「あ、君たちか」
菩薺観の扉を開けた謝憐は、険しい顔で佇む若い神官二人に微笑みかけた。
「呼んでおいて、君たちか、はないでしょう」
一人がぐるりと白眼をむく。
「扶揺、べつに呼んではいないんだが」
「通霊で『君たちの助けが必要で……あ、いやまあいい。一人でなんとかする』なんて言って切られたら、来ないわけにはいかないじゃないですか!」
もう一人が腕組みをして大きな声で言うと、謝憐は肩をすくめた。
「いやぁ、南風、言っている途中でなんとかなるかと思ったんだよ。でも、まあ来てくれた以上、手伝ってくれるかな?」と言うと、二人はふんとそっぽを向き、
「よろこんで!」と噛みつくように言った。
謝憐は苦笑いしながら二人を中に招き入れ、奥に置かれた功徳箱の前に立った。
「実は、最近奉納が結構増えてね」「新年ですしね」と南風。
「うむ。で、かなりの金額になってて——」「自慢するために呼んだんです?」と扶揺。
「いや」と謝憐は腰に手を当てて、続けた。
「これをATMに預けに行こうと思う」
「は??」南風と扶揺の声が重なる。
「あなた、銀行口座とか持ってたんです?」扶揺が聞く。
「ああ。少し前に三郎と一緒につくってみた」
三郎の名前を聞いて、南風が口をへの字に曲げる。
「で、かなりの大金だから私一人で運ぶのも心もとないなあ、と」
「いや、あなたなら強盗に襲われたって指一本で倒せるでしょう」
「まあ、そうは言ってもやはり一人では心細い」
そう言いながら微笑む謝憐に、神官二人ははあと溜息をついた。
「新年でも使えるとはありがたいね」
無事、功徳箱の中身を運び込んだ三人は、がらんとした部屋に佇む機械を覗き込んだ。
「えーっと」
「初めてなんですか? 殿下」南風が心配そうに聞くと謝憐は首を振った。
「いや、前に一度やってみた。そう難しくはない、はず」
彼の白い指が、画面に触れる様子を、南風と扶揺が興味深げに覗き込む。しばらくすると、ガーッという音とともに、機械の奥の蓋が開いた。
「よし、ここにお金を入れる。沢山あるから手伝ってくれ」
「入れればいいんです?」扶揺が聞くと謝憐が頷く。「ああ、私が蓋をおさえておこう」
南風と扶揺は床に置いた袋から紙幣や小銭を取り出し、口を開いたそこに入れていった。
中の空間はすぐに埋まっていった。
「もういっぱいですかね」南風が言う。
だが謝憐は、扶揺の手から紙幣の束を受け取った。
「いや、まだいけると思う! 天官賜福、百無禁忌!」
「いや無理ですって!!」と扶揺。
それを無視し、謝憐は空いた隙間に紙幣を入れ込んで手を離した。やれやれと言わんばかりに蓋が閉まっていく。「ほら見……」
だが蓋が閉まった所で一瞬機械が沈黙し、ピーという音と共に画面に何か表示された。三人の頭が覗き込む。
「投入口の故障……」
言わんこっちゃないと扶揺が思い切り白眼をむく。
「ど、どうすればいいんだろう」謝憐が頬を撫でる。
「開かないのか?! そこにまだ入ってるんだろう?!」風信が蓋を指でぐいぐいと押すのを二人が止める。「やめろ! これ以上壊すな」
「とりあえず、指示通りにしましょう。えーっと、備え付けの電話で——」
画面に書かれた文言を呼んだ扶揺が「これか?」と脇の受話器をとる。
ボタンを押し、なにやら話し込んでいたが、沈痛な面持ちで受話器を置いた。
「どうだった」謝憐が聞く。
「人を派遣してくれるらしいが、新年だからどうやら数時間かかるらしい。それまで待ってくれと」
数時間……と他の二人は絶句する。だが、待つほかない。部屋の隅に行って三人で座り込んだ。
「まったく。新年早々、あなたに関わるとロクなことがない」扶揺が忌々し気に呟く。
「悪いな……」謝憐が苦笑いする。「いやあ、一人で来なくてよかったよ」
「お役にたてて大変光栄ですね」と扶揺が言うと、南風が「お前、迷惑に巻き込まれたとはいっても、そんな厭味ったらしい言い方があるか!」と窘める。
「南風、それはフォローなのか?」と謝憐は言って、ふっと笑った。
「でもこうしてると、昔、風信や慕情と無茶をしたことを思い出すなあ」と謝憐が感慨深げに呟く。
「無茶をしたのはあなただけでしょう」と扶揺。
「そうだったかなあ。でも二人がいてくれたから私も安心して無茶できたのかもしれない」
そう言って微笑む謝憐を挟んで南風と扶揺はちらりと目を合わせると、深い溜息をついた。