食欲となんちゃらは紙一重 ぐぅぅぅぅう。そんな地響きのような音が教室中に響き渡る。
皆が何だ何だと騒ぐ中、音の犯人の目の前に居る桐生三輝が声を掛ける。
「おょ〜?杉ちゃん、朝ご飯食べ損ねたのん?」
「……………………」
あのけたたましい音の正体は、杉下京太郎の腹の虫が鳴いた音であった。
桐生の質問には答えず、杉下は顔を顰めてある一点を見つめていた。
視線の先には、楡井、蘇芳、そしてその二人と何やら話しては顔を赤くしたり叫んだりしている桜の姿。
ぐうぅ。またしても杉下の腹が鳴る。
「……………………チッ」
どうもアイツを見ていると腹が減る。そう気付いたのはここ最近だ。初めはアイツを視界に入れると腹が立つので、それでカロリーを無駄に消費して腹が減っているのだろうと思っていた。だが最近はどうだ。特にイラついた経緯は無くとも腹が減る。今日だって朝ご飯はしっかりと食べてきた。茶碗に山盛りの白米を平らげてきたのだ。なのに腹が減る。どう考えてもおかしい。
考えても仕方がない。もう寝てしまおう。そう思い、自分の机に突っ伏して寝る体勢に入る杉下。そんな杉下に桐生が更に話しかけてくる。
「ね、ね、杉ちゃんさぁ、もしかしてなんだけど……恋とかしちゃったりしてる?」
「………………あ?」
何を言ってるんだ?コイツは。
眉間の皺を更に深くさせ、桐生を睨む。桐生は特に気にする様子も見せず話を続けた。
「いやぁね?ほら、杉ちゃんの視線がさぁ……勘違いだったらごめんね?」
恋?視線?先程から何の話をしているんだ。全く全貌が掴めない。
「杉ちゃん、桜ちゃんのこと見る目がそれはもう猛獣みたいだから〜そういうことなのかなって」
「………………はぁ?」
己の口からなんとも間抜けな声が漏れた。そういうこと?そういうこととはどういうことだ。間違っても〝そういうこと〟という意味で言ってくれるなよ。そんな考えが伝わったのか桐生はきゃらきゃらと笑いながら「うんうん、ごめんね」とまるで誠意のない謝罪の言葉を述べる。ふんっと鼻を鳴らし、もう無視して寝てしまおうと頭を傾けるとまたしても桐生が声を掛けてくる。もう返事などするまいと目を閉じると桐生が小さな声で続けた。
「あのね、杉ちゃん。桜ちゃん見てるとお腹空くみたいだけど……順番飛ばして食べちゃダメだよ?」
ガタッと机を揺らす。桐生に掴みかかろうとしたがひらりと避けられてしまった。そのまま桐生は「じゃ、オレ用事あるからまたね〜!」と教室を後にしてしまう。「おい!」と叫ぶが無視されてしまった。なんて勝手な奴なんだ。
「…………………………」
言われた意味が分からないほど馬鹿ではない。あぁ、クソ、他人に指摘されるまで気付かなかったとは。少しだけ己の感情への鈍感さに腹が立つ。
「おい、杉下?さっきから急に立ったり叫んだり……どうした?」
いつの間にか目の前に来ていた桜が訝しげに声を掛けてくる。また腹の下のあたりがぐるぐるとなる。色の違う両の目に見つめられ、酷く喉が渇く感じがした。
あぁ、クソ。厄介な。
「…………お前、あんまオレの視界に入るな。腹が減る」
「あ?んだよそれ。飯食えば良いだろうが。オレのせいにすんな」
いつも通りの言い合い。桜の胸倉を掴みながら睨み合う、そんないつも通りの喧嘩。
認めない。認めないからな。
オレがお前を好きだなんて!