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    雨音🦁☔️

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    雨音🦁☔️

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    ##花言葉

    Helianthus 近く、遠く。蝉の声を聴く。
     聴き慣れたミーンミーンとでも聴こえるようなあの音ではない。形容しがたい、聴き慣れない声。
     造詣のある人間であれば、鳴き声から種類を特定できるかもしれないが、生憎と興味も知識もない。
     暑い。
     歩きながら、村雨は流れる動作でスマートフォンを取り出した。手に触れた端末は心なしか熱を持っているように感じ、一瞬、躊躇う。
     これを、耳に当てる?顔に近づける?
     ハンズフリー……と思うが、イヤフォンは手元にない。人通りの少ない田舎道とは言え、恋人の声を道行く者どもに無料視聴させてやるつもりもない。
     暑い。
     メッセージアプリを起動し、相手を選択して通話ボタンを押す。繋がるのには、おそらく5秒も要しなかった。
    「おー村雨。どうし……」
    「ここは何処だ」
    「……いや、知らねーよ」
     困惑気味の返答に、舌打ちしたくなる衝動を堪える。いや、相手には伝わっているかもしれない。
     更に困惑した声が「迷子か?」と訊ねてくるのが煩わしい。
     暑い。
    「ここは何処だ」
    「xx県だろ」
    「マヌケ」
     誰もそんなことを訊いていない。何県かぐらいはわかっている。もう少し縮尺をなんとかしろ。
     暑い。
    「獅子神」
    「ん?どーした?」
    「私は何故ここにいる」
    「………….学会」
    「マヌケ」
     自然、声が単調になる。そんなことはわかっている、と反論する思考すら、熱に溶けて蒸発する。
     暑い。
     そう、これは仕事だ。
     泊まりで。この夏に。
     遠く離れた地で。
     住み慣れた恋人との家を出て……それはつまり、自分の為に整えられた、快適な居住空間から離れるということで。
     ほんの数日でも耐え難い……そう、辟易しているところにこの暑さだ。そして、現在地が曖昧なこの今だ。
     隠すつもりのない苛立ちを募らせていれば「ちょっと待ってろ」と、声。
     耳元で通知音を鳴らすスマホの画面を見てみれば、位置情報の共有を求める通知。
     許可を押し、再度、端末を耳元に。心なしか、先ほどより熱を帯びているようにも感じる。
     暑い。
    「んー……オメーの現在地ががココだろ。ホテルに戻れたらいいのか?」
    「……ああ」
    「住所わかるか?」
    「……」
    「ホテルの名前は?」
    「ゴールデンサマーホテル」
    「………春秋冬は何色なんだ」
    「知らん」
     ホテル名を見た時、自分も同じ発想をしたけれど。
     今はそれよりも、ホテルに戻ることが先決だ。更に言えば、この暑さがなんとかなることが最重要だ。
    「あー、ここか。右に交差点あるか?」
    「ああ」
     信号機は無いが、横断歩道は確かにある。
    「それ渡って真っ直ぐ」
    「わかった」
     言われた通りに歩く。
     流れ出た汗が、頬を伝う感触。空いてる片手でハンカチを出して拭うが、この温度ではキリがない。
     暑い。
    「さっきから聴こえてるの、蝉の声か?」
    「そうだな」
    「あんま聞いたことない声だな。種類が違うのかね」
    「おそらく」
     指示に従って歩いている間も、人の姿は無かった。元々の人口の少なさに加え、この暑さだ。風もなく、太陽が容赦なく全身を直撃してくる。
     とにかく、暑い。
    「暑い」
    「8回目」
    「暑いものは暑い」
    「だろうな」
     声の具合からして、獅子神はおそらく自宅だろう。村雨も共に暮らしている、一軒家。主に獅子神の手により、住みやすく整えられた快適な場所。
     もちろん、エアコンによる温度管理もばっちり。つまり、涼しい。
     なぜ人類はワープがてきないのだろうと、危うく真剣に考えそうにすらなる。
    「蝉って、35度超えたら鳴かないらしいぜ」
    「暑い」
    「……ああ、うん。そうだな」
     何故か投げやりに感じる相槌を聞きながら、「500m先を右」の言葉に視線を前方へと投げる。
     熱せられたアスファルトの上で、陽炎が揺れる。
    「に、しても、珍しいな」
    「何がだ」
    「村雨センセイが迷子」
     迷子、という表現には反論したい。けれど……敢えて、それを口にする気は湧いてこない。
    「…………」
     口かさがない同僚が居る。その言動から、患者からも病院関係者からも評判が悪い………らしい。
     ほんの、数分の立ち話だった。
     なるほど確かに、口が良くない。無神経、とでも表されるだろう。周りの人間から疎まれることが理解できた……理解できるようになってしまっていた。
     ああ、他人を「慮る」ことをしなければ、こうなり得るのかと……そう思いながら聴いていた「世間話」が、『最近稀に病院の駐車場に現れる金髪のイケメン』の話になった時点で、咄嗟に背を向けていた。
     おそらく「失礼」くらいは言ったとは思う。ただ、聴いている気になれなかなった。だから離れたくて、ホテルを出た。
     それだけ、なのだ。
    「村雨」
    「……なんだ」
     返す言葉は、やや、尖った響きを帯びていたかもしれない。
    「あ、いや……そろそろ、聴こえねーか?」
    「何がだ」
    「波の音」
     波の音。
     それなら、聴こえている。
     但し、獅子神が訊ねる3分ほど前から、だが。
     規則正しく繰り返す、拍手にも雨垂れにも似た、連なる音。
    「聴こえている」
    「そか。さっき言った道を曲がったらすぐ海が見える筈だぜ。あと……」
    「?」
    「なんだ、ここ?なんか空き地か……?」
     ナビは正確にしろ、と言いかけた足が、タイミング良く曲がり角へと差し掛かる。
     右……と無意識に判断し、角を曲がる。
     海が、見える。
     足が、止まった。
    「村雨?」
     不思議そうに訊ねてくる電話の向こうの声が、何故か、少し遠い。
     黄色が。
     目に……刺さる。
     
