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    雨音🦁☔️

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    ##花言葉

    Lupinus 会場から出ると、夜だった。
     一歩、踏み出した村雨は、ふと、空を見上げる。視線の先、紺碧の夜空に、丸い月。
     明るく、いっそ、眩い。星の光さえかき消すように、白く黄色い灯が真っ直ぐに届く。
     満月か……と、だけ呟いて。視線を下ろし、家路を歩く。
     今日のゲームも、好調だった。
     こちらの診断は外れることなく的中した。当然の結果、ではある。
     対戦相手は手酷いペナルティを受けていたようだが、村雨の預かり知るところではなかった。
     今日も、無事に、生還した。
     大切なことはそれだけで……と、考えて。何をらしくない、と苦笑する。
     ああ。少し、疲れているかもしれない。
     ふと。前方を向いていた視線が脇に逸れる。何か、に誘われた。のかもしれない。
     視線の先にらあるのは、公園の入り口。
     誘われる、そのままに。足を踏み入れる。真っ先に視界に入るのは、水を迸らせる噴水。
     それと、周辺の、花壇。
     街灯のみの薄暗いそこでも、はっきりと分かる、鮮やかな色。
     
     曻り藤。
     
     花の名前よりも先に、脳内に浮かぶのはそんな別名。
     紫。桃。黄色。
     天を突くように、伸びる、色。
    「……」
     ふぅ、と。村雨は息を吐いた。手を鞄に突っ込み、スマートフォンを取り出す。
     何気なく見上げた空では、月が変わらず眩しかった。
     綺麗な金色、だ、と。今更のように思う。
     指先で端末を操作し、着信履歴の一番上を呼び出す。……そんなことをしなくても、一一桁はとっくに頭に入ってしまっているけれど。
     
    『おう。どーした?』
     
     数コールの着信音の後。割合すぐに、相手は出た。何やら物音の向こうから、見慣れた男の声が聞こえる。
    「あなた……何をしている?」
    『あ?何、て……』
     唐突にな問いかけに一瞬面食らった様子が伝わるも。『肉焼いてる』という答えは、それほど間を置かずに返ってきた。
    「………そうか」
    『オレの恋人が、もうすぐ勝負をを終えて帰ってくる頃だからなー』
    「……そうか」
     頷いて。止めていた足を一歩一歩動かしてながら、「その恋人は……」と続ける。
    「肉には、うるさいのか」
    『拘りはあるみてぇだなー。テンダーロインのステーキが良い、とかよ』
    「ほう?」
    『でも、出されたモノはキレーに食べてくれるぜ」
    「……そうか」
    『食べ方が、キレーなんだよな。だからオレも、色々作りたくなるし、食べて欲しいって、思うよ』
    「………幸せだな」
    『あ?』
    「あなたの、恋人は」
    『あ?あー………そう、か………?』
     戸惑ったような声の後。自然と、二人の間に横たわる沈黙。
     噴水に背を向けた村雨の足は、また、家に向かう道を歩き始める。
     人の少ない、夜の道。規則正しい足音と、端末の向こうの微かな息遣いだけが、耳に届く。
     月が、綺麗だ。
    『村雨』
    「………なんだ?」
    『早く、帰ってこいよ』
     その、声は。
     ただただこちらを気遣うような……なのに隠しきれないやきもきを滲ませる、その声は。
     ああ。たぶん、私はこれが聴きたかった。
    「………獅子神」
    『なんだよ?』
    「肉は無事か?」
    『無事だよ!誰かさんの好みの焼き加減を外すようなことはしねーよ』
    「さすがだな」
     囁いて。小さく、口端を持ち上げる。
     肉と恋人の待つ家までは、あと少し。
    『付け合わせは茹でたブロッコリー。豆腐のサラダ。スープは冷えたビシソワーズ。冷蔵庫には苺もあるよ』
    「………ああ」
     それは、良いな。
     声に出さずに、呟いて。
     目を瞬けば、先ほど夜の公園で見た花の、鮮やかな色彩が煌めきそうで。
     無意識に。足を動かす、速度が上がる。
    『甘いイチゴだから、練乳は要らねーだろ。余るようならまた考えるけどな』
    「あなたは……何パック購入したのだ」
    『い、いや?オメー……オレの恋人なら、食える量だよ』
     恋人の……私の胃袋を何だと思っているのか。
     呆れている間に、自宅が見える。今は二人で暮らす、見慣れた屋根の家。
     鍵は、持っている。だが敢えてそれを取り出さずに……インターホンを押す。ほぼ同時に端末の向こうから響く、同じ音。更に『て、帰ったのかよ!?』など、慌ただしい声が響く。
     しばらく後。
     音を立てて開く、家の扉。開けた主が、顔を出す。
     紺色の夜空の下。室内の灯りに、金髪が透ける。
     月のようだ、と。思った。
    「……おかえり」
    「ただいま」
     端末の、中と、外。
     同時に聴こえる声に、答え。スマホを耳に当てる恋人に、小さく笑う。
    「月、キレーだな」
    「……そうだな」
     頷いて、端末の終話ボタンを押す。
     ちら、と月を振り返ってから、家の中へと入る。『切るのかよ』と笑う恋人の、碧い目を見つめる。
     きっと、この為に、自分は帰ってくるのだと。
     また柄にもなく、そんなことを考えていた。


    ***
    ルピナス[Lupinus]
    花言葉は「あなたは私の安らぎ」
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