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    geturei145

    @geturei145

    白快もぐもぐ

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    geturei145

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    pixivにあげてある本編後のお話。基本甘め中心。
    3冊目のプロットがあるけれど本にするか悩み中。

    #まじっく快斗
    #白快
    whiteFast

    Last Dance~I’m fond of you.~episode 一


     服部が指定された居酒屋に到着した時にはすでに黒羽は酔っぱらっていた。
     日本ツアーで自身の秘密の恋について告白した友が十年にわたる片思いを実らせてはや数か月。ようやく日本に戻ってきたときにはすでに木々は秋の装いを深め冬の気配が色濃く街に下りたころだった。 
     店員に案内されたのは奥の個室。お座敷タイプの引き戸を開け放った瞬間、むせ返るほどの酒の匂いに顔を顰めた。あちこちに徳利やらビール瓶が転がり、お世辞にも居心地がいいとは言えない。テーブルに突っ伏してもグラスを離さない男こそ、日本でもっとも有名なマジシャンである。正確に言えば、世界において指折りの、それこそ最高峰といっても過言ではない超がつくほどの有名人だった。
    「無事か、工藤」
     酔いつぶれた相手の目の前で呆れた顔で席についていたのは、恋人である。服部の問いかけに地の底まで届きそうな溜息を吐き出した。
    「おっせーよ、バカやろうが」
     眉間にこれでもかと皺をよせ、不機嫌そうに告げてくる。腕を組んだまま壁に背を預ける姿は疲れ切っているのがよく分かった。
    「荒れとるんか」
    「それどころじゃねーって。これなら、延々惚気話聞いたほうがましだぜ」
     座敷に上がり恋人の隣に座れば、そっとグラスを差し出され有難く受け取れば注がれたのはビールである。それを一気に煽るといまだテーブルに突っ伏した友を見やる。
    「ようやっと、想いが通じたんやろ?」
    「だからだよ」
     恋人が深く溜息を吐いた。
    「片思いだったら仕方ないで済ませられることも、恋人同士だからこそ耐えられなくなることもあるんだよ」
     そういえば、イギリスにいる友からは事件にかかりきりのため、事業家としての仕事が滞ると愚痴を聞いたのを思い出した。自分の恋人ほどではないが、探偵という性はどういうわけか事件を引き寄せてしまうらしい。もっとも警察に身を置く自分としては事件が日常の一部となってはいるが、白馬は本職としているわけではない。あくまで趣味的な部分で取り組んでいるわけだが、それにしてもスコットランドヤードからの要請はひっきりなしに舞い込んでいるようだ。
    「白馬のやつ、また厄介な事件に巻き込まれて、もう二か月も逢ってねーんだと」
    「それでも電話くらいできるやろ」
     白馬は見た目とおり、律儀な男で何もなくともまめに連絡をよこしてくる。友人でこの頻度なのだから恋人ともなればそれなりに連絡しているはずである。
    「ねえよ」
    「黒羽?」
    「お前、起きとったんか」
     むくりと顔を上げた黒羽は赤い顔でこちらを睨みつけてきた。その目は完全に据わっている。
    「メール送っても返信はねーし、電話しても忙しいから後でかける、で終わり。あいつがオレにかけてくることなんてほとんどねーよ」
     あの、白馬探が、か。
     思わず恋人と顔を見合わせていた。
    「あいつ、昔はすげえこまけー男だったくせに、コイビト同士になった途端、放置とかありえなくね?」
     グラスに残ったビールを左右に揺らしながら唇を尖らせる。
    「セックスしたら途端に冷める奴いるじゃん」
     抱いてみてやっぱり男は無理とか。やっぱりそれほど好きじゃなかったとか。様々な憶測を口にしては顔を顰める。
    「オレ、飽きられたのかな」
     ころりとテーブルに頬をくっつけて口を閉ざす。そうして聞こえてきたのはすすり泣く声である。大胆不敵に夜空をかけ、警察を手玉に取っていた怪盗だったなどと思えない。
    「快斗、白馬はそんなやつじゃねーよ」
    「そうやで、黒羽。あいつはそんないい加減な男やない」
    「じゃあ!」
     バンとテーブルに手をつくと勢いよく顔を上げる。その顔は世界中のファンもドン引きするほど涙でぐしゃぐしゃだった。くしゃりと赤い顔を歪め、きっと睨みつけてくる。
    「なんで電話の一本もねーの!?メールなんていつでも出来んだろ!何も顔見ながら話したいとかわがまま言ってねーし!ただ!ただ……声くらい、聞きてーじゃん」
    「黒羽」
     ぽつりと零れ落ちた言葉、それがきっと彼の本音で間違いない。焦点のあってない虚ろ気な瞳で左手を見つめている。そこに嵌まっているのは、銀色のリングである。愛おし気に右の人差し指で触れている。
    「最初は、違ったんだ……どんなに忙しくても電話くれて……。オレもツアーの合間に何回も電話した。あいつの声聞いてるとなんていうか、すげえ落ち着くっていうか。どんなに疲れていたって、あいつの声聞くだけで頑張れた」
     もう一度テーブルに顔を埋めると震える声で言った。
    「なんだよ、畜生……オレばっか振り回されて理不尽じゃねーか」
    「じゃあ、別れたらどうだ」
     冷静な恋人の声が響いた。はじかれたように黒羽は顔を上げ、恋人を見つめている。
    「そんなにつらいなら、別れてもいいんじゃねーか?正直、今のお前を見ていられねーよ。白馬には悪いが、お前をそんな風にしか愛せないなら、オレは別れたほうがいいと思う。お前にとっても白馬にとっても。実際、どんなに好きでも性格が合わなくて別れるやつもいるし、想像と違ってたなんてザラにある。結婚してたってそうだろ?永遠を誓っても所詮はひと時の夢だ。現実はそんなに甘くない。今だったら傷は浅くてすむ。この際白馬と別れたらどうだ」
    「しん、いち」
     先ほどまで赤く染まっていた顔は血の気が引き、紙のように白くなっている。テーブルの上に投げ出されていた両の手はきつく握りしめられかすかに震えている。
     見かねて服部は恋人に苦言を呈した。
    「おい、工藤」
    「服部は黙ってろ」
     青い瞳が射貫くように見つめてくる。黙っていろと眼差しが語っている。こうなれば頑固な恋人は絶対にひかない。服部はやれやれと息を吐くと渋々ながら身を引いた。
     服部がおとなしく引き下がったのを見届けてから、恋人は畳みかけるように黒羽に詰め寄る。
    「冗談で言ってんじゃねーぞ。オレは本気だ。ずっとお前を見てきたからこそ言える。今のお前をあいつには任せらんねー」
    「僕は別れませんよ」
     突然響いた声に黒羽は驚いたように青い瞳を見開いた。
     とんと、引き戸が開き現れたのは久しく見ていなかった友だった。座敷に上がり込むと黒羽の隣に膝を折り、テーブルに置かれたままの左手を握りしめる。ただ一心に黒羽だけを見据える。その茜色の瞳には確かな怒りが宿っているように見えた。
    「君が別れたいといっても、絶対に許しません。ようやく手に入れたんだ。絶対に離さない」
     黒羽の頬をいとおし気に撫ではっきりと告げる。
    「僕以上に君を愛している人間はこの世にいません。ねえ、そうでしょう?」
    「はく、ば」
     ゆらゆらと青い瞳が揺れている。口を開いては閉じ、開いては閉じをくりかえしたときだった。突然、黒羽の体が前のめりになり傾く。手を伸ばしたのは白馬だった。
    「快斗?」
     聞こえてきた黒羽の名に思わず白馬を凝視すれば、同じく恋人も目を丸くして白馬を見つめていた。
    「……ごめん、吐く」
     小さな声にはっと我に返ったのは服部だけではなかった。
    「ちょお待て!」
    「快斗ここで吐くな!」
    「黒羽くん、待って」
     一斉に黒羽のもとに駆け寄る中、青い顔をして口に手を当てた彼を抱き上げた白馬が部屋を飛び出す。その背を服部は呆然と見つめるしかなかった。
     なんとも言えない脱力感に見舞われ、深く溜息をはいたときだった。ようやく恋人の意図に気づいて乾いた笑みを零した。
    「――さては、白馬がここに来るんを知っとったな」
     隣で同じように脱力している恋人を見やれば、返ってきたのは不敵な笑みである。
    「さてな、オレは真実しかいわねーぜ?」
     唇を引き上げ、楽し気に青い瞳を細める。服部は肩を竦めると消えていった二人の姿を想って目を閉じた。


