空に光るはすべて星 031〜040240517
甘やかしてよ
何でこんなに良くしてくれるんだ?軌道エレベーターへの行き方を教えてくれって言ったら、教えるどころか一緒に来てくれて。…夕日、綺麗だな。俺、海に沈む夕日って初めて見た。車停めたのは俺にこの風景見せようとしてくれたんだろ?ありがとな。寒くないよ大丈夫…でも、あんたの上着、あったかいな
考える時間が欲しいとは言ったが俺は何やってるんだ?攫った子供をほっぽり出すなんて寝覚が悪い事をやりたくないだけだ、と自分に言い訳する。消耗している子供をあやすつもりで少し遠回りになるが海岸沿いに車を走らせる。そうか、お前は夕日を初めて見たのか。俺も地球に来るまで見た事が無かったよ
240518
そんな顔して言われましても、
そりゃやっぱりお前にふさわしいのは歳の近い女の子だろ。ほら、前に言ってた、お前が初めてMSの決闘で負けた後輩の赤毛の子。以前ソフィに映像を見せられたが元気そうで可愛かったじゃないか。学園に戻って再会したんだろ?俺みたいなむさ苦しいおっさんなんかいい加減見限ってあの娘と幸せになるんだ
あれ、もしかしてあんた、嫉妬してる…?嘘!ごめん!怒らないで!聞いて! …あのさ、わかったんだけど、俺の好きなタイプって、俺より強くて、そして俺を認めてくれるひとみたいなんだよ。彼女にはもう大切なひとがいるし、俺はつらいときに一緒にいてくれた、目の前にいるあんたがいま1番大切なんだ
240519
鎖骨に咲いた赤
…なあ、今日は痕付けてくれないか?どうせ俺専用のスーツは首元が見えないデザインだし、少しぐらい痕付けられてもあんた以外に見るひとなんかいないよ…ふふ。いまあんたが俺に付けた同じとこに付けてあげるね…あは、歯形になっちゃうな…俺が刻み付けた歯形が、あんたのパーツにずっと残るといいな
めちゃくちゃに汚したい気持ちと、俺なんかが触れていいのか戸惑う気持ちで固まっていると、お前は俺の機械の鎖骨に唇で触れ「鉄の味がする」と微笑んだ。生身と機械の隙間に舌を差し込まれ声が出そうになり思わず口を塞ぐ。柔らかめな合金部分にお前の小さな歯形が残っていて、俺はそっと指でなぞった
240520
四十五秒以内の逢瀬
久しぶり!元気?顔だけでも見られたらと来たけど居てよかった!え?事前に連絡しろ?だってあんた連絡入れたら逃げちゃうじゃん!で実はもう行かなきゃ…とんぼ返りにも程がある?ごめんでもあんたの顔久々に見られてよかったよ!ん… あー!キスしたら帰りたくなくなるから我慢してたのに!ひどい!
