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    雨音🌟

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    雨音🌟

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    紙の『星を掴む』書き下ろし①Web再録

    ##星を掴む

    星に願いを ああ、これは夢だ。と。
     御手洗暉は、すぐに気が付いた。なぜなら隣に、死んだはずの『彼』が居たからだ。
     共に過ごした長くない数日の中で、散々見慣れた黒いスリーピースと濃い青のナロータイ。フレームレスの眼鏡の奥の、切れ長で、涼しげな薄茶の瞳。
     その目が細められ、顔に笑みが刻まれる。何度も見た、『人好きのする』と表現すべき微笑。
     そして、口が開かれ……
     
    「-----」
     
     違和感に、すぐに気がついた。
     声が、聴こえない。
     夢だから音が無いのか? そう考えて。一瞬後には否定する。他の音は……たとえば足音なんかは、確かに聴こえているのだ。
     ただ。隣を歩く男の声だけが、聴こえない。
     どこか縋るような心境で、周りを見る。そうすれば、そこが“何処”なのかに気が付いた。
     やや郊外にある、大きめのショッピングモール。彼のガラケーをスマートフォンに替えさせた携帯ショップが入っている施設だ。せっかくだから、と、帰りに二人でうろついた覚えがあった。
     彼は、当然の顔をしてセブンアップを買い込んで。晩ご飯は何がいいか訊いてくるので、「牛丼」と答えては、またですか、と呆れられた。けれど、その夜はやっぱり牛丼で。硬すぎない牛肉も、シャキシャキ感の残った玉ねぎも、甘辛いタレも美味かった。
     その『味』は、こんなにも鮮明に覚えているのに。
     不意に、男の足が止まる。何かを見詰める視線を辿れば、そこにあるのはピアノだった。
     ストリートピアノ、と呼ばれるもの。
     確かこの時、彼は……と思い出しかけて。けれど、次の瞬間には記憶と違うことが起きた。
     荷物を自分に預け。すたすたと、男の足がピアノへと向かう。椅子に腰掛けちょいちょい、と手招きされるのに、近づいた。
     細い指先が鍵盤に乗る。ポーン、と、軽い音。すぐにそれは連なり、曲となる。
    「……?」
     聴いたことあるな、と思った。何の曲か……と考えて。衝撃と共に、思い出す。
     誰も居ないリビング。テーブルの上に置かれた、合鍵と、一箱のラッキー・ストライク。それに、一枚のメモ。丁寧に綴られた筆記体。
     
    「…………星に願いを」
     
     自分に、ピアノの巧拙は分からない。だから今流れるこの音が、どれくらいの腕前のものなのかも分からない。
     けれど、そう。実際は、現実では……彼は、ピアノは弾いていなかった。ただその時の横顔を……複雑そうにピアノを見つめていた表情を、覚えている。
    「なぁ、一誠」
     呼びかける。指は鍵盤を叩くそのままで、薄茶の瞳がこちらを向く。
     フレームレス眼鏡のレンズ越し、不思議そうに瞬いて。
    「アンタ……」
     ひしゃげた己の声が、喉を裂くようにして口から落ちる。
    「どんな、声してた?」
     
