Angraecum「村雨! これを咲かせろ!」
村雨宅の玄関先。
ドアが開くと同時に、獅子神は顔を出した相手に鉢植えを突きつけた。
艶のある黒髪に、金縁丸眼鏡。自宅だというのに見慣れた服装の村雨礼二は、ちら、と突きつけられた鉢植えに目をやる。
口角を上げて、一言。
「アングレカムか」
「な!?」
「開花は冬頃。ラン科だな。今は屋外で構わないが、寒くなると屋内に入れる必要があるな。5℃を切ると枯死する可能性が……」
「まてまてまてまて」
さらさらと続く解説を、必死に止める。鉢植えを相手に突きつけた姿勢はそのままで。
「見て分かるのか」
「花の名前か? ああ、わかる」
「なんっでだよ!!!」
力いっぱい、憤る。
先日押し付けられたお返しに、何もヒントを与えずに世話をさせようと思ったのに。
そして、咲いた暁には花言葉を……
「ふむ、なるほどな。確か花言葉は……」
「だから、待てって!!」
もう一度、制止する。そんなことまで、今コイツから語られたら堪らない。
ああ、もう、何故こうも、コイツがやるようにいかないのか。
「当然だろう?」
囁き。
目の前の、獅子神よりずっと強い、誰よりも優れた観察眼を持つ男の、自信に満ちた笑い。
何も言葉にしなくても、全部分かっているとでも言うような。
「あなたのことで、私が分からないことなどある筈がない」
どんな自信だ、それは。
言い返す気力もなく、ため息を吐いた。
勢いを無くしていた腕に再度力を入れて、鉢植えを突きつける。
「わーったよ!分かってるならそれはそれでいい!!」
金縁眼鏡の奥の、榛色の目をじっと見る。
そこに少しでも滲み出る感情を、見落として堪るかと目を凝らす。
「オレの気持ち! な! だから……」
「ああ。あなたと思って丁重に扱おう」
さらり、とした言葉に、返せる語彙はもう無かった。
鉢植えを受け取ってもらえ、空いた手でガシガシと金髪を乱暴に掻く。
「そうかよ……せいぜい、頼むよ」
「頼まれた」
淡々とした返事。
そのまま、ぽつり、と、続いた言葉。
「私も、同じ気持ちだ」
あまりにも細やかなその音は。或いは祈りのように獅子神の耳には聴こえた。
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アングレカム(Angraecum)
花言葉は「いつまでも貴方と一緒」