冬十傑 勝デク二人の結婚は政略結婚だった。どちらも豊かな里の次期族長である両者はさらに発展させるため懇意にしたい、という意味で夫婦となった。どちらも未婚であったので都合が良かったのだ。
綿雪の中結婚式が行われる。互いの里の物である黒い衿合わせの装束を宝玉で飾り立て、向かい合った二人は自分の口付けた盃を交換する。
…さて、勝己は自分の本意でないことは絶対にしない男である。
次期族長同士であると同時に幼馴染であった二人は里が近いこともあり、定期的に対面していた。出久は同い歳であるのにも関わらず幼く可愛らしい。勝己の事をかっこいいと慕い、ちょこちょこと着いてくる様に、いつしか勝己は並々ならぬ好意を抱いていた。
つまり勝己にとってこの政略結婚は棚から牡丹餅、今にでも飛び上がってガッツポーズを決めたい心地の、思いえぬ幸福であった。
巻き角に揺れる飾りをつけた出久に「クソかわ」と心の内に叫び、受け取った盃を飲み干す。
そして、出久。出久も出久で、牡丹餅を得ていた。度々会う幼馴染は幼い頃からかっこよく、ずっと憧れの存在だった。ぶっきらぼうで粗雑だが、勝己は分かりづらい優しさを出久に向けてくれるのだ。そんなの惚れる。
狼の耳に彼らしい派手な装飾品を着けた勝己に「顔が良い」と心で褒めたたえながら受け取った盃を飲み干す。
すました顔で盃を飲み交わす二人。
これは政略結婚である。
だがなんと何方も相手にベタ惚れであった。
◇
無事に式が終わり、里の者らに祝福されて帰った屋敷。めでたく夫婦となった二人は今日から新婚生活を始める取り決めとなっている。暖かみのある庭付きの大きな家は、新婚祝いの贈り物だ。
「…真逆僕たちがこんなことになるとは思わなかったね。これからよろしくね、かっちゃん」
「…おう」
嘘である。
両種族の政略結婚が発案された時点で、両者ともに相手指名で名乗り出ていた。こうなる事は予期こそしていなかったが可能性を作り出していたのは間違いなく両者である。
そんなことはつゆ知らず。屋敷に入り、服を脱ぐのにすらどぎまぎして居るうちに夜は深くなり、お決まりの、二人にとっては決戦とも言える重要な儀式が始まる。
結婚初夜。
つまるところ、そういう事が起こる夜だ。長い間"幼馴染"を崩せなかった二人にとっては最高の転機。あばよくば雪崩込み、相手に自分を意識させたいところだ。
だが、互いに惚れ込んでいる癖にこんな事になっている二人である。奥手を極めた二人は何をするか。
「そういや、祝いに貰った梅酒が……」
「そういえば葡萄酒貰って……」
そう、酒である。
同じタイミングで取り出した酒に、二人は目を見合せ苦笑する。
「どっちも飲もうか」
「ツマミ作る」
なんだかんだ仲の良い二人は晩酌を始める。全く同じ陰謀には気づかずに。
◇
「……ちょっと、酔ってきちゃった」
折を見て出久は呟いた。勝己が「下戸」と笑う。
暖炉の前の二人がけ長椅子。隣に腰かけたかっちゃんは気分が良くなっているようで、片膝を立てた胡座で座っている。酒を飲む口元は多少緩んでいて、気のいい時にしか見せない笑みが垂れ流しになっている。隣で見放題とはなんたる幸福。色気があってかっこいい。
だが見惚れている場合じゃないのだ。意を決して、出久は勝己の肩に寄りかかる。がっしりとした体躯は身動ぎもせず出久を支える。
「…出久」
「眠いかも……」
嘘だ。多少酔ってはいるが眠くなんて無い。大好きな人が隣で要るんだから、そりゃあどきどきして寝られないに決まってる。