     それから数十分後、青い顔をした黒羽を支えるように戻ってきた白馬は申し訳なさそうに謝罪してきた。
    「ご迷惑をおかけしました」
    「まったくだぜ」
     不機嫌さを隠すことなく恋人が告げる。白馬は困ったように小さく笑みを零した。
    「色々、有難う、工藤君。君のお陰で思ったより早く解決したよ」
    「いいって、別に。それより、ちゃんと快斗に話せよ?」
    「ええ、そのつもりです。快斗、帰りましょう」
     意識があるのかないのかぐったりと酔いつぶれた黒羽の体を背中に負った白馬は軽やかな身のこなしで出口に向かって歩き始める。その背を追いかける形で後を追えば、しっかりと伝票をレジに渡しているあたり律儀というか。慌てて財布を引っ張り出しても笑顔一つで交わされてしまう。己の恋人に至っては財布すら出そうとしない。
     ずり落ちそうになる黒羽の体を支えてやりながら外に出れば、冷え切った空気が服の合間から入りこみ、ぶるりと身体が震えた。
    「じゃあ、僕たちはここで」
     いつの間にタクシーを呼んでいたのか、軽く手を挙げてあいさつする友に服部は忘れず声をかけた。
    『黒羽、だいぶ参っとるで。帰ったら、たんと愛したり』
     こそっと耳元に囁けば、白馬は茜色の瞳を瞠り、ついで見たこともないほどやさしい顔で笑った。


