嫉妬の末路「それでさ、昔と全然変わってなくてね……つい話弾んじゃった訳……」
呑みに行ったらすっかり盛り上がってしまい、家に帰って来たのは日付が変わる頃。高校時代、共に走った自転車競技部の日々が懐かしく蘇った。卒業して十年近く、同級生にまた会えると嬉しいよね。出迎えてくれた徐庶殿に、腰掛けたソファーでコーヒーを飲みながら経緯を話し一段落した時。
「……そうか、楽しそうで何よりだよ」
「あはは、でしょ?」
酔いのせいか、頭もふわりと心地良い気分。それが原因か色々話し過ぎて、気付かなかったみたい。
「……馬岱殿」
柔らかな声で名前を呼ばれたと思った時には、距離を詰められていた。跳ねた黒髪が、額を擽る。本人は地味だと言うけれど、均整の取れた顔立ちを彩る琥珀の瞳が一瞬光る。
「なに……?徐庶殿」
「ええと……そろそろ……」
言葉は確かに遠慮がちなのに、取られた手への力はかなり強くて。
「君のことを、独り占めしたいんだ」
心音が、飛び跳ねる。急にどうしたんだろ、何かまずいことしたかな。頭があまり働かないから、追いつかないんだけど。
「な……ど、どうしたの」
「君の仲間程、面白い事は言えないし……それ程の楽しい日々には敵わないかもしれないけれど」
「ん……?え、ちょい……待って?!」
視界に天井が映ったことで漸く、脳裏が冴えてくる。うーん、これは話の些細な何処かで地雷を踏んじゃったのかも。楽しそうに話を聞いてくれていたから、つい油断しちゃったね。確かに部活は楽しく出来ていたけど、徐庶殿とだって一緒に過ごした放課後は沢山思い出あるじゃない。しかも、それ以上に。
「……すまない……それでも俺は、どんな人間が居ようと……君を、諦めたく無いんだ」
どれだけ感情を積み重ねて、痛むくらい刻み付けた癖に。言いたいことはこっちもあるけど、まだ聞いて貰えそうに無いね。だってもう、思い切り手首を掴まれて押し倒されちゃったから。徐庶殿は昔から、俺の交友関係を話すと突然嫉妬を剥き出しにすることがあった。出逢ってから一緒に暮らし始めて、それなりに成長して年月は経ったけれど。未だに、どれを気に留めるのかが掴めなくて。ま、ちょっとだけなら。
「……どうしても?」
意地悪しても、許されるよね。俺のことを理解してはくれてるけど、まだ『知って』はいないんだよ。
「ああ……今は俺のことだけ、見ていて欲しい」
そんな獣みたいな眼差しで、有無を言わせる気の無い力を込めた指先で言われたら。厄介で、可愛くて。振り解くなんて、勿体無い。
全身が、震え上がった。胸元から熱く昂って、此方の欲求も抑えきれなくなる。
「うん……最初から、君しか見てないよ」
確かに人と仲良くはするよ、都合が良いから。明確な線引はしている、誰だって許すわけじゃないんだからね。普段は遠慮がちな君だけれど、俺のことだけは絶対に手放そうとはしてくれない。欲を帯びて逃れられない鋭い視線が、血液を駆け巡って高揚してしまう。
「……恐れずに、俺に預けてくれないか……全てを」
君になら、晒せるよ。寧ろもっと深い部分まで知れる様に、暴いて欲しい。そして、俺も。
「……うん、君もね」
君の全ては、まだ知らないから。余すことなく受け止めて、愛してあげたい。
首筋を這う感触に、瞼を閉じる。
「後悔は、させない」
本当、君って人は。悔やむとしたら、過去を救えないことくらいだよ。
これから幾らでも君と混ざって、染め合ってあげられるけどね。