雪解け、あと少し「なぁ、大将。10年だぜ」
初雪の舞う12月のある日。厚藤四郎は展望の間の手摺に落ちては溶ける結晶を見ながら、静かに主へと声をかける。
「ん、そうだねぇ」
「……そろそろ、いいんじゃねぇか?」
審神者は、両手で包んだマグカップの中のカフェオレに視線を落としたまま、思案するように微笑んでいる。何かの決断を促すような近侍へと答える声は、しかし心を決めかねているかの如く要領を得ない。
「んー……そう、だ、ねぇ……」
「最初みたいにとは言わねぇけどさ。やっぱ大将からじゃないと、どうにもなんねぇと思うぜ?」
手摺から顔を上げれば、雪を降らせる雲間から陽の光が筋を作っていた。天使の梯子というのだったか、と厚はぼんやり考える。
「……ねぇあっくん」
「うん?」
呼ばれて振り返れば、審神者も遠く、天使の梯子を眺めていた。
「思い返せばほんと、うちの心が狭かっただけなんよね。7年って……長いよなぁ……」
薄く笑うだけのその顔からは、審神者の思いは読み取れない。きっとなにか思うところはあるのだろう。厚は黙って主の言葉の続きを待つ。
「さすがにね、陸奥には申し訳ないなとは……うん、思ってる」
湯気の消えたカフェオレを一口飲み、審神者は厚と視線を合わせた。
「連隊戦には、出てもらうつもりだよ」
相変わらず感情の読めない表情ながら、そうはっきりと告げる主に厚は一瞬目を見開き笑い返す。
「ん、わかった」
と審神者の隣に座り、降り続く天気雪を眺めた。
「それが終わったら、ちゃんと話す」
「おう。俺にできることがあれば言えよ」
「頼りにしてるよ、近侍さま」
「調子のいい大将だぜ全く」
雪はまだ止む気配はなく。しかし雲の切れ間は広がり、陽光は明るさを増していく。
本丸の小さな蟠りが溶ける予感を、展望の間で厚は感じていた。