    ◇◇◇


    「ほら、快斗着きましたよ」
     タクシーを降り、酔いつぶれた恋人を背負い部屋に到着すると探はそっと息を吐いた。
     ここは、快斗が日本に戻ってきたとき生活するために借りているマンションの一室ではあるが、ここに来るのはこれで二度目であろうか。それほどまでに自分は日本に来ることは稀で、だからこそ恋人に辛い思いをさせていると重々承知していた。
    「快斗」
     呼びかけても探の首にしがみついたまま動こうとしない。肩に顔を押し付けるように力を籠める姿が小さい子供のように見えた。
    「快斗、動けますか?」
     ふるふると頭を振る。どうしたものかと思案しながら取り合えずソファーに向かいそっと腰を下ろす。
    「快斗、降りて」
     やはり首を振って下りようとしない。探は怒ることなく辛抱強く問いかける。密着した体から快斗のぬくもりが伝わってくるだけで、吐き出す息が熱を帯びている気がして眩暈がする。
    「ねえ、快斗。僕は君の顔が見たい。君に触れたい」
     だから、降りてと懇願すれば小さな囁きが返ってきた。
    「オレも」とつぶやく声とともに背中の重みが消え、そっと振り返ればソファーに腰かけた恋人が見えた。すぐにキッチンに向かいコップに水を注ぐと恋人に差し出す。
     こちらを見上げてきた青い瞳は熱を帯び潤んでいる。酔いのせいで頬は上気しているし、水を飲む動きもいつもより緩慢で幼い。今すぐにでも押し倒したくなる感情を押しとどめ、隣に座ればおずおずとこちらを見上げてくる。
     その上目遣いにくらりと眩暈がした。
    「……怒ってる?」
    「怒ってるのは、快斗でしょう?すみませんでした。二か月も君を放っておいて」
     途端にうつむき、拳を握りしめる。その手を包み込むように掌で覆えばぴくりと肩が揺れた。
    「なんで、連絡、くれなかった……」
    「できなかったんです」
     のろのろと顔を上げた恋人の青い瞳は膜を張ったようにゆらゆら揺れていた。
     探はほうっと息を吐くと静かに口を開いた。
    「向こうで捜査依頼があったのは三か月ほど前のことです。最初はこれほど長引くなんて、誰も思っていなかった。途中でおかしいと気づいたのは、僕でした。警察のそれも一部しか知らない情報が漏れていたんです。すぐに情報遮断を行いましたが、それ以降も情報は洩れ続けていた。考えられるのは一つ。内部に犯人とつながっている人間がいる。だからこそ、捜査に関わっている人間はすべて監視対象とされました。もちろん、僕も」
    「じゃあ、しなかったんじゃなくて。出来なかった?」
     呆けた様に恋人がつぶやく。探はとっさに彼の肩を抱き寄せていた。そして、濡れたように艶のある黒髪に頬を押し付けた。
    「連絡手段はすべて盗聴されていましたし、メールや手紙もすべて捜査の対象でしたから。事件が解決するまで連絡できなかった。――ごめん」
     恋人の髪に唇を押し付け、ため息を吐けば強張っていた体から力が抜けたのを感じた。
    「オレ、が、嫌いになったから。じゃなくて?」
     思わず体を離し恋人の顔を覗き込んでいた。
    「君を嫌うわけがないでしょう。毎日毎日君のことばかり考えてましたよ。焦がれすぎて何度逃亡しようと思ったか」
     くすりと笑みが零れて、探はようやく安堵の息を吐いた。 
     そっと頬に手を伸ばしゆっくりと撫でれば猫のように目を細め、すり寄ってくる。たまらなくなって口づけても嫌がるどころかもっとと探の首に手を伸ばしてくる。
     幾度かキスを交わし、自分よりも細い体を抱きしめる。快斗の体は細身に見えてもしっかりと筋肉がつき、女性のように決して抱き心地がよいわけではない。それでも、自らが恋焦がれ夢にまで見るほど飢えていたのはこの体である。ぬくもりを確かめるように背中をきつくきつく抱き寄せた。
    「 ――逢いたかった」
     快斗の頬を両手で包み込み、額を寄せれば青い瞳がこちらを覗き込んでくる。ついで顔を綻ばせ、柔らかく微笑む。その笑顔に胸が満たされる。
    「――オレも、逢いたかった」
     探の頬にほっそりとした手を伸ばし、確かめるように触れてくる。その手を握りしめ指先に口づければくすくすと笑いだす。
    「くすぐってーよ、バカ」
     けれど探の手を離そうとしない。むしろ指を絡め、強く握りしめてくる。互いに見つめあい、引き寄せられるように唇を重ねる。一度、二度軽く触れて、三度目は少しばかり深く。 互いの息を溶かすように深く深く口づければ、離れていた期間の心の溝が埋まる気がした。互いの肩に頭を預けて、ぬくもりを分かち合う。ほうっと快斗が溜息を零し呟いた。
    「お前って、なんかすげえ気持ちいい……」
    「そうですか?」
    「うん、なんかこうしてると落ち着く」
     すりすりと探の肩に顔を摺り寄せ、ほうっと息を吐く。
     探はくすくすと笑って快斗の髪を梳いた。
    「僕もですよ。君のぬくもりを感じていると、とても安心します」
    「同じ?」
    「同じですよ」
    「そっか……」
     そういってまた探の肩に顔を埋め、微笑む。本当にかわいい人だと思う。可愛すぎて手離せない。離したくない。離せない。
    「快斗、愛してる」
    「オレも、愛してるよ」
     言いながら探から視線を外す。
    「あーなんつーか」
    「 ん?」
     ぐりぐりと額を押し付け、言い淀む。どうしたのかと問いかけてもなかなか口を割ろうとしない。けれど、何か伝えたいのだろうことはわかって探は快斗が落ち着くのをただ静かに待った。幾度か迷う素振りを見せながら顔を上げた恋人の頬はいつになく赤くそまっていた。
    「快斗?」
    「なんか、その」
    「うん」
    「すげえ、セックス、したい」
     探から視線を反らしながらもこちらに向かって手を伸ばし、頬に触れてくる。その手は火傷しそうなほど熱かった。探はくすりと笑うとあかく染まった頬に口付け是非と返した。
    「僕も、君に触れたい」
     快斗の頬を両手で包み込み、覗き込めば探の真っすぐな眼差しに根負けしたのか、おずおずと視線を合わせてくる。耳まで赤く染めながらも、欲しいと願ってくれる気持ちが心から嬉しいと思った。
    「ベッド、いく?」
     頷いてくれるかと思えば、ぽすんと探の肩に顔を埋め、頭を振った。
    「あ~~やっぱ、無理」
    「何故?」
     欲しいと言いながら、やはり無理だと告げる意味が分からず困惑していれば、小さな声が返ってきた。
    「酔いすぎて……立たねえ」
     数秒沈黙して、探は噴出した。
     それはそうだ。あれだけの酒瓶を転がしていたのだ。
     当然だろうと理解できても先ほどの雰囲気が台無しで。
     けれども、嫌ではない。むしろ、心地よい。
     確かに残念な気持ちはあるが、それよりも。
     耳まで真っ赤にして、探の肩に顔を埋め本気で悔しがる恋人が愛おしくてたまらない。
     湧き上がるこの想いを言葉にするにはどんな言葉を並べたとしても表現しきれない。
     くすくすと笑いながら快斗の体を抱きしめた。
    「じゃあ、いっぱいキスをして今夜は一緒に眠ろう」
     探の提案に、顔を上げた恋人は少しばかり拗ねた様に唇を尖らせていたけれど、それもすぐに溶け、嬉しそうに笑った。