     ***
     
     翌朝の寝覚めは、最悪……とまではいかず、それでも決して良くはなかった。なんとかゼリー飲料を流し込み、出勤する。
     復帰した宇佐美班での日々は、決して穏やかとは言えず、暇でもない。伊藤班との闘いに備え、やることはいくらでもある。
     それでも……“御手洗暉”としての意志が確かに存在しているだけで、違いは歴然だった。
     休憩時間の終わり間近。なんとか回復した食欲で定食を食べ、心持ち早足で廊下を歩く。
     急いでいた。考えごともしていた。そして、相手の足音が静かだった。
     だから角を曲がった瞬間に出会い頭にぶつかるなんて、全く予想していなかった。
    「わ、と」
    「……っち」
     聞こえたのは、聞き覚えのある舌打ちと、紙の散らばる音。尻餅をついた体勢で顔を上げれば、そこには見覚えのある男がいた。
    「………昼間さん」
    「御手洗暉か」
     不機嫌そうな顔には応えずに、散らばった紙に手を伸ばす。昼間が落とした物であろうそれを、深く考えずに拾い集める。
    「ご苦労」
     落とした本人である昼間は動く気はないようで。特に期待もしてないけれど、と、諦めたような心境で残りの紙を拾う。
    「………っ」
     不意に。
     指が、止まった。
     ほんの数ミリ先。落ちているのは、他と同じA4の紙。
     何も考えずに拾い集めていたので、散らばった紙が何か、考えていなかった。
     ギャンブラーの資料。クリップでとめられた顔写真と、プロフィール。他にも、細かく文字が記された物。
     そう思えば、拾い集めた何枚かも、うっすら見覚えのあるような顔が混ざっていた。
     ただ。今、この、目の前にある一枚は。この、名前は。
    「あ?」
     訝しげな声が聞こえる。ひょい、と、昼間が隣にしゃがむ気配。硬直する御手洗の視線を追い、「はぁ?」と呆れたようで。
     無造作に紙を拾い上げ……ん、と、こちらに押し付けてきた。
    「……え?」
    「やる」
    「……あ」
     胸元に押し付けられた用紙を、片手で掴む。代わり……とばかりに、拾い集めていた束を回収された。
    「どうせ今から箱詰めして溶錬だ。生きてねー奴らばかりだからな」
     立ち上がるのに釣られるように、身を起こす。
    「それが、欲しいモンだろ」
     俺に貰ったって、言うんじゃねーぞ。
     忠告を残し、去っていく背を見送って。握り締め過ぎて端が皺になった用紙を、目の前に掲げる。
     最初に『ソレ』が認識できたのは、果たして偶然だったのか。
     
    「………アンタ……今日、誕生日なんだな」
     
     ***
     
     その夜。日付が変わる数時間前に、御手洗は帰宅した。手に提げていたビニール袋をテーブルの上に置き、椅子を引いて腰掛ける。
     はぁ……と、溜息。
     疲れたな、と思い。けれど、あの頃に比べたら……と、考えている自分もいる。
     あの頃のことは。やはり今も、あまり、記憶は無いんだけれど。靄がかかったような毎日の中、うっすらとでも存在しているのは、訳もわからずただ勝ち続けていたギャンブルと……それと。
    「………」
     どこか、覚悟を決めるように。仕事用の鞄から、昼間から受け取った用紙を取り出す。
     それと、ずっと奥に眠らせたままの、煙草の箱と……緑の缶を二本。
     二本とも開け、一本に口付ける。レモンライム味。ああでも確か、缶には『無果汁』と書かれていた気がする。
     喉の奥に、炭酸を流し込む。そうして、目の前に翳した用紙の文字を、目で追う。
     缶を置き。最初の一行に、人差し指を滑らせた。
     
     星 一誠
     
     そのまま目は、戦績へと移る。真っ先に数字に目がいくのは、やはりそういう性質なのか。
     
     七勝二敗。
     
    「1/2ライフで一回負けてんだな……」
     多少、意外に思い呟くも、ゲームの名前を見て納得する。伊藤班に居た頃、見たことがあった。確か、ペナルティにアルコールが絡むゲームだ。
    「飲めない、て。言ってたもんな」
     飲んでいるところを見たことは無い。大抵、彼が手に持っていたのは、今も目の前にある緑の缶の炭酸飲料だった。
     その酸っぱさと爽やかさは、彼が居なくなってから、初めて知った。
     それに、あの体格だ。
    「確か重い方が酒には強いとか……?」
     本当かどうか知らないけれど。そんなことを考えながら、プロフィール欄へと目を滑らせる。
     何に使うのか甚だ疑問な(ペナルティ絡みか? とは思わなくもない)、身長と体重。
     
