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    noa/ノア

    @eleanor_dmei

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    [FengQing] 春のフォンチン祭りの企画のお題「花」で書かせていただきました。
    ※慕情をいじめる仙楽モブがいます

    ##FengQing
    #天官賜福
    Heaven Official’s Blessing
    #風信
    windGod
    #慕情
    mood
    #FengQing

     春の訪れを告げる黄色い花。
     迎春花と呼ばれるその眩い黄色に、大抵の人は冬の終わりと春の予感を感じて胸を躍らせる。
     だが、風信は違った。
     八百年、毎年その木が花をつけるたびに蘇る苦い記憶と後悔──まるで、永遠に解けぬ呪いのように、その花は風信の胸に暗い影を落とした。

     仙楽国の華やかなりし頃。
     皇極観にもその木は植わっており、春を待つ人々の表情をほころばせていた。
     花やら美やらには疎い風信も、黄色い花をいっぱいにつけるその木に、思わず足を止めた。手を伸ばし、手近な枝からそっと花を折り取る。そのまま歩きながらくるくると手の中の花を眺めた。
     綺麗だな。素直にそんな感想が浮かぶ。黄色は嫌いじゃない。
     だが一通り眺めたところで、ふと思った。
     摘み取ってみたが、はて、これをどうしよう。
     部屋に飾るなどという風流な真似は気恥ずかしい。殿下にあげようか。でも万一、庭の枝から折り取ったことを咎められたりしないとも限らない。かといって地面に投げ捨ててしまうのも嫌だ。
     そんなことを考えながら何気なしに周りを見ていた風信の足が止まった。
     窓の向こう、陽光が薄く差し込む室内で静かに動く黒髪。
     気が付くと足はそちらに向かっていた。扉を開けると、差し込んだ光に慕情の黒髪の頭が振り向く。だが、入ってきたのが風信だとわかると、彼はそのまま無言で作業に戻った。
     棚には書物や殿下の調度品が並んでいる。机からいくつか書物を手にとった慕情は、壁際の棚に戻そうと上のほうに手を伸ばした。だが、手がなんとか届くほどの高さの棚には、倒れこんだ書物が邪魔をしてうまく入らない。
     風信は手伝おうとそのつま先立ちをした後ろ姿に歩み寄った。目の前で、緩く結いあげた慕情の艶やかな髪が揺れる。
     その光景にふと魔が差した。袖が触ったふうを装いながら、後ろ手に持っていた花を、そっと髪留めが抑えている毛束に刺す。そのまま彼の頭の後ろから手を伸ばし、倒れていた書物を立たせてやると、慕情の手の中のものはすっとその隙間に収まった。
     静かに踵をおとした慕情は、振り向いて風信を見た。だが、むっと引き結んだ口からしばらくして漏れたのは、
    「自分のほうが背が高いと自慢したいんですか」という言葉だった。
     にこやかな礼の言葉などは期待していなかったが、さすがにそれはどういう意味だと顔を顰める。だが慕情は小さく眉を上げると、くるりと背を向けて作業に戻った。あっけにとられたようにその姿を見つめたあと、風信は足音荒く部屋をあとにした。
     その日の夕方、日没前の見回りに歩いていた風信の耳に声が聞こえた。
    「慕情、お前、それはなんだ?」
     角を曲がると、事あるごとに慕情に難癖をつけたがる弟子たちが、静かに佇む後ろ姿を囲んでいるのが見えた。
    「小間使いのくせに、殿下の花飾りの真似事か?」
     冷たい笑い声が続く。
     引き返そうとしたが遅かった。一人が目ざとく風信の姿を見つける。
    「風信さん! 風信さんも何か言ってやってくださいよ。こいつ、柄にも合わず浮かれた真似をしているんです」
     他の者たちもくすくすと笑いながら風信のほうを見る。
     仕方なく歩いていく風信の目線の先で、そのぴんと背筋を伸ばした姿がゆっくりと振り向く。
     まるで貴人のようにゆっくりと白い首を捻り、横顔が現れる。
     夕日を受けてさらりと静かに流れる黒髪の上に、可憐に色を添える黄色い一輪の花。
     その光景に、思わず小さく息をのんだように思う。
    「……風信さん?」
     怪訝な弟子たちの顔に、我に返る。胸がどきりと跳ねる。いま一瞬胸に宿ったものを悟られてはいまいかという焦り。気がつくと口が動いていた。
    「慕情、なにを馬鹿みたいなものを頭につけているんだ?」
     慕情の黒い瞳は、剣を深々と突き刺すように風信の顔を見つめたあと、すっと色を失い、そのまま横に逸れた。
     弟子の一人がこれ見よがしに鼻をならし、慕情の髪から乱暴に花を摘まみ取って地面に投げ捨てた。弟子たちは馬鹿にしたように慕情を見やり、そして風信の横を通り過ぎて去っていった。
     風信の前に佇んでいた慕情も、花を抜き取られたはずみで髪が乱れた頭を軽く下げると、何も言わず、踵を返して歩いて行った。
     俯いた風信の視線の先には、地面に落ちて踏まれた黄色い花が潰れていた。
     違うのだ。
     本当は、作業する慕情の後ろ姿を見た時に、彼にこの花を渡してやろうと思っただけなのだ。
     興味などなさそうにそっけなくするだろうが、それでもよかった。慕情ならこの花が似合うだろうと思ったのだ。
     それは間違っていなかった。
     振り向いた瞬間の、黄色い花を髪に抱いたその姿。あまりに美しくて、そのことに動揺してしまうほどに。
     動揺を隠そうと心にもないことしか言えなかった自分が恥ずかしくて惨めで、行き場のない怒りを抱えたまま、自分の影が夕闇に溶けるまで、風信はそこに一人立ち尽くした。

