僕のヒーローはおばあちゃんだ。
この個性社会、かつてのナンバーワンヒーローだって個性で家庭環境が狂っていたらしい。僕もその一人で、個性が突然変異だと分かるやいなや地下室に押し込まれた。口元に残る跡は初対面の人を驚かせてしまうが、けれどそれを蔑むような人はここに居ない。
ヒーローが暇をする社会にしたい、誰かが言った。
僕のヒーローはおばあちゃんだ。
そのおばあちゃんのヒーローに会いに、そしてまた僕もヒーローになるために、僕はここ、雄英高校──ヒーローアカデミアに入学した。
「……バリアフリーなのかな」
1-A、と書かれたその教室の扉は凄まじく高い。
確かに異形型の個性の生徒は大きい人もいる。さすが個性を資本とするヒーロー科、設備から違うのだなぁ、と手をかけて……立ち止まった。
怒涛の入試を潜り抜けて掴んだ切符だ。義務教育を受け直させてもらって、持ちうる限りの努力をした。選ばせてもらったし、おばあちゃんだって喜んだ。ヒーローはずっと憧れだったのだ。今ここではわくわく喜びながら扉を開けるのが妥当だろう。
この扉を開けば新生活が始まる。けれどやっぱり、新しいことを始めるのはいつだって少し怖かった。
怖気付いていた、そんな時だった。
「──おはよ!1-Aだよな?これからよろしく」
ぱっと振り返ると、そこには角のついた帽子を被った少年がいた。
「やっぱ緊張するよな。俺も」
すうはあと肩を上下させて見せる彼。
少し若々しく見えるのはやはり、彼が年下ということもあるのだろう。
でもその様子にほっとした僕がいて、そんな肩の力の抜けた僕を見て少年は笑った。
「俺、出水洸汰!よろしく」
「ぼ……僕は照元光輝。これから、よろしく」
うん!と大きく頷いて、出水は扉を開けた。
きちんとした教室には個性溢れるクラスメイトが談笑していて、ぱっと此方を向いた。
暖かい歓迎に少々照れながら、けれどきっとこの生活が素敵になると確信した。
「──僕がぁぁ、来たぁ!」
バーン!と効果音の出そうな面持ちで、空いた扉と壁に手をかけて前のめりなポーズで現れたのは、誰もが知る英雄だった。
「緑谷兄ちゃん!」
少々シンとなりかけていた教室で、英雄──ヒーローデクをそう呼んだのは出水だった。
きっとネタなのだろうそれが伝わらなかったデクは照れ臭そうに頭をかいて、出水に一言二言挨拶すると、ぱっと顔を輝かせて声を張り上げた。
「えっと、担任の緑谷出久です!突然だけど、君たちには個性把握テストを受けてもらいます!」
なんだかとても楽しそうに笑うデク。ほにゃほにゃした笑顔で「体操服に着替えてグラウンドにね」と付け加えられ、僕たちは学級活動で鬼ごっこでもするような気持ちで廊下に出た。
「緑谷にい、ッデク先生、何すんだろうな!」
「個性把握テストって言ってた……って、それよりも、ヒーローデクと知り合い?」
「うーん、まあそんな感じかな!」
靴箱で履き替えた出水のスニーカーは真っ赤で少し変わったデザインだ。
見た事あるな、と思って思い出したそれは、テレビで見たおばあちゃんのヒーローの靴。
なるほど、と察しの着いた僕は、「そうなんだ」とにこにこ相槌を打って、出水は「何笑ってんだよー!」と言いながらグラウンドに出た。
鬼ごっこなんて可愛い幻想が砕けたのはこの時であった。
「──で、最下位は除籍です!」
にこにこと屈託のない、成人男性でましてや担任なんて思えないような可愛らしい笑顔から恐ろしい単語が出てきた。
ジョセキ、除籍。それはつまり、退学を意味するのか?
グラウンドに出た生徒全員がそれに恐れを覚え、だがやはりそんな顔から出るわけの無い言葉だと耳を疑った。ジョセキというきっと可愛らしい意味であろう単語が何度もリフレインする。
ブプー、と場違いな笑い声が聞こえた。
「ふくく、除籍だってよ、クク、せいぜい気張れや」
せめて敵顔と言われる彼が言ったのなら真実味が増しただろう。いや、その前になんで居るんだ大・爆・殺・神ダイナマイト。ゴリゴリのヒーロースーツでデクの少し後ろの壁に寄りかかっている。
以前変わらず、にこにこと愛嬌を振りまく現状ナチュラルサイコパス、デクと、凶悪敵顔と恐れられる筈がどうやらツボに入ったようでクククと笑い続けている大・爆・殺・神ダイナマイト。
ツッコまねばならぬ事ばかりだったが、ようやく"除籍"という単語が自分らの知る意味と相違ないと理解した生徒らは、必死にテストに取り掛かるのだった。
◇
「はい、お疲れ様〜!順位はこの通り!」
照元光輝は絶望していた。
個性"闇"。指先から粒子状の黒物質を出し、覆い隠したものを抹消させる。
戦闘向きの個性ではあったし、現に入試は勝ち進んだが、これは体力テストには全く向かない個性だった。
出水は個性"水鉄砲"を後ろに放ったりして速度を増幅させたりと結果を残したが、光輝は何も無い。
差し出された順位はやはり──最下位。
ようやくここまで来れたのに、と思わず涙がこぼれそうになり、出水がそれを支えてなにか言おうとしてくれた時だった。
「おら、はよ言えや」
「ええっと、ごめんね!嘘です!除籍はウソ!」
あわあわ、と言った仕草で手を動かしながらデクが駆け寄ってきた。
「ごめんね、一種の恒例行事みたいなものでね、えっと、皆が全力で取り組むように……」
「合理的虚偽だ」
「あーっ、それ言いたかったのに!」
「ざまぁ」
わあわあと押し問答を始めた大・爆・殺・神ダイナマイトとデク。
光輝や他の面々がぱちくりと瞬きしている間にデクがハット我に返り、大・爆・殺・神ダイナマイトを押しやって光輝にぐっと拳を握って見せた。
「騙してごめんね。けど、君の実力、しかと見させてもらったよ!これから一緒に伸ばしていこうね!」
にこにこと笑うデク。先程のような恐ろしさは無く、心からの言葉のようだった。
返事を待たず大・爆・殺・神ダイナマイトがデクに腕を回し、ぐいぐいと伸し掛る。デクが抗議しているのを傍目に、光輝はもちろん、A組みんながほっとため息をついた。
「……よ、良かったな」
「び……っくりしたぁ……」
はあ、と肺いっぱいのため息を着く光輝に、出水が苦笑いしたのであった。