Re:プロローグ――今度は……くんと同い年がええな
――同級生やったら、ぼくら絶対仲良くなってへんけどな
春の温かい風が頬を撫でた時、そんな会話がふと頭の中に浮かんできた。なんやこれ? えーと……あ、そうそう。今日見たヘンな夢のやつ。
全く見覚えのない所。俺に縁の無いような、うららか~な庭みたいな所で誰かと喋っている夢だった。その相手の名前を何度も口にした気がするのだが、目が覚めたらすっかり忘れてしまった。
覚えているのは、薄桃色の花。丸い後頭部にちょこんと乗っかっていたのが可愛くて……。いやだから誰の後頭部やったんやっけ。どうもぼんやりする。ま、春やし仕方ないか。
呑気に構えているが、実際のところ俺は大問題に直面していた。
住むところが、無い。正確に言えば入居予定だった学生寮がダメになってしまったのだ。
早急に代わりの物件を探す必要があった。地元からそこそこ離れた大学を選んだから、実家から通うのはナシだ。まぁ、暫くは「知り合い」の家にでも転がり込んで凌げれば……。考えを巡らせながら商店街の角を曲がった時だった。
春一番が吹き、通り沿いに植わっている桜の木がざわざわと揺れた。小さな花弁が通りのあちこちに舞い散る。
そのうちの一枚をなんとなく目で追うと、風に乗ってある店の前に佇む人影に向かって行く。
そこは小さな不動産屋だった。物件情報を展示しているガラス窓の前にしゃがみ込んだその人影、青いチェックシャツを着た青年の頭に、短い旅路を終えた花びらがそっと着地をした。
珍しいこともあるやん。おもしろ。
そう思いながら興味半分で横顔をちらっと見たとき、記憶の端で火花が散った気がした。
……え、待って。どっかで見たことあるな。
伏せられた睫毛は男の割には長くて、かけている眼鏡に付きそうになっている。着ている物こそイマイチ垢抜けないが、よく見るとかなり整っているその顔。
そうだ、合格発表で見た顔だ。受験番号202番。自分の次だったのだ。そーっと後ろから覗き込むと、その青年は真剣な顔で一点を見つめていた。
【〇〇駅近く・スーパー、コンビニあり! 家賃9万円】
その時、ある事を思いついた。今まで生きてきて一番賢いアイディアだと思う。
第一印象が肝心。軽く前髪を手櫛で整え、着ていたTシャツの裾を引っ張って皺を伸ばした。
声をかける直前、黒髪とそこに映える薄桃色が視界に映る。それはまるで幸せのチケットのようにきらきらとしていて眩しい。
まだ名前も知らない。だけど確信している。俺はこの子と仲良くなるって。
「202番くん、おウチ探してんの?」
抜けるような青空、再び巡ってきた春を祝福するように、桜が満開の日だった。
つづく