    episode 二


     恋は盲目。その通りだと思う。
     頭は理解していても心が暴走する。
     マジックを始めたのは物心つく前からで、言葉を覚えるより先にマジック道具を使って遊んでいたと母は笑いながら言った。まるでマジックをするために生まれてきたと。そう言ったのは今は亡き父だったという。 
     亡き父と快斗を繋ぐ大切なよすが。
     今年に入ってもう一つ、大切な意味合いが含まれた。
    「あ、あ、やっ、っはん」
     楽屋に響き渡る甲高い声は己のものに他ならない。両足を抱え上げられ背中を壁に押し付けられた状態で恋人を受け入れどれほどたっただろう。
     上着もタイも引き抜かれ床に放られたままだ。片足に引っ掛かっていたスラックスが激しい動きにずれ、床に落ちるがそれすら気づけない。
    「君が、強張ったんだよ」
     甘ったるい声で耳元で囁かれる。快斗はびくんと体を震わせた。探の声は好きだが、熱に浮かされ酷く掠れた声は正直苦手だ。繋がっている箇所がきゅうと疼いて締め付けてしまう。 
     彼の普段の甘い声ですら鼓動をはやめるのに熱っぽく囁かれたらたまったもんじゃない。ショーが終わったばかりの高揚したままの体は些細な動きにすら敏感に反応するのに体を開かれあまつさえ愛を囁いてくるのだ。心臓が持つはずがない。
     引き寄せられるように鼻先を寄せ合えば、熱に浮かされた茜色の瞳が映る。いつもの冷静沈着な姿が嘘のようにただひたすら快斗だけを見つめる。
     欲情に濡れた瞳に陶酔感が沸き上がる。この瞳に映るのは自分だけなのだと思えば、背中をぞくぞくとした快感が走り抜けた。そして惹かれるままに口付を交わす。舌を絡め、互いに唇を押しつけ感情すらもぶつける様にただひたすら求め合う。探の髪に指を差し入れかき回し、角度を変えてさらに深く口付ればお返しとばかりに腰を深く押し付けてくる。 
     探によって開かれ快楽を教え込まれた身体は従順に彼の望むままに声を上げ彼を締め付ける。呼吸の合間に甘い吐息と嬌声が漏れるがそれすら耳に届かない。
     まるで怪盗と探偵として追いかけっこをしていた時のようにただひたすら自分だけを求める彼が今、目の前にいることに快斗は柄にもなく酔いしれた。
     ずっと欲しかった。ぞっとずっと手を伸ばし続けてきた。
     彼もまた快斗を見つめ続けていた。
     想って想われて心も体も溶けてしまいそうだった。
     はあっと大きく吐息を溢すと同時に香水の匂いがして眩暈が起きそうになる。彼が使う香水に慣れたはずなのにくらくらして頭が真っ白になる。頬に手を伸ばし、そっと撫でれば目を細めてすり寄ってくる。
    「さぐ、る」
    「快斗?」
     彼が自分の名前を呼ぶ。ただそれだけできゅうと胸が疼いた。好き。お前が好きだ。言葉のかわりに口づける。驚いたように目を見張ったけれど、すぐにそれは笑顔に溶ける。
    「何?」
     律儀にどうしたのと問いかけてくる恋人の肩に顔を埋め、何でもないと返す。熱に浮かされながらああダメだと思った。


    ◇◇


    「で、出入り禁止にしたってか?」
     くつくつと肩を震わせながら笑うのは親友の工藤新一に他ならない。快斗は渋面を隠すことなく唇を尖らせるとストローを加えふんと鼻を鳴らした。
     ここはショーを行うホテルに近いバーガーショップだが通りに面した一人掛けの席に二人並んで座っている。舞台の練習が終わる時間を見計らい、相談したというのに何という仕打ちだろうか。視界はサングラスのため薄暗くさらに顔を顰めた。 
     マジックが盛んなアメリカと違い、ここは日本。マジック自体の認知度が低いここでは顔を隠す必要もないといった自分に対し、新一は呆れ顔で自分が持っていたサングラスを快斗に無理やりかけさせたのだ。
     探と想いを交わしあい和解した後、彼は快斗のショーに足繁く通うようになった。否、今までも彼は自分のショーを見てくれていたが、会場で目と目を合わせられる距離で見てもらえるのとでは天と地ほどの差がある。
     彼が自分のショーを見てあの奇麗な茜色の瞳をきらきらと輝かせ楽しんでくれる。これほど嬉しいことがあるだろうか。ショーが終われば必ずと言って楽屋を訪れ、称賛の言葉を惜しみなく快斗に捧げる。
     探偵という輩は得てして謎が大好物な人種が多い。それは白き衣を纏っていた頃嫌というほど感じたことだが、マジシャンとして真っ当な生活に戻ってもそれは変わらなかった。
     隣にいる友は自分のショーに毎回来るたび種を明かしてやると凄んでは悔しそうに歯噛みしている。正直己が名探偵と呼ぶ友が来るたび張り合うように舞台を作り上げているため、悔しそうに顔を顰める新一の顔を見るたび爽快だった。 
     けれど。それは昔の怪盗と探偵の延長戦のようでどこか物足りない気持ちがあった。自分が欲しかったのは謎解きではなく、マジックを楽しんでもらうこと。だから、探が客席で見終わった後、楽屋に来てショーの感想を伝えてくれる度泣きたくなるほど嬉しかった。
     ひとしきり笑った後、新一は大きく息を吐いた。
    「わりい、わりい。お前本当に白馬好きだな」
    「はあ?」
     どういう意味だと睨みつけて後悔した。新一は優しく微笑んでいたのだ。快斗は飛び出そうとしていた悪態を飲み込み、青い瞳を伏せた。
    「本当に、よかったな」
     よしよしとまるで犬のように頭を撫でられ、口を噤むしかない。新一は心から祝ってくれている。それが分かるからこそ、大笑いされても言い返せない。反則じゃねーかとテーブルに突っ伏す。そんな快斗をどうとらえたのか、新一は先ほどよりも優しい手つきで快斗の頭を撫でた。
     探と心を通わすようになって。自分は存外甘えたがりなのだと知った。
     一日に一回は声が聞きたいし、顔を見たい。自分を見つめて柔らかく微笑む笑顔をずっと見ていたいし、甘い声で呼んで欲しい。あの広い腕に抱きしめられたいし、キスもしたい。セックスだってもっといっぱいしたい。
     自分も男だ。抱かれるのに抵抗がないわけではない。自分は女性が大好きだし、抱きたい欲求もちゃんとある健全な男だ。なのにいつの間にか心も体も白馬探という男に染められてしまった。この体に忘れられない熱と快楽を教え込んだ。逢いたいのに逢えない欲求に何度か見知らぬ女性と夜を共にしようとしたことはあるけれど、あの泣きたくなるほど身も心も溶けてしまうセックスを知ってしまえば浮気しようとも思えない。
     そんな欲求を離れている間ずっと抱えているのだ。ショーを終えて常より高揚している最中に「 逢いたかった」などと優しく微笑まれたら日ごろのフランストレーションが一気に爆発しても致し方ないだろう。
     つまるところ、我慢できなかったのは快斗のほうで出入り禁止などといったけれど、すでに後悔しているのだ。逢いたくて、たまらない。
     あの日以来、探からの電話もメッセージも何一つない。せっかく長期日本に滞在することになったのに顔を合わせづらくてマンションにも帰っていない。
    「オレは犬じゃねー」
     ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いても新一はくすくすと笑うばかりで取り合おうとしない。
    「はいはい、白馬に逢いてーんだな」
    「新ちゃん、ちゃんとオレの話聞いてる?」
    「聞いてるよ、だからオレはここにいるんだから」
     事件以外は出不精といっても過言ではない新一がわざわざ自分の話を聞くためにここにきてくれている。そう思うと強く反論できない。
     唇を尖らせる快斗に対し、新一は着信を知らせたスマホを取り出すと立ち上がった。幾度か操作すると顔を上げた。
    「わりい、そろそろ行かないと」
    「服部サンと?」
     快斗が問いかけた途端頬をかすかに染めるあたり、まんざらでもないのだろう。なんだかんだ言って、新一も服部のことが大好きなのだ。
    「鍋する約束してんだ。具材買ってかえらねーと。せっかくだから、お前も来いよ」
     口を噤む快斗に新一は強要しなかった。来たければ来い、と。手を振り店を出て行った新一の後ろ姿を見送り続けた。


