唯一の宣言 俺は果たして、何か怒らせる様なことを言ったのだろうか。こうして卓を挟み会話が出来ることに喜びを感じ、口にした直後から急に法正殿の眉が上がり睨みつけられてしまう。
「……貴方は本当に、出逢った頃から綺麗事で生きていますね……馬超殿」
解らん、見当が付かない。高校を卒業し進路を違え、離れることが多かった俺達が漸く共に過ごせる新居だ。この機会に薬指で光る白銀を掲げ、偽り無く伝えただけではないか。
「改めて言いますが、俺は徹底的な報復と報恩に生きる悪党なのはご存知でしょう」
肩先までの黒髪を揺らし、苛立った様な低音を響かせる。昔から変わらず、凛と美しい人だ。報いに生きている純真な人間と知ってはいても、本人や周りが悪党と呼ぶのは未だ理解出来ずにいた。
「すまん……俺の言う何に、怒っているのだ」
「ですから、その様な訳が無いと言っているんです」
褐色の指先を差し出され、同じく薬指の白銀が映える。滑らかに此方の首筋を辿られ、心音が跳ねた。
「……貴方の『唯一』に選んで貰えたのなら、俺は従順な下僕になれます」
髪を掻き上げ、艶めいた夜空の眼差しを投げ掛けても。出てくる言葉は裏腹に、極端に健気な志が伸し掛かる事実に魂が震えた。ああ、本当に純粋で煌めいている。
『俺は法正殿が居てくれるだけで、充分報われている』
先程告げた言葉を、明確に思い出した。だからこそ俺も、自らの意志を曲げることは出来ない。
「法正殿、その猛る想いは有り難い……だが俺の『唯一』ということは、法正殿にとっても『唯一』だということになるだろう」
共に歩むことを、選んでくれたのだ。向けられる紺青の瞳を、一切逸らさず見つめ返す。それならば、俺の持てる全てを対等に分け合いたい。
「俺に尽くしてくれると言うのなら、俺の全力を以て守り抜く……法正殿を必ず、幸福にすると誓おう」
距離を詰め、強く腰元から抱き寄せる。報いなど無くとも、どうか愛されることを知ってほしい。性格上難しいことは解るが、せめて頼って欲しい。もっと、俺を信じてくれ。一瞬身動きを止めたが、溜め息の後にすぐ口元が開く。
「……貴方という人は……本当に厄介ですね」
「済まない、だが……俺に出来るのはそれだけだ」
「解っていますよ」
覚悟が決まったかの様に、小さく口角を上げ。
「……これから貴方を、たっぷり喜ばせてあげますから」
不敵な笑みから垣間見える柔らかな視線に、此方も熱く昂っていく。
「承知した、俺も必ず応えてみせる」
「……でしたら」
首筋に滑らかな肌が縋り付き、耳元へ唇を寄せ。
「その後は……望む限りの『ご褒美』を」
体温が上気し、全身が燃え盛り沸き立つ。この上無く愛おしく響き、少しでも甘えてくれている喜びを感じずにはいられない。更に腕へ、力を込めた。
「ああ……この身を尽くそう」
強請る様な声に心音が激しく騒ぎ、奥底から溢れる衝動に呑まれそうになるのを必死に堪える。駄目だ、劣情に流されるなど俺の正義に反する。新たな生活を始めたばかりだというのに、まだ新居を片付けて数分では流石に許されない。
「……先ずは、祝いの菓子でも買わないか」
急に法正殿の瞳が見開き、肩に顔を埋め全身が震え出してしまう。何、これでは違うのか。案外甘いものは好きな筈だろう。
「ふ……っ、いえ……やはり馬超殿でした……それも良いですね」
何故か噴き出すのを堪えている様だったが、満たされた様に頬が緩むのに安堵し、此方の口元も綻ぶ。言葉で、全身で。これからも互いの信念を貫き通し、熱き魂を示し合っていきたい。
「では行こう、法正殿」
「ええ」
手を伸ばせば、躊躇わず重ねてくれるようになったことに胸が焦げ付く。
あの沸騰する感情を抑えきれるか不安だが、夜が更ける頃に考えるとしよう。