そのままで。「お待たせ致しました……典韋殿」
「ん、お……おう……」
声がした方へ目線を下げれば、走って乱れた深藍色のスカートを制服の襟と共に整えている。
「別に急がなくていいぜ、待ってるだろ」
「何事も、迅速対応が肝要です」
「……そっか、ありがとな」
冷静な青藍の瞳に見つめられちまうと、どうも胸が騒つく。
「此方こそ、何時もありがとうございます……宜しいのですか」
「ん、別に構わねぇよ……わしが勝手に待ってるだけだ」
「そうですか……申し訳無いのですが、此方としては心強いです」
無造作に首先まで切った髪、頭も良いことが解る口調で余計なことは喋らねぇ。教室でも髪型だの化粧だの煩く会話するのが女子ってもんだろうと思っていたが、こいつは制服以外全く違う。今迄見たことねぇもんだから、目が離せない。放っておけない理由は、他にもあるんだけどよ。
「……先日もやはり、間違われまして」
「わはは、小学生にか」
「はい」
わしもでけぇ方だけど、背丈が腰先くらいまでしかねぇもんな。そもそもわしも小学生が夜道歩いてて危ねぇと思って声を掛けてみたら、実は三年で先輩だったってのが切っ掛けだ。生徒会で遅くなると補導されやすいと聞いて、送ってやる様になって。
「制服着てんのにな」
「全くです」
何処か可笑しくなって、口元を緩め合いながら帰り道を進む。まぁ理由はそれだけだ、決してやましい気持ちなんかねぇ。普段表情変えねぇけど偶に笑うと可愛いなとか、小さいからなるべく守ってやらねぇとなとか。そんな感じってだけだ。
「そこで、思案の結果……年相応の女性として、何が一番足りていないのかを試算しました」
「ん?」
不意に飛び込んできた光景に、つい眼を見開き硬直する。両手を、自らの胸元へ押し当てて。
「……やはり、胸です」
おいおい、掴み上げるなよ。動揺で心音が高鳴る。確かに他の女子と比べて大きい訳じゃ無いだろうけどよ、それはそれで良いだろ。違ぇ、何考えてんだわしは。
「典韋殿も視認しているかと存じますが、身長が年齢的に達していない上、この胸では至極当然……そこで、対処法を聞き及んだのですが……」
いきなり距離を詰められ、頼みの綱とばかりに目線を合わせられる。頬が熱い、こっちが直視出来ねぇ。何故か煌めいた瞳で、確かに聞いた言葉は。
「……典韋殿に、触れて欲しいです」
身体中が沸騰して、茹で上がっちまう。一体何言ってやがる、そんな眼で近付くな。髪からは甘い香りがして、やけに艶の良い肌が首筋から覗く。こいつ、こんなに可愛かったっけ。いや、元々綺麗だとは思ってたけどよ。
「試して頂ける様な方は、典韋殿しか……」
やべぇ、腰に温かくて柔らけぇのが押し付けられてる。そう考えてくれたのは有り難ぇけど、おめぇは本当に解ってねぇ。駄目だ、これ以上はもたねぇ。もう既に頭から湯気さえ出てきちまう状態から抜け出す為、小さな肩を掴んで引き離した。
「だ、駄目だ……お、落ち着けって……!おめぇは泰然自若なんじゃねぇのか」
「え、あ……失礼……気分を害してしまった様ですね」
「いや、そ……そうじゃねぇよ」
寧ろ心音がまだ煩ぇので、改めて解った。小せぇ身体でも懸命で、度胸もあって。やっぱり、おめぇは。
「そのまんまの荀攸が、一番だと思うぜ」
今で充分、可愛いしな。これ以上綺麗になられたら、逆に道歩くのも心配でたまんねぇぜ。荀攸は深く息を吐き、僅かに唇を緩めた。
「そう、仰って頂けるなら……感謝します、典韋殿」
良かった、やっぱ笑ってるおめぇが一番だ。納得はしたものの、荀攸は未だ自らの胸を軽く抑え呟く。
「しかし……郭嘉殿によれば『親しい人に揉んでもらうと大きくなる』と言っていたので試す価値はあるかと思ったのですが」
「はぁ!?」
「事実文若殿も、年上の彼氏が出来てからというもの成長著しい様な……」
「本当かよ?!」
親友らしいけどおめぇの同級生、ろくなこと教えねぇな。おめぇは全然、気付いてねぇかもしれねぇけど。
「典韋殿、どうされましたか」
「……いや、何でもねぇよ」
また体温が上がる頬を覗き込まれ、つい視線を外す。
おめぇのことは何より、大事にしたいんだ。小さかろうが何だろうが、抱き着きたいのを我慢すんのが精一杯な程の胸してんだからそんなでけぇの要らねぇよ。
とは、やっぱまだ言えねぇな。
「どうだったかい?荀攸殿」
翌日、教室で郭嘉殿に現状報告を行う。最初は体格差もあるせいか威圧的に感じたが、畏怖はすぐに消えてしまう。無口で面白味の無い女子と距離を縮めてくれた優しい後輩だが、今ひとつ効果は薄い。
「断られました……女子力というものが、やはり郭嘉殿には及ばない様で……」
「はは、やはり硬派だね……彼」
女子としての身嗜みに全く疎い為、豊富な知識を持つ彼女に助力を頂いたが更なる修正が必要の様だ。
「郭嘉殿から頂戴した香り付きシャンプー、肌に良いというボディソープ等も使ってはみているのですが……」
「うん、とても良いね……更に可愛くなったよ、荀攸殿」
艶やかな金髪と制服から溢れる潤沢な胸元を押し付け、抱き込まれながら思案する。それでも、また一つ。
「どうやら、収穫はあったのかな」
見透かされてしまい、自然と口元が緩んでしまう。
『そのまんまの荀攸が、一番だと思うぜ』
目立たず、着実に最善を。女子としての自らに興味無く生きてきたが、その様に仰ってくれる貴方になら益々手を尽くしてみたいと考えてしまう。
「……恐らく、気を遣って言ってくれているのかと……」
「あはは、貴方達らしい」
それ程可笑しいことなのかまだ解りかねるが、先ずは改善策を練らなければ。思い起こす程に高鳴る胸の温もりと、これまでに無い喜びを教えて頂けた貴方の為に。