年明けの休日の朝、目覚めた風信はひくひくと鼻を動かした。
ベッドから出てキッチンへ行くと、長い髪を束ねた姿がガス台に向かっていた。
「おはよう、慕情」
あくびをしながら声をかける。
「ん」
振り向くことなく返ってくる声はいつもどおりだ。
「なに作ってるんだ?」風信は後ろから覗き込んだ。
慕情は鍋の中身をヘラでゆっくりかき混ぜている。立ち昇る湯気はふわりと甘酸っぱい。
「謝憐からユズが大量に送り付けられてきた」
「ユズ?」
「ああ。なんか庭でいっぱいできたらしい」
「へえ」
「で、あまりたくさんあるから、ジャムにでもしておこうかと」
「なるほど」
鍋の中の深い黄色。その表面では、ふつふつと泡が現れては消える。
ヘラを持ち上げ、黄金色がポタリとゆっくり垂れるのを確認し、慕情が火を消す。風信はそれを見て、横に立ててあるスプーンをさっと取った。だが鍋の上に持って行ったところで、その手首をがしりと掴まれた。
「いっ……て! なんだよ慕情。味見くらいいいだろ」
慕情がじろりと風信を横目で見る。
「絶対に、ねぶったあとで匙を鍋に入れるなよ。入れたらすべてが終わる」
慕情の低い声が終末を告げるかのように言う。
「……大げさだな。入れないから安心しろ」
慕情がフンと大きく鼻を鳴らしながらも風信の手首を離す。風信はスプーンを握り直し、そっと鍋に入れた。
持ち上げたスプーンにのったジャムは、とろりとしたその表面が、窓から差し込む朝日を存分に浴びて輝いている。
「綺麗だな」と風信。だがそのままその黄金色はパクリと口の中に消えた。
「あっつ…」はふはふと口を動かす風信を、慕情が目を細めて見つめる。
風信の口の中に、ユズの味が広がる。それはまるで陽だまりを口に含んだようだった。
「うまい」風信の目も細められる。「甘いけどちょっと苦味もあるな。ユズのほろ苦さだけじゃない」
「へぇ、お前の舌でもわかったか」
慕情がふっと笑い、ガス台の上の棚から瓶を取り出した。
「それ」風信が目を丸くする。「俺のブランデー?」
「ああ」「でもお前……」と風信は首を傾げる。慕情はアルコールを口にしない。
「しっかり火を通してるからアルコールはとんでる」と慕情が言う。
「なるほど」
「美味しいだろ」
風信は静かに微笑み、そして不意に身を乗り出した。
「……!」
突然顎を引き寄せられ、唇に柔らかいものが触れるのを感じた慕情が固まる。重ねられた唇から、ほのかなユズの香りが流れ込むのに任せていた慕情は、しばらくして、はっとしたように顔を引いた。頬が赤いのはガスの火のせいじゃないだろう。
「お前……なんなんだ突然!」
普段、風信がこんな甘ったるい行動に出るのはめずらしい。風信は、うーんと考えるふりをする。
「ブランデーのアルコールがとんでなかったのかもしれんな」
「そんなわけはない。私の料理は完璧だ!」
風信は慕情の体を抱き込むように後ろからキッチンの台に両方の腕をつき、その耳元で囁いた。
「そんな料理人がいてくれるなんて、今年も良い年になりそうだ」
鍋からふわふわと上がる湯気が、しっとりと二人を包んだ。