その日、俺だけ先にダフの家に上がり込んでいた。三人で遊ぶ予定ではあるが、カネダは少し遅れるという話だった。
狭い部屋の床に二人、向き合って座る。
今日はなにしようか? カネダ遅いな。
読みもしない本を広げて、何ともなしに言葉を投げ合う。
物音がする度ダフは左を向き、部屋の扉の方を見た。
それを見ているうち、ふと疑問に思うことがあった。
「なあダフ……窮屈じゃねえの、眼帯」
俺が自分の左目を指さすと、ダフはきょとんとしてから小首を傾げた。
「慣れちゃってるからわかんないな」
「外した時はどうなんだよ」
「外した時……ううん……」
ダフは躊躇しながらも、耳にかけたゴムを外す。
外で眼帯を外すところは見たことがない。人に見せたくないらしい。ただし家族と、俺たちは例外。
「すーすーする……」
「ふうん」
それでも抵抗はあるらしく、下を向いてしまった。落ち着きのない手が、眼帯をいじったり目元を隠すように触ったりしている。
「こっち見ろよ」
ちらりと目だけでこちらを見上げる。もう少し顔を上げてほしい。
本を横に退け、額がくっつく距離まで近づく。ダフが目を閉じてしまったのを見て、笑いが漏れる。
「おい、目閉じんなって」
「笑わないでよぉ」
目蓋がぎゅっと固く閉じた。
「バカにしてるんじゃないぜ」
「ほんとに?」
「ほんとだって。かわいいやつだよな、お前も」
「やっぱりバカにしてるでしょ」
ふん、と鼻息を鳴らして顔をそらされる。抵抗するなら仕方ない。
「違うって言ってんだろ、っと!」
「うわぁっ、」
ダフを抱きしめ、頭を庇って後ろに転がる。
顔は見えないが、抱きしめていると安心する。
「見せらんねえなら別にいいけど……」
んん、と俺の肩口で呻いたのが聞こえる。
「その代わりずっとこうだぞ」
抱きしめる腕に力を入れる。
「う、タミヤくんっ、苦しいよ」
苦しそうな声に、また少し笑ってしまった。
「じゃあこっちがいいか?」
ダフの背中を指でなぞり、脇腹あたりをくすぐってやる。逃れようとする身体を、もう片腕で捕まえる。
「ひっ、あ! やめ、やめてやめてっ!」
「降参するか?」
「ん! ぅん、こうさん、降参するから!」
俺が力を緩めると、ダフは身体を起こして床に座った。俺も起き上がって座りなおす。
真っ黒な両目が俺を見ている。
「これでいい?」
口をへの字に、眉をハの字に。不満そうな表情だ。
「ああ、」
ダフの右目は視力がない。左と比べると黒目が内側に寄っていて、視線が合わない。なんとなく、知らない人間に見える。
左目はいつも通りこちらを見ている。俺のよく知る親友だと知らせてくれる。
左右で一致しない印象。いつになっても新鮮な、この感覚が好きだった。
俺は左目だけの世界を知らない。これだけ一緒にいても、まだ知らないことがあるんだろう。
「タミヤ君?」
「……カネダはさあ、前髪邪魔じゃねえのかな」
「たしかに?」
来たらめくってやろうかな、なんて。ダフは楽しそうに笑った。
親友といると心が落ち着く。親友の片目で心がざわめく。
好きなんだと思う。家族と同じで、一番大事なんだと思う。
なんだかたまらなくなって、もう一度ダフを抱きしめる。肩口で俺を呼ぶ声がくすぐったかった。