いつも人間でにぎわっている公園も、こんなに暑い日の昼下がりともなると閑散としている。
だが太陽の光が届かない低めの枝でじっとしていると、下から人の声が聞こえてきた。
「ほんとに暑いですね、機長」
男性の二人組だ。
「ああ。今日は39度らしいぞ」
年上で明るい色の髪をした方が答える。
「39度……それもう高熱じゃないですか」
二人は木の下のベンチに腰かけた。どうやらこの暑いのに、ここで座ってすごそうとしているらしい。物好きな人間もいるものだ。
「温度もだが、この湿気がたまらんな」
「ここがこんなに暑いなんて」
「ちょっと前まではそれほどじゃなかったぞ」
二人は話しながら、ベンチに置いた白い袋をゴソゴソと漁った。
「溶けちゃってないといいんですけど」
「そうだな、すぐそこから持って来ただけで溶けそうだ」
若い方が、小さな黄緑色の箱をだした。なにかうまい物だろうか。首を伸ばして見下ろす。
「それがお前の好きなアイスか」年上のほうも覗き込む。
「なんか見ると買っちゃうんですよね」
「へえ。ピスタチオ味?」
「これは初めて見たので新商品だと思います」
箱の見た目は、赤色のほうなら見覚えがあった。チッと嘴を鳴らす。アイスクリームか。あれはゴミに捨てられてても、べたべたしたのがついてるだけで、なんの腹の足しにもなりゃしない。だが、若いほうは嬉しそうに説明している。
「これ、運がいいと珍しいのが入ってるらしいんですよ。まだ見たことないんですけど」言いながらベリッと箱を開ける。
箱の中には茶色くて小さな丸い物が並んでいる。
「珍しいってどんな――」そう言いかけた年上のほうの言葉は、「あっ……!」という声に遮られた。
「ど、どうした?」
「見てください機長! これ、これ……うわあ、出たー!」
なにやら急にエキサイティングしだした若いほうに驚きながら、年上のほうはその顔と手元を見比べている。
「これですよ! ほら、ハート型!」
なるほど、よく見ると丸いものの中に一つだけハート型が混じっている。どうやらそれがこの騒ぎの原因らしい。
「へえ、それが珍しい当たりなのか。よかったな」
「すごい、初めて見ました! きっと機長と一緒だったからですよ」
「いや、別にそんなんじゃないだろ」年上の方が笑うと、若いほうが小さなピックでそのハート型をぶすっと刺して、そして差し出した。
「口、あけてください」
「え?」
若い方は、にやっと笑いながら茶色いハートを突きつけている。
「いや、せっかく珍しいやつなんだからお前が――」
「機長に食べてほしいんです、僕のハート」
とたんに年上の方の頬が赤くなる――面白い。
「え……と、南風……」
「ほら、早くしないと溶けちゃいますよ」
逃げ場はないと悟ったのか年上の方が恥ずかしそうに口を開けたとたん、小さなハートはその中に消えた。
「美味しいでしょ、僕のハート」
「む……なんふぉ……」もごもごと口を動かしたあと、やっとごくりと喉が動いた。
なおもきらきらと目を輝かせながら見つめる視線から逃げるように、彼は茶色い髪に手をやる。
なるほど。――こいつらはそういう関係なのか。この二人の間に漂う、いやに親密な空気は間違いない。
「あ、ああ。美味しいな」
嬉しそうな笑顔が若いほうの顔に弾ける。
「よかったです。僕も食べよ……やっぱりちょっと柔らかくなってますね」
年上のほうは、じっとその若いほうがもぐもぐと動かす口元を見つめている。
きっと次の瞬間には、嘴をくっつけあって求愛行動を始めるに違いない。思わず首を伸ばす。さすがに昼間のこの時間だと、ここでそれ以上の行動までおっぱじめることはないだろうが。
「あ、機長もう一個どうぞ。ほら口――」
「自分で取るからいい」「えぇー……」
「あっ」年上のほうが指で摘まんだ茶色いものが崩れ、中からトロリとしたものが流れ出る。彼は手の中のものをとりあえず口に放り込み、指先を伝うものを舐めた。若いほうはその様子を物欲しそうに見つめている。
これは、そろそろ――
「あ、あと二個……」
「どっちも食べていいぞ」
「いえ、僕、これを機長と分け合うのが夢だったんです。だから……」
「……もうちょっと他に夢ないのか? それにもうちゃんと分けてもらったし」
「やり始めたら最後の着陸まで、でしょ?」
「なにを言っているのかよくわからん」
若いほうは一つを口に放り込むと箱をすっと差し出した。「ほら機長の分です」
小さく首を振りながら年上の方が摘まむ。
「ほら、南風」
「え?」
「ほら、あーん」「いや、いいですって」
「あっ、溶ける溶ける溶ける」「わ……あっ、ちょ」
顎にそっと添えられた指が口を開かせ、そして――
「ん……!」
「最後のチョコレートはもらった」
頬を膨らませて口を動かす若い方を見ながら、楽しそうに年上の方は指にべったりと着いたチョコを舐めた。
――何も起きなかった。思わず枝から脚を踏み外しそうになってなんとか踏みとどまる。なんなんだ、こいつら。
「いやあ、美味しかった。ご馳走様」
「なんかいつもより美味しかったです」
「新商品だからじゃないのか」
「違いますよ」
いつの間にかベンチに日が差し込み、頭をくっつけんばかりに笑い合う二人の影が地面にハート型を描いていた。