赤←真の赤真 切原赤也は世話の焼ける後輩だ。
俺は今日も練習に付き合い、皆で揃って部室を出た後もフォームの改善点について指摘しながら歩いていた。
「切原!」
正門前までやってくると、不意に声が聞こえた。快活な女子の声だ。呼ばれた赤也がうろたえる。
「え、何でいんの?」
「あたしも今部活終わったの! てかさ、切原ホームルーム寝てたけど知ってる? 週明け英語小テストだよ」
「マジで!?」
体操服を着た格好と赤也の口調から、どうやら赤也と同じ二年のようだった。二人は立ち話を始めるが、初めはテストの話題だったというのに「最近ゲームにハマって寝不足で」「え、そのゲームって」などとどんどん脱線していく。赤也の英語の成績は壊滅的だ。テストがあるのならば帰りながらでも対策を指導してやらなければならない。家路までの短い時間では到底足りない。長話に興じている暇などないはずだ。付き合いきれず、早く帰るぞと声をかけようとした矢先、そっと肩を叩かれた。
「真田くん、お邪魔してはいけませんよ」
柳生はそう言って茶目っけのある笑みをこちらに向ける。見れば俺たち以外はとっくに帰路に向かっていた。再度赤也の方に目を向けると、笑いながら女生徒と会話しているーーその姿を見ていると、引きずってでも赤也を連れて行きたくなった。
「切原くん、もう遅いですからね。彼女を送ってあげて下さい」
柳生の声に、赤也が「えっ」とこちらを向いた。俺は帽子の鍔を下げ、赤也に背を向ける。追いかけてくるならば今だ。「切原、送ってくれるの?」女生徒の弾んだ声から遠ざかるように早足になる。「微笑ましいですね」と隣にやってきた柳生の声に不思議と頬がこわばる。ああと返しつつ歩を進めると、先行していた面子に追いついた。
「あれ、赤也の彼女か?」
「生意気だろい」
口々に不平を言う。
「まったくだ。たるんどる」
だがーー俺がそう言うと、何故か皆一様に妙な視線を向けてくる。
「真田、別に恋愛は禁止じゃないよな?」
「ピヨ。いい機会じゃ。真田は子離れした方がいいかもしれんの」
「なっ……!」
いっそ潔いほどの手のひら返しだ。蓮二すら、「恋愛が赤也のデータにどう影響するか、気になるな」などと言う。
「ふん、どうもなにも今以上に腑抜けるに違いない」
「その時は、赤也もその程度だってことじゃないか」
幸村があっさりと言う。
「真田は心配しすぎだよ。赤也の人生なんだから、自分で選ばせないと」
淡々と諭される。まるで俺が駄々を捏ねているかのようだ。赤也はすぐに調子に乗る。だらしない態度がもどかしい。俺が正しく導いてやらねばならない。
だが反論は言葉にならなかった。夕日が赤也と女子を照らしていた先ほどの光景が頭によぎった。赤也は俺の背を追ってこない。それが答えのように思えた。
「……そうだな」
唇だけでそう呟く。それから俺はどんな風に歩いて帰ったか覚えていないが、気がつけば床についていた。
瞼を閉じると、赤也の顔が浮かんでくる。俺の説教を聞く時とはまるで違う、女生徒に向けていたのと同じような笑みを俺に向けてくる。
「副部長、好きです」
そんなことを言う。俺は飛び起きた。背中は滝のような汗で湿っている。息が乱れる。心臓が狂ったように早鐘を打つ。胸を押さえ、俺は布団に項垂れた。