

    苛立ったような低い声。

    「そんな泣きそうな顔で笑ってりゃ…心配にもなるだろう」
    「泣きそう?私が?」

    そんなふうに言われたのは初めてだった。
    言われた薫子は少し戸惑う。

    「そうだろ。隊長に何言われたかなんて興味はないけど。大方の予想は付く」


    吹っ切れたとは思っていない。でも、納得はしていた。
    清霞なりに考えた婚約破棄の理由。
    自分に落ち度はなかったと、言われた。
    気遣とかではく、清霞の本心。
    それが嬉しかった。

    隊長らしいと、思った。

    それで十分だった。


    …十分だったのに。

    私は…。


    目頭が熱い。鼻の奥がつんとする。

    泣きそう?
    私が?
    違う。今はただ、辛いだけ。

    視界が揺れる。
    奥歯をぎゅっと噛んで、こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えて俯いた。


    「そんな、意地になる事はない。悲しかったら、泣けばいい」


    五道は迷いなく、手を伸ばして。
    俯く薫子の頭に触れて、乗せる。

    自分の掌とは全く違う。
    温かくてごつごつした、大きな男の人の掌だ。

    「ここには、誰もいないから」

    揺れる視界からぼやけた床が見える。
    瞼を閉じれば、涙が溢れて床に落ちた。

    悲しくなんてない。
    泣きたくなんてない。

    仕事も、恋も。

    悪いのは自分。
    全て私が至らないからだ。

    こんな弱い自分は、嫌い。
    こんな姿、誰にも見せたくなかった。

    「五道さんが…、いる…じゃないですか…」

    涙が頬を伝う。

    「俺はいいの。特別だから」

    頭に乗せた手をそのままに。
    五道はそれ以上何も言わなかった。


    一度涙が溢れれば、もう止める事は出来ない。
    薫子は両手で顔を覆う。次から次へと、ぬぐっても、ぬぐっても涙は止まらない。

    薫子の嗚咽だけが、静かに響く。

    「…隊長が…、好きでした…」

    胸にしまっていた想いが溢れる。

    「そんな事…。一生口にしないって…決めていたのに…!美世さんが、羨ましくて…悔しくて…」

    本当は、美世さんになりたかった。
    強い自分になりたかった。

    「でも、美世さん…すごくいい人で…っ。どうしていいか、わからなくて…。私、美世さんも、大好きだから…っ」

    五道は薫子の背中に手を回す。
    小さなその背中を、そっと撫でて。
    静かに彼女の言葉に耳を傾ける。

    その顔はーー。










    しばらく泣くと、何だかすっきりした気がした。
    ずっと側にいてくれたその人は、薫子に手ぬぐいを手渡しながら、力無く座り込む薫子に合わせて膝を付く。

    五道はそっと、薫子の濡れた頬に触れて、親指で涙を拭った。


    「俺じゃダメ?」


    目を大きく見開き、顔を上げる。

    聞き間違い?
    否、そんな事はない。

    真っ直ぐにこちらを見る五道の顔に、表情はない。

    考えてもみなかった。言葉が出なくて。
    ただただ、五道の顔を見ることしか出来ない。

    静かな夜の静寂に。
    先に視線を逸らしたのは、五道だった。
    一瞬俯いて、はぁとため息を漏らしたかと思うと、すぐに笑顔で向き直る。

    「さて、と」

    ぽんっ、と薫子の頭に一回触れて、立ち上がる。

    「もう夜も遅いし、今日は送ってくよ」

    顔洗えよーと言いながら薫子に背を向ける。
    薫子は手を伸ばした。
    何かを、言わなくては。

    「五道さん…っ」
    「んー?」

    振り返る五道は、さして気にしている様子もなく、いつも通りだ。
    呼び止めたものの、何から話して良いのかわからない。言いたい事、聞きたい事はたくさんあるはずなのに。

    薫子の言葉を少し待って、何も言わないのを察すると、

    「入り口で待ってるから、着替えて早く来いよ」

    いつもの調子で言って再び歩き出す。
    結局薫子は、その後ろ姿を呆然と見ているしか出来なかった。


    一歩、二歩踏み出した五道の足が不意に止まり。今度は振り向かずに、やや低い声が、小さく響く。

    「俺は、本気だよ」


    そのまま入り口へと消えて行った。
    ばたん、と大きな扉が閉まる。



    残された薫子は、ぺたんとその場に座り込む。

    何から、考えればいいんだろう。
    手にした手ぬぐいを見て、急に顔に熱が登る。


    考えた事もなかった。
    同僚だと思っていたから。

    そんな事…。



    道場の入り口を見るが、閉じられた扉からその姿は勿論見えない。


    そこにいるのに。
    どんな顔をして、行けばいいんだろう。


    持っていた手ぬぐいをぎゅっと握りしめる。
    どきどきと、鼓動が早い。
    急に意識してしまう。

    もうしばらく恋なんてしないと、決めた。

    でも。

    今日、この想いを吹っ切れたのは、確かに五道のお陰だ。



    好き、とは違うけれど。
    それは、
    いつかまた。







    ***




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