     ***
     
    「村雨?」
     沈黙した端末に向かって、獅子神は呼びかけた。
     自宅のリビング。膝に置いてあったノートパソコンをテーブルに置き、ソファの上で姿勢を正す。
     端末の向こうから届くのは、微かに響く、あまり聴き慣れない蝉の声。
     聴くともなしに聴きながら、沈黙の間にあれ?と思い至り考えて。
    「蝉の声って、電話じゃ聴こえねぇとか何とか……」
     子どもの頃に、聴いた気がするような知識に過ぎないが。通信機器の進歩なのか、それとも蝉が突然変異でも起こしたか……
     調べてみるか?と画面に触れようとすれば、タイミング良くボタンが現れる。
    「お?」
     動画通話。
     不思議に思いながら、オンにする。映像が映る。
    「……!」
     黄色が。
     弾ける。
    「……」
     海を背にした、満開の、ひまわり。
     いくつもいくつも……数えきれないくらい、揃って咲く太陽の花。
    「獅子神」
     見入っていれば、聴き慣れた声が響いた。
     画面の中の世界が動き、恋人の顔が映る。どこか、得意げに見える表情。
     腕を伸ばし、スマホを翳す姿勢。何してんだ?と思うけど、2秒後には意味がわかる。自分とひまわりを、同じ画面で同時に見せるため。
    「どうだ?」
    「すげぇな」
     問いに素直に答えれば、だろう?とでも言いたげな顔になる。
     その様に笑いそうになるのを堪えながら、画面を見つめる。
     花と……5日ぶりに見る、恋人の顔を。
     ちょっと隈が濃くなってねーか?ちゃんと寝て食ってんのか。俺が居ないと意外と生活力がな……
    「獅子神」
    「あ?」
    「ひまわりの花言葉を知っているか」
    「花言葉……?」
     知っている。
     と、言うよりも、知ってる事実を知られている。筈だ。
     数年前、洪水のような黄色に囲まれて……そう、確かこんなひまわり畑だった……獅子神にそれを教えてくれたのは恋人自身だった筈だ。
     まさか、忘れたワケ無ぇだろ?と。そんな想いを込めて暗赤色の目を見つめながら、口にする。
    「“憧れ”だろ」
     そう。だから……まるで、自分のようだと、想ったのだ。
    「……そうだな」
     画面の中の恋人が、満足げに頷く。まるで、よく覚えていたなとでも言いたげで。
    「だが」
     恋人が……村雨礼二が、笑う。
     ひまわりを背に。鮮やかな黄色を背景に。この世で獅子神敬一だけが知る、唯一無二の笑い方。
    「他にも、ある」
    「他?」
     
     黄色が、弾ける。風に揺れる。
     グラスコードが、煌めく。
     そうやって笑うオマエが、本当に綺麗だ。
     
    「“私はあなただけ見つめる”」
     
    「………」
     言葉は、出なかった。
     ただただ、画面を……笑う恋人を、見つめるだけで。
     呼吸することさえ忘れた数秒が、まるで永遠のようで。
     ブツっ!と。
     何も情緒を感じさせぬほど唐突に、映像が消える。
    「は?」
     通信は、まだ繋がっている。音声はまだ互いに届くようだ。
    「村雨?」
     呼びかけるも、返事がない。
     何かトラブルか?と思うも……もしかして、と、過ぎる推測。何年か恋人として暮らしてきた自分だからこそ、思い至るソレ。
    「………照れてんのか?」
    「!!」
     返事はなかった。けれど、伝わる気配だけで充分だった。
     だから……ハハっ!と。笑ってから、端末に向けて呼びかける。
    「礼二」
    「……なんだ」
    「あと何日だっけ?」
    「4日だ」
     簡潔な言葉に、じゃあさ……と囁く。
    「オレ、明日行っていい?」
     今、すごく、会いたい。
     画面越しではない、直接見て、触れて、抱きしめられる恋人に。
    「……午後ならば時間は空いている」
    「ん、サンキュー」
     あのひまわりを2人で。とは、言わなかったけれど。きっと、考えていることは同じだから。
     電話を切り、獅子神は天井を見詰める。
     黄色と……あの笑顔が、瞬いた瞼の裏で弾けたような気がした。


    ***
    Helianthus(ひまわり)。花言葉は『憧れ』『私はあなただけ見つめる』



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