     それ以来、毎年その花を見るたびに、風信の胸にはあの時の潰れた花の姿が蘇った。若気の至りと水に流してしまえばよかったのだろうが、そうは出来なかった。果たしていま、同じ場面で自分は正しい行いを選べるのだろうか。
     そんなことを考えながらその木を見つめていたから、後ろからかけられた声に思わず肩が跳ねた。
    「風信、ぼうっと立ってどうした」
     なぜよりによって、今、この花の前で——。
    「べつに」
     隣に並んだ影の主に、ぞんざいに答える。慕情は無言で風信の顔を見つめたあと、木のほうへ顔を向けた。
    「この花——覚えているのか?」
     慕情が静かに言った。
     その言葉に、自分がここでそれを見つめながら何を考えていたのか、すべてお見通しなのだと悟った。
     気まずい沈黙の中、花だけが風に小さく揺れる。
     ただ一言——ただ一言、その言葉を言えば自分は呪縛から解かれるのだろうか——そう考えながら風信が喉を上下させたのと慕情が口を開いたのは同時だった。
    「あのときあいつらに出会ってしまったのは、呆れるほど不運だった」
     慕情が枝の先に咲く黄色い花へ手を伸ばす。
    「私は、あのままさっさと部屋に帰ろうとしていただけだったのに」
     慕情が何を言おうとしているのかわからず、風信は俯いたまま足元を見つめた。
    「おかげで、台無しだ」
     慕情の静かな声に寂しげな笑いが混じる。
    「お前にしては信じられないような完璧な位置と角度で私の美しい髪を飾ることに成功していたのにな」
    「……え?」
     思いもしなかった言葉に、思わず風信は顔を上げた。慕情と目があう。その目は呆れたように小さく笑っていた。
    「私が気づいていなかったと思うか?」
     慕情はふんと鼻をならした。
    「私だって修行をしていた身だぞ。お前の雑な挙動隠しなどバレバレだ」
     慕情が目をぐるりと回す。
    「どうせ、結った髪をいじったか、ごみでも付けたのかと思って鏡を見たら——」
     だが慕情はそこで言葉を止めた。何かを思い出しているかのように手元の花を見つめながら、その花弁を指でなでる。しばらくして、ふっと息を吐いた。
    「いつも眉間に皺を寄せてしかつめらしく殿下の護衛として肩を怒らせてる奴が、あんな可愛らしい悪戯をするなんて」
     風信は思わず目を逸らした。頬が少し熱を持ったような気がした。
     風信にもわからなかったのだ。なぜ自分があんな真似をしたのか。
     しかし——いま風信の頭の中に浮かんでいるのは別の疑問だった。
     気づいていたのなら、なぜ——。
     だがその問いは口から出なかった。聞いてはいけないような気がした。聞いて適当な言葉で消し去られたくなかったのかもしれない。
     代わりに出たのは違う言葉だった。
    「あんなことを言うつもりじゃなかったんだ。なのに、振り向いたお前があまりに——」
     綺麗だったから。
     その小さな声は、果たして届いたのか、地面に落ちたのか、風に吹かれていったのかわからなかった。