    ◇◇


    『荷物、届くから頼む』
     そんなメールがきて三十分も経たぬうちにインターフォンが鳴り、服部は包丁を持つ手を止めた。時間からして新一が言っていた荷物だろうか。そう思いながら玄関を開けると立っていたのはよく知る人物で服部は呆気にとられた。
    「なんや、白馬。どないしたん」
    「あ、いえ、工藤君から頼まれてた本を持ってきたんですけど。工藤君、留守ですか?」
    「今、買い物に出たところや」 
     差し出しされたのは紙袋である。覗き込むと三冊の分厚い本が入っていた。親友でもある彼と自分の恋人は趣向が似ているらしく、よく物々交換と評して本の貸し借りを行っていると聞いているがそれかと検討を付けていれば、それを読んだように「 工藤君が読みたがっていたものです」と付け加えた。
     上がるかと声をかければ、少しだけ迷いながらも白馬は頷きを返した。
    「本当に、二人で暮らしてるんですね」
     室内を見渡しながら白馬が感心したように言った。男の二人暮らしにしては片付いていると隣の科学者に言われたことがあるが、服部にはこれが普通で驚かれる理由がわからず肩を竦めた。友をソファーに進めると服部は率直に問いかけた。
    「で、自分らなんかあったんか?」
     彼はそっと目を伏せ小さく笑んだ。
    「君にはお見通しですね」
    「あんだけ、毎日毎日黒羽から電話あったら誰でもおかしいおもうやろ」
     頻繁にかかってくる電話に恋人はウンザリしながらも無視はしない。なんだかんだ言っても放ってはおけないのだ。
     キッチンに向かった服部は、丁寧な手つきで紅茶を入れ始める。外見に似合わず所作が奇麗でついつい魅入ってしまうと白馬から言われるのも初めてではない。
    「浮気だと思わないのかい?」
     少しだけ人の悪い笑みを浮かべる白馬に服部は半目になって返した。
    「アホいうな。黒羽とお前の話、さんざん聞いてきたんやで、どこで何を疑えいうんや。――悩みあるなら聞くで?」
     差し出された紅茶を受け取りながら白馬は苦笑いを溢した。先日楽屋であった事柄を掻い摘んで話す白馬に、服部は頭を抱えた。
    「楽屋でって、それはあかんやろ」
    「自分でも、わかってはいるんですけど」
     困ったように白馬は笑った。
    「彼にだけ、理性が効かない。こんなこと初めてで、どうしたらいいか途方に暮れてます」
     