は?お前いま何時だと思ってる?え?来るなら事前に連絡…いや、俺は別にお前を避けてなんか…はあ?いま来たのにもう帰るのか?次のアポが?あのフロントにその時間てお前、無茶だろ?!あーお構いも出来ませんであらまあ、おい、忘れ物だぞ ……。折角はるばる来たんだから、少しは俺にも歓待させろ
240521
「勘違いもここまでくると犯罪だよね」
お前もうこんな草臥れたおっさんに逢いに来るのやめろ。そもそも俺は指名手配犯なんだぞ。こないだニュースで握手してた育ちの良さそうな青年やグラマーや、写真に撮られた美女ふたりとか、お前に釣り合う歳が近い相手がいくらでもいるだろ?老い先短い俺の相手するよりずっと楽しいはずだそっちの方が
だから、あの人は共同事業者だし横にいた女性はその秘書で、こないだばったり会った女性は俺の元婚約者で今は一緒にいた女性と結婚してて、全員学生の頃からの腐れ縁つうか今も仲良いけどあんたが言うような関係も感情もないよ!俺はあんたじゃなきゃ駄目だってあんたが納得するまで何度でも言うからな
240522
残された時間
昔読んだコミックに、天国より地獄の方が賑やかで楽しいってあって、子供だった俺は地獄が怖くて、信じられなかったけど、俺は父さんを手に掛けたから地獄行き決定だし、地獄にはあんたも来るって言うなら楽しみだよ。…弟や友人達が来ないのは寂しいけど、俺のせいで弟が地獄行きにならなくてよかった
ばか!喋るな!じっとしてろ、諦めるな!お前はまだ何も成し遂げてないだろ?!お前にしか出来ない事を考えろ! …ああ、わかった、俺は、お前は天国への特別切符を持ってると思うんだが、お前が望むなら地獄でも何処でも一緒に行ってやる。そしてまず、先に行ってるお前の親父をぶん殴ってやるからな
240523
たとえばの話
俺が死んだら、可能な限り臓器移植に使ってもらって、残りは地球に埋めるか海に流してくれないか。俺の最期の一欠片まで、獣や虫や微生物の腹を満たして地球に溶け込む事が出来たら俺ははじめて許される気がする。死ぬまで生きていようと思えそうなんだ。なあお願いだ、こんな事あんたにしか頼めないよ
何で俺がお前を看取る前提で話を進めているんだ?逝くのは俺が先だろ?俺の、機械が入り混じった身体は火葬には向かなさそうだが、丸ごと埋めるにしても環境汚染が心配だし、細かくバラすのも時間が掛かりそうだな。やはりMSで爆散が一番手間が省ける…おい、なんて顔してる。お前が始めた話じゃないか
240524
嘘、だったりして
たまたま目的地が近かったから同行しただけで、お前が心配だったなんて無いから誤解するなよ?お前を待っている大切な家族と会社があるんだろ?俺は、お前とこんな関係になるつもりはなかったが、悪い夢を見たと思って全部忘れろ。もう絶対に遭う事はないだろうが、俺と関係ない世界で幸せになってくれ
早く帰って、弟に謝って、会社を立て直して罪を償わなくてはと焦る気持ちと、あんたとこのままずっと一緒に旅してたい気持ちがあって、…わかってる、あんたがそんなつもりで俺を抱いたなんて思ってない。泣き止まないガキの口を塞ぐのと同じだって、けど…俺は、あんたが優しかった事、絶対に忘れない
240525
目を奪われる
たわいない会話が途切れて、目が合って、ふっと顔が近付く瞬間が好きだ。あんたは気が付いてないだろうけど、あんたのアメジストみたいな瞳が、俺しか見えなくなるとガーネットみたいに赤くなるんだ。あんたが俺に欲情してるってわかる瞬間。あんたの舌先が俺の唇を荒々しく割り開く瞬間が、一番好きだ
マゼンダ色の柔らかな前髪を手櫛で撫でつけて、無茶をさせすぎて意識を手放したお前の、汗ばんだ額に唇でそっと触れる。やがて、昇る朝日のように目蓋が開いて、お前の悦びに蕩けきっていた夏空色の瞳が、俺を見つめてゆっくりと焦点が合い、ふわりと微笑むと、唇が音を立てずに「だいすき」と形作った
240526
偶然と必然を重ねて
何で生き残ったのは俺なのかな?父さんやシーシアの事だけじゃなく、たまたま俺が先に産まれたから跡継ぎになったけど、CEOは弟の方が向いてそうだし、俺が今更戻っても会社が立て直せるか自信ないし、でもあんたが俺の話を聴いてくれて、俺を生かそうとしてるのがわかるから、前に進もうと思えるんだ
何でいつも俺が生き残るのか?なんてもう考えなくなっていたな。あの時ベッシより先に出ていれば俺は死ねたんだろうけど、それはベッシを冒涜する事になるから言わないし、お前は親父を殺したんじゃなく親父に活かされたんだよ。お前達の会話を聴いてほっとけなくなった俺が言ってるんだから間違いない