目的は初夜だ。まずは寝台。始まるのはそこに行ってからだ。
眠い事を言い訳に、追撃をしようと考えたセリフは、しかし口に出来ずに終わった。
なんと勝己が寄りかかる出久の肩に手を置き、あろう事か髪を撫でたからである。追随して耳に、角に手を這わせられ、「ひゃ」と声が漏れる。
「テメェの耳、案外柔けぇのな」
見上げると勝己は赤い目を細めて揶揄うように笑っている。きゅう、と心臓が締まるほどかっこいい。
だが、恐ろしく早い鼓動を打ちながらも、出久は言葉を絞り出した。
「…触りたかったら、どうぞ」
ことん、と木彫りの盃をローテーブルに置き、勝己に向き直る。
少々驚いたように目を開いた勝己だったが、ニヤリと笑い、此方も出久に向き直った。
「ンじゃ、遠慮無く」
途端、口吻するように頬に手を添えられるので図らず顔に熱が集まってしまう。赤くなっていたらどうしよう。というか熱くてバレるかもしれない。だが、触れる勝己の手は大きいなりに優しく心地好い。徐々に陶酔してゆく。
◇
出久に誘われるがまま撫でる勝己。表面上揶揄う様な素振りをしつつ、心臓が早鐘のように打っている。
まず、なんだ、この顔の小ささは。
頬に添えた手が頭の八割を覆うとは思わなかった。言われるがまま触ってみると、思った数倍柔い。とにかくやわっこい。餅か。餅なのか。
そして手を動かすと目を細めて擽ったそうにするのが非常に可愛い。愛い。ついつい両手でぷにぷにと弄ぶ。
暫し堪能した後、今度は衝動のままに耳を愛撫する。羊の耳は出久の髪と同じく柊の葉の色だ。案外肉厚な耳はもふもふとこれまたやわっこい。出久は体全てが餅でできているらしい。
出久が「ん」と声を上げる。こそばゆいらしく体をよじっているが、それははたして男の前でしていい顔かと疑う表情だ。
明らかに下心を持つ自分がいたたまれないが、結婚したのだ。いける、と心を持ち直し、出久が欠伸したのをいい事に「寝るか?」と提案をする。
「…運んで?」
運んで。
何度かリフレインしたセリフに、勝己の心臓が豪速に脈打つ。あまりにも据え膳。どうする。いや、しない選択肢は無いのだ。
「酔っ払い」
せめてもの悪態をつき、勝己は出久を抱き上げる。重くはないが確かに質量のある柔らかい体。出久が寄り添ったのを感じ、そっと寝台へ向かう。
ようやく舞台へ上がった演者二人は芝居を終わらせようと奮起する。
出久を降ろしてからどうこうと考えていた勝己は先手を打たれた。
降ろされた出久は勝己を力一杯引っ張り崩れてきた勝己に乗りあげる。
「おい出久」
「かっちゃん」
出久が上半身をぺたりと付け、勝己を見下ろす。羊の耳が誘うように揺れる。
一世一代の決心。セリフを吐く。
「……食べて」
「…言ったな?」
「わっ」と出久が声を上げたのもつかの間、ぐるん、と形勢逆転し、出久を組み敷く形になった勝己は出久の口に喰らいつく。
水音にぴくぴくと羊の耳が揺れている。対して勝己の耳は動じず、代わりに尾は獲物に尻尾を振っていた。
舌を絡め、腕を回し、交わりが最高潮に達した頃。
がくん、と伏した勝己と共に……二人は寝落ちた。机上の酒瓶二本は空である。
初夜は更けてゆく。
◇
同時に目を覚ました夫婦は、まず至近距離にあった顔に飛び退いた。出久は壁に頭をぶつけ、勝己は床に落ちる。それぞれ後頭部を抑えて向かい合い、互いの惨状に苦笑し、それから言葉を紡ぐ。
「好きだ、出久」
「僕も好き」
勝己が出久を押し倒す。甘く微笑んでから腕を回し顔を寄せ、昨夜の続きのように唇を合わせた。