     笑われるか、馬鹿にされるか。どちらにしろ、探にとってあまりよくない反応が返ってくるのかと思えば服部はこちらを見つめて穏やかに微笑んでいた。自分用に入れた湯のみに口をつけ一息ついた後服部は優しい声音で囁いた。
    「初めての、本気の恋なんやろな、自分ら」
    「え?」
    「遊びの恋愛と違う。心が求めとんねん。心は一番正直や。それを頭で抑え込もうなんか愚の骨頂。端から無理な話やで」
     とんとんと胸を指さしながら服部は言った。その言葉がすとんと胸に落ちてくる。遊びじゃない。本気だからこそ、恋人の言動一つ一つに一喜一憂する日々が続いている。
     けれど、高校のころから真面な会話すらなかった自分たちはさらに十年という隔たりがあったのだ。何をどう伝えればいいのか手探り状態で流石の探も行き詰っている。
     何度も連絡しようとスマホを握りしめては止めてを繰り返している。恋も知らない中学生でもあるまいし、ただ単にごめんと謝ればすむことなのに、その一言すら伝えられない。もし、嫌いだと言われたら?別れたいなどと言われたら?立ち直るどころか生きていけない気がする。
    「そういう意味では、まだ黒羽のほうが冷静やな。楽屋はゆうたらあいつの職場や。いつ誰が来てもおかしくない。そんなところで事に及ばれたら出入り禁止ぐらいするやろ」
    「やっぱり、もういかないほうが」
    「お前は、ほんまにアホやな、このドアホ」
     ぱちりと探の額を叩いて服部は呆れたように言った。
    「なんですか」
     叩かれた頭を押さえながら反論とばかりに睨みつければ、服部はやれやれと肩を竦めた。
    「そんとき黒羽は抵抗したか?」
    「え?」
    「してないんやろ。本当に嫌やったら、必死で拒むやろうし人呼ぶやろ。楽屋で会う前まで、自分ら顔合わせるんも久しぶりやったんと違うんか」
     そこまで言われてはっと気づいた。あの楽屋で顔を合わすのは実に三週間ぶりでいつになく高揚していた自分がいた。
     逢いたくて逢いたくてずっと焦がれていた人が手の届く距離にいるのだ。
     あんなに嬉しそうに「 逢いたかった」などと囁かれてしまえば理性が壊れてもおかしくない。そこまで考えて、服部の言いたいことがようやく理解できた。
    「快斗も、僕と同じ気持ち、だった?」
     いまだに快斗を信じきれていない自分に探は落ち込んだ。
    「服部君、僕を殴ってくれませんか」
     服部はぱちくりと瞳を瞬かせた。
    「恥ずかしいです、また僕は彼を疑っていた」
     目を伏せ、落ち込む探に服部は笑いも殴りもしなかった。
     ただ、傍にくるとぽんぽんと探の頭を撫でた。
    「服部君?」
    「そうやって真剣に悩んどるお前は嫌いやない。むしろ、昔のお前より好感持てるで?」
    「情けない上、最低なのに?」
    「本気の恋愛するんにかっこつけとる暇があるかいな。手放したくないんやったら、なりふり構わずがむしゃらに行き」
    「それは、経験から?」
    「どうやろな」
     顔を見合わせて同時に噴き出す。服部とは色々と確執もあったけれど、認め合えば誰より対等でいられる親友だった。がちゃりと玄関から音が聞こえ探は首を傾げた。
    「工藤君ですか?」
    「さっき、鍋の具材買いに行ったんやけど、遅すぎや」
     渋面を作りながら出迎えるために立ち上がる辺り、服部らしい。
    「工藤君、お邪魔してます」
     そういって入ってきた彼に挨拶するため立ち上がった時だった。立っていたのは恋人で思わず息を飲んでいた。
    「快斗?」
    「探、なんで」
     だが、肝心のこの家の住人たちは戻ってこない。いぶかしむ探のもとに「 悪い、白馬、買い忘れあったさかい工藤と行ってくるわ」そんなメッセージが入っていて面食らうしかない。きまずい空気が流れる中、嵌められたことだけわかった。いまだ俯き視線を合わそうとしない恋人に怯みそうになる心を押しとどめ「 快斗」と努めて穏やかな声で呼べば、大げさなほど肩を震わせた。
    「なん、だよ」
    「すみませんでした、この前の楽屋でのこと。配慮が足らず君を不快な気持ちにさせてしまった」
     探の謝罪に顔を上げた快斗は困惑していた。
    「君相手だと、僕は高校生に戻ってしまうようで、我慢も理性もまったく制御できない。君が欲しくてたまらなかった」
     今だって快斗に触れたくてたまらない。
    「自重できないってわかりましたので、今度からは楽屋のほうには遠慮します。それで、許してはくれませんか?」
     泣きそうに歪んだ青い瞳に探も泣きたい気持ちで一杯だった。返答はない。距離を取ろうと後ろに身を引いた探に手を伸ばしたのは快斗のほうだった。
     探の胸に飛び込むように抱き着いてきたかと思うと口づけられて呆けるしかない。そのまま探の肩に顔を埋め絞り出すように言った。
    「謝るのは、オレのほうだ。我慢できなかったのは、本当はオレなんだ」
    「快斗?」
    「だって、三週間ぶりなんだぜ?キスしたいし抱きしめてほしいし、セックスもしたい」
     ゆっくりと顔を上げた快斗の顔は熟れたリンゴのように真っ赤に染まっていた。熱を帯びた眼差しに我慢できず口づけていた。軽く触れるだけで離れようとした探を止めたのは快斗のほうだった。強く唇を押し付け舌を絡めてくる。それにつられるように快斗の背に腕を回し引き寄せると深く口づける。想いをぶつけ合うように口づけを繰り返し、離れた時には互いの吐息が熱を帯びていた。
    「出入り禁止は、なし。だから、なあ、もっとキスしよ?」
     探の首に腕を回し、額を寄せ覗き込んでくる。
     懐いたかと思えば、身を翻して逃げる。けれど、手を離せばまた擦り寄ってくる。まるで猫みたいだと思いながら青い瞳を見つめ唇を寄せた。