     174cm。57kg。
     
    「軽」
     思わず本音が出る。華奢だとは思っていたが……自分よりもだいぶ軽い。
     どこか、何かに呆れながら。再度、視線は戦績へ。
     1/2リンクで一度負けてからは……さいごの試合を除き、全て勝利。
     担当行員所感(二戦ほど、御手洗自身が記入した覚えもあった)によると、圧勝と言えるものはあまり無いが、相手に『読ませない』ことを得意としていたらしい。
     穏やかに微笑んだまま採るリスクを恐れない選択が、読みを狂わせたとか。
    「……一誠らし」
     あの、フレームレス眼鏡のレンズの奥で、細められていた薄茶の目。何を考えているのか分かりにくい、けれど人好きのする、笑い方。
     確かにあの顔のまま、己の生命を顧みないような。或いは全く頓着しないような選択をとられたら……うん。確かに、それは戸惑う。
     くつくつ、と喉の奥で笑って。正面に、視線をやる。じっと、見る。そう、そこに座っていた。何度か、一緒に夕食を摂った。牛丼が、本当に美味かった。
     じっと見る。ただ見詰める。目を逸らさずに、瞬きさえ惜しんで、今は誰も居ない席をじっと見る。
     丁寧に箸を操る所作を覚えている。
     美味いカップ焼きそばは何かとか、牛丼は何故紅生姜でカツ丼は何故三つ葉なのかとか。取り止めのない会話をしたことを覚えている。
     仕事の愚痴でも不満でも、頷きながら耳を傾けていた仕草を覚えている。
     セブンアップが如何に素晴らしいかと、朗々と語る表情を覚えている。
     そう。覚えているんだ。
     だから……今、なら。
     目を凝らしてじっと見て。静かな夜に、耳を澄ませる。
     今なら。聴こえる、筈なんだ。
     
    『アキラくん』
     
     その声は、唐突で。
     けれど、確かに記憶にあった筈の、あの音で。
     間違いなく、あの声で。
     くん、の発音がちょっとだけ独特で……そう。ほんの少しだけ、スタッカート。
    「………」
     ふ、と。身体から力を抜いた。
     紙をテーブルに置き、ビニール袋から発泡スチロールの丼と割り箸を取り出す。
     蓋を開ければ、牛丼はすっかり冷めていた。温めるのも面倒くさく、そのまま箸を手に取る。
     割った割り箸で、勢いよく、掻き込んだ。すっかり冷めてしまったそれは、けれど確かに、馴染んだ、よく知る味だった。
    「…………」
     そう。チェーン店の牛丼だって、街の定食屋の牛丼だって……牛丼は、どれも、美味い。だって好物だし。
     アンタの牛丼しか食べられないとか、あれこそが最高だとか、そんなこと言うつもりは無い。多分これからだって、違う牛丼をいくらでも食べるし。もっと美味しい牛丼にだって、出会うだろうし。
     
     でも。
     やっぱり、確かに、美味かった。
     
     叶うなら。
     あの曲の通り……『星』に願って、叶えてもらえるなら。
     また食べたい。
     アンタの作った牛丼が食べたい。
     
    「一誠」
     
     呼びかける。
     当然、返事は無い。けれど、声を……自分の名を呼ぶ声を、覚えている。
     アキラくん、と。
     この五つの音だけ、もう忘れなければ充分だ。
     ちら、と。紙に視線をやる。こんな小さな、A4の一枚に収まってしまう情報にさえ、自分が知らないことが幾つもあった。
     共に過ごした十三日は、アンタを知るにはたぶん短すぎて。
     それでも。
     やっぱり、忘れたままにするには長過ぎた。
     だから。
     ずっと、この関係を何と呼べばいいのか、わからなかったけれど。
     
     僕は……………………アンタを 友 と、呼びたい。
     
    「誕生日オメデト。一誠」

     
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