「映画、見ませんか?」
「おや珍しい」
アオキがそうやって2枚のチケットを見せると、
カブは眉を下げて笑った。
「取引先でチケットをもらいまして」
「誘ってくれてありがとう。映画なんて何年ぶりだろ…。
あ、ここフードメニューも力を入れてるみたいだね」
「ホットドッグとチュロスとポップコーンはミックスで飲み物どうしますか?」
「僕アイスティーで、ありがと」
いつもは真っ赤なユニフォームとくたびれたスーツ姿の二人が
今日は私服で雑踏に紛れている。
「もうすぐ上映時間だね」
「トイレに行ってきます」
「じゃあ僕ここで荷物見てるから」
「お願いします」
カブはアオキの後ろ姿を見送って、
もしゃっと一つポップコーンをつまんだ。
それにしてもアオキ君はどうして僕を誘ったんだろう。
薄暗い店内で複数のスクリーンに映し出される映画の予告映像を
ぼんやりと見つめる。
誘ってくれるのはもちろんうれしい。
ご飯でも温泉でも映画でも。
アオキ君とならどこだって楽しむことができるだろう。
だけど映画というと何となく異性を誘うイメージがあった。
例えばよく彼の隣にいるチリさんという女性。
もし今カブではなく彼女がアオキの隣にいたら。
うん、すごくぴったりだ。
快活な彼女ならアオキとなんだかんだ映画を楽しむだろう。
もしゃっ。
予告の映像が切り替わり、シアター入場のアナウンスが流れる。
…だから、そう、つまり?
「お待たせしました」
「うん」
「好きなんですか、そのフレーバー」
「あ、…あっ、わ、ごめん」
そこには思ったより量が減ったポップコーンがあった。
「あ、もしかしてこの映画って」
「ホラーです」
「そうですか、そうですよね」
「ホラーは苦手ですか?」
「僕だってホウエン男児けん、えづうなか!」
「カブさんも焦ると方言が出るんですね。かわいいです」
「え、アオキ君?」
「何でもありません、行きましょう。カブさんのほうが奥の席なので先にどうぞ」
「あ、はい」
アオキは少しぎこちなく動くカブを後ろからじっと見つめていた。
寒いくらいに冷房のきいたシアター。
観客は自分たちを除き、二組ほど。
ナイトシフトにして正解だった。
せっかくのカブと二人きりの時間、邪魔されたくはない。
重低音で不気味な音が響く中、
彩度の落ちた大画面のスクリーンには不気味な姿が映し出される
変わらない無表情で画面を見つめていたアオキは
ぐっと片側のシャツの袖が強く握られているのに気づいた。
いや正確には最初からずっと隣で
びくびくするカブには気づいていた。
大きな音が流れたり、
画面にゴーストの姿がちらちらと映るたびに
肩をびくっと揺らしたり、
必死に声を抑えようと口を手で覆っている。
しかしそのせいで「…んっ」とか「…ひぅっ」
というなんとも悩ましい声が漏れていた。
あまり不躾に見るのも失礼かと思い、
気づかれない程度に横目で観察していたが
この時ばかりは思わず凝視してしまった。
冷房が効いているにも関わらず白い顔は紅潮し涙目になっている。
しかし負けん気のせいか目はそらすまいとスクリーンを睨みつけている。
声を耐えるために自分の口を手で覆い、
時折体をびくつかせている。
そして極めつけは自分の袖をぎゅっと握る手。
アオキは片手を額に当てて天井を仰いだ。
ここが映画館でよかった。
自宅だったら…やばかった。
映画は終盤で主人公が敵と相対する場面なのに全く内容が頭に入ってこない。
袖をつかまれているのでポップコーンも食べれない。
これも全部隣に座っているこのあざとおじさんのせいだ。
「映画、終わりましたよ」
「あ、あっ、ごめんアオキくん」
もはや顔を隠しているカブに声をかけると、
慌てて自分の袖から手を離した。
「面白かったね」
立ち上がって事も無げにそう言ったカブに
アオキはさっき見た光景をロトムで撮影しておけばよかったと後悔した。
そういえば映画館は撮影禁止か。
「この後どうします?併設されているカフェがあるので行きませんか?」
「う、うん、あの、あのねアオキくん」
「はい」
「君が泊っている部屋、確か、ベッド二つだって言ってたよね」
「ええ」
「今日泊ってもいいかな?」
そしてカブはこてりと首をかしげてこちらを見た。
…本気か、このおじさん。
様々な感情がオーバーヒートして思考が止まるアオキをよそにカブは
「いや映画の感想を言い合いたくてね」
「こんな機会ないからもう少し一緒にいたくて」
「君のポケモン君にも会いたいし」
などと必死に弁明していた。