    episode 三


     きらきらと煌くイルミネーションが窓の外から見える。けれど、今の自分たちには目に入らない。幾度も口付を交わしながらベッドに倒れこむ。いつもと同じ自宅のマンションだけれど、いつもと違って感じるのはクリスマス・イブだからか。一日家を空けていたため、室内の気温は屋外と変わらぬほど寒い。けれど、マンションについてから夢中でキスを交わしているせいか、寒さは一向に気にならなかった。むしろ、触れ合う互いの体は燃え上がるほど熱を帯びている。
     出入り禁止のせいでせっかくの二人きりの時間を削ってしまったお詫びにクリスマスデートを持ち掛けたのは数日前のこと。待ち合わせ場所に現れた探は誰より人の視線を集めていた。それが誇らしくもあったけれど、面白くない気持ちのほうが大きくて悔し紛れにキスをしたのが間違いだったのかもしれない。結局、ディーナーも味わう余裕なんてなく終始視線は探を追っていた。予定していた映画はキャンセルして早々に自宅に戻ってきた。こんなにも夢中になるなんて思ってもみなかった。そんなことを考えながら、天井を見つめる。
     間接照明だけで薄暗い中、自分に覆いかぶさる影が大きく揺らめく。首筋にちくりとした痛みを感じてぴくんと体が震え声が漏れた。それに気をよくしたのか、身体を起こし覗き込んでくる。茜色の瞳が仄暗い光を宿している。情欲に濡れた雄の匂いがしてぞくぞくと体が震えた。
    「考え事とは余裕だね」
    「んッ、あ、痕、やだって」
     顔を押しのけようと唇に手を押しやり体を捩っても腰に回った腕に逃れるどころか引き寄せられる。長い髪がシーツに散り、その一房を取ると探はその先に口付た。まるで姫君に求婚しているような光景は様になりすぎて呆けるしかない。
    「かわいいよ、僕のお姫様」
     快斗は沸き上がる羞恥に頬を染めた。
    「言ってろ、この気障やろう!」
     じたばたと暴れる快斗を宥めるように頬に口づけてくる。くすくすと笑う姿はいつになく上機嫌で。だから、悪戯心が働いたとでもいうか、正直に言えば腹が立った。
     探の耳元に唇を寄せ、声音を変えて囁いた。
    「そんなにこの姿が気に入った?」
     いつもより高い声。誘うように甘く囁き、耳朶に噛り付いてやれば覆いかぶさる肢体がわずかに揺れる。反応に嬉しくなって首筋に痕を残すためにきつく締められたままのネクタイをしゅるりと解き、ボタンを外すと吸い付いてやった。唇を離すと赤い痕ともに口紅の跡がくっきりと残って快斗は満足げに笑んだ。
    「お前の肌白いから、赤が映えるな」
     赤く色づいたそこに指を這わせくすくすと肩を揺らして笑えば、ベッドに投げ出していた足を取られ、指先にキスを落としてくる。
     快斗の今の恰好はワイン色のワンピースと長いロングの髪と誰が見ても女と呼べる姿をしている。ちゃんと化粧もしているから唇の色もいつもより引き立っている。グロスはべたべたして苦手だからつけてはいないがチェリー色のルージュは快斗の唇に合っていて自分でも満足している。そこに唇を寄せ、指で辿る仕草に柄にもなく心臓が跳ねた。
    「君の肌のほうが奇麗に見えるよ?」
     証明しようかと告げながら、太腿にまで伸びた手により履いていた紺色のタイツをするりと片足引き抜かれる。好すぎる手際に関心していれば、指先に口づけられた。
    「赤いネイル、自分でしたんですか?」
    「当たり前だろ、ほかに誰がすんだよ」
     いつの間にかもう片方も脱がされ、素足に赤いネイルが浮かんで見えた。そして身体を起こした探が、太腿までゆっくりと唇を寄せその度にちくりとした感覚にはあっと息を吐きだした。肌を辿る掌は少し汗ばみ始めている。両足を彼の体を迎えるために開けばワンピースの裾をめくり上げられ、秘所が露わになる。けれど、快斗は羞恥よりも不敵に笑んでみせた。
    「下着まで、女性用なんですね」
    「どう、可愛いだろ?」
     探はくすりと笑むと下着についたレースに指を這わせた。そこはすでに熱を持ち大きく膨らんでいた。
    「窮屈そうだね」
    「うっせ、お前だって同じだろ?」
     くるりと態勢を変え、ベッドに探の体を押し付ける。馬乗りになった快斗は素早くベルトを引き抜くと、スラックスと下着を引き下げ探自身取り出した。快斗同様そこは固く張り詰めていた。ぺろりと唇を舐めると、ちらりと探に目をやる。期待を込めた眼差しに答えるように快斗は躊躇うことなくぱくりと口に咥えた。
     探のそれは日本人よりも外国人サイズとでも言うべきか。快斗の口にはすべておさまりきらない。それでも口いっぱい動かし先端を舌で刺激しながらもちろん手も休まず動かす。すぐに先走りが増え、口の中に独特の味がしてこくりと喉を鳴らした。正直、自分と同じものを咥えるなど考えたこともなかったけれど、ちらりと視線を上げた先、頬をわずかに上気させ唇を噛み締める姿に陶酔感が沸き上がる。我慢が出来なくなったのか、快斗の頭に手を添え、腰を突き出してくる。
    「ふっ、ん、ん」
     熱の籠った眼差しでもっとというように快斗の長い髪を梳きながら丁寧に耳にかけてくる。本当は動きたくてたまらないのだろうに。シーツを強く握りしめ耐える姿がいじらしくてもっと可愛がってやりたくなる。
     口の中を満たしていた探自身を開放すると、途端に物足りなさそうな眼差しが寄越される。それに不敵に笑んだ快斗は探の上に馬乗りになると躊躇うことなくレースのついた下着を床に脱ぎ捨てた。
    「せっかく脱がすのを楽しみにしていたのに」
     少しだけ体を起こした探が不満を口にする。それをキスすることで宥めてやりながら快斗はベッドサイドの引き出しに手を伸ばす。中から使いかけのボトルを取り出した。そして掌にたっぷり垂らすと床に投げ捨てる。
    「ばーか、お楽しみはこれからだよ」
     下品だとでも言いたげな探に見せつけるようにワンピースの中に手を差し入れ、奥に指を滑りこませる。ここを自分で解す日がくるとは夢にも思わなかった。そしてここに男を迎い入れることになろうとは。探と再会して、世界が百八十度変わった気がする。
    「んッ……」
     膝立ちのかっこで後ろを解すのはいささか苦しい。体を起こした探の肩に手を伸ばすと背中を支えてくれる。それに安堵しながらゆっくりと体を倒し、肩に顔を埋めながら四つん這いに似た格好で指をばらばらに動かしながら広げる。
     探が日本に帰ってきてから頻繁に身体を重ねるせいで、時間を掛けなくともすぐにそこはゆっくりと溶け始める。ぐるりと指を回し、引き抜くと体を起こした。
    「大丈夫かい?」
     こくりと頷きを返し、はあっと詰めていた息を吐きだす。本当は少し物足りなかった。奥にあるそこは自分の指では届かない。宥めるように頬に触れてくる探の手に触れ、頬を寄せる。どちらともなく顔を寄せ合い唇を合わせていた。
     離れても額を合わせて互いの瞳を覗き込む。茜色の瞳がこんなに熱を帯び、扇情的になるなんて知らなかった。
     こうして再会して恋人という間柄になっても探について知らないことばかりだ。もっと近づきたいし、もっと知りたい。昔の怪盗であった自分が知ったら、きっと笑うだろう。
    「探……」
    「なに、快斗」
     すりっと鼻先をすり合わせるとくすくすと笑いながら背中に回った腕に力が籠る。好きだという感情は知ってはいても愛を語ったことはない。けれど、今なら伝えられる気がする。頬にキスを落として、快斗は探自身に手を添えるとゆっくりと体を沈めた。
    「あッ、ん」
     解したとしてもやはり苦しい。息をつめながら腰を落とせば優しく抱きしめてくれる。探も感じているのか、わずかに眉間に皺を寄せながら息を吐き出した。最後までおさめれば、きゅうと後孔が疼いてそれだけで達してしまいそうだった。探が中にいると思うだけで胸が一杯になって繋がった個所が熱くて溶けてしまいそうだ。
    「全部、入ったね」
     快斗の汗ばんだ額に口付け、うっとりと耳元に唇を寄せ囁きながら繋がった所を指先でたどり始める。びくんと快斗の身体が跳ねた。
    「あ、ん、ばか、さわん、な」
    「君の中、熱くてきゅうきゅう締め付けてきて、気持ちいい」
     最高だと恍惚とした表情で囁かれては何も言えない。もっと気持ちよくしてやりたいと思うのが自然だと思う。入ってきた衝撃になれて探のものが馴染むまで探の肩に額を預けて浅く呼吸を繰り返す。探も快斗が落ち着くまで、待ってくれる。落ち着いたのを見計らい探の肩に手を置き、ゆっくりと体を持ち上げる。そのまま腰を落とせば、ぐちゅっと濡れた音が響き渡る。繰り返し上下に体を揺らし、もっとも気持ちがいい個所を狙って動けばもう止められなかった。
    「あ、ん、ひぁっ……あ、ん」
    「快斗、気持ち、いいですか?」
     腰を支える手が燃えるように熱い。快斗はこくこくと頷くと噛みつくようにキスをした。舌を絡めて足も腕も絡めて全身で探に抱きつく。全身が心臓になったようにどくどくと鳴り響く。もっと欲しいと思った時だった。視界が反転して気づけばベッドに押し倒されていた。
    「快斗、ごめん」
    「え……?」
     ぎゅっと抱きしめられ、頬にすり寄ってきたかと思うとぐっと中を突かれて背中がのけ反った。
    「ひぁッ!あ、あ、ん、あ、…ッ!」
     奥のさらに奥まで突き上げるように激しく動き出した探の肩に縋っても動きは止まらない。急激な刺激に思考がついていかない。快斗のいいところばかり突き、絶頂を促してくる。
    「あ、やぁ、ひっ、あ、ああッ!」
     急激に追い上げられて、快斗は止める暇もなく達した。がくがくと震えながら白い白濁がワイン色のワンピースを汚す。けれど、息をつく間もなく足を抱え上げられ腰を打ち付けられる。
    「や、あ、まっ、て、ああッ!や、は」
     絶頂の余韻で震え続ける身体にさらに強い快楽が押し寄せる。ごつごつと力任せに腰を打ち付け、探はいつになく獰猛な眼差しでこちらを見つめていた。全身で求められている。そう思うだけでぶるりと体が震えた。
    「君が、いけない……僕を、誘惑する、から」
     何時になく余裕を失くした探は懇願するように快斗の名を呼びながらも動きは止めない。むしろ先ほどよりも動きが激しさを増す。
     掠れるように絞り出された声が耳元に落とされると、もう駄目だった。探の首に腕を回し、足を絡めぎゅうと抱きしめると伝わる熱さに泣きそうになった。
     カタカタと震え続ける体が言うことを聞かない。がくがくと揺さぶられ続け、もう絶頂は近い。一人より、一緒に行きたい。
    「あ、ふっ、さぐ、る」
     一緒に、と言葉にせずとも探には伝わったようでふっと瞳を和らげ笑ってくれた。最奥を抉られると同時に視界が白く染まり熱が弾ける。同時にきつく抱きしめられ、中を犯す熱が大きく膨らみびくりと震える。感じた熱に快斗は身体を震わせる探を深く抱きしめた。
     互いに荒い息を吐きながら、呼吸が整うまで弛緩した体を投げ出していればゆるく体を起こした探に頬を撫でられる。視線を向けると穏やかな茜色が見えた。そして宥めるようにキスを落としてくる。先ほどまでの濃厚な空気を感じさせない柔らかな感触は心地よくて快斗はうっとりと目を閉じた。
    「快斗、すごく、よかったです。有難う」
     額に落ちてきた唇に身を寄せると、優しく抱きしめてくれる。有難うの意味が分かって快斗は照れくさくなって探の肩に顔を埋めると熱を持った顔をぐりぐりと押し付けた。
    「たまには、こういうのも悪くないだろ?」
    「ええ、たまにならね」
     そういいながらウイッグを外され、床に落とされる。跳ねた髪は汗で湿っていた。
    「でも、やっぱりいつもの君とがいいです」
     額を寄せ、覗き込んでくる探は少しばかり拗ねているように見えた。
    「探くん、何拗ねてんの?」
     探のふわふわな髪に手を差し入れながら宥めるようにゆっくりと梳く。その手を取り、探は指先にキスを落としてくる。お返しに顔を寄せ、触れるだけのキスを贈れば驚いたように茜色の瞳が見開かれる。けれど、二度三度と繰り返せばその瞳に仄暗い熱がともり始める。快斗は唇を引き上げた。
    「皆、君を見ていた。君を取られてしまいそうで、気づけば抱きしめていた。嫉妬したんですよ、人の視線を奪ってしまう君に」
     体重をかけられ、再度ベッドに沈められる。首筋に顔を埋め口づけてくる。肌を辿り始めた大きな掌にびくりと体が跳ねた。
    「僕ばかりが君に夢中で振り回されてばかりで、だから少し仕返しができればと思ったのに」
     顔を上げた探は悔しそうに顔を顰めている。快斗は青い瞳を丸くさせた。
    「え……?」
    「結局夢中になったのは僕のほうだ」
     快斗の頬に手を添え、困ったように笑んだ。探の言葉が胸の内にじわじわと広がる。なんだ、彼もまた自分と同じことを考えていたのかと思うと愛しさが胸一杯に広がった。気づけばくすくすと笑っていた。
    「快斗?」
     身体を起こし怪訝な顔をする探に、快斗も起き上がるとちゅっと音を立ててキスしてやりながら耳元で囁いた。
    ――オレも、おんなじこと考えてた
     顔を見合わせて、同時に噴き出していた。くすくすと笑いながら引き合うように唇を合わせる。そしてころりとベッドに横たわる。顔を向けると探もこちらを見ていた。
    「君が好きだ」
    「オレも好き」
     手を伸ばして抱きしめあう。
     今度は映画を見に行こうか。
     そんな約束を交わしながら快斗は触れてくるぬくもりに目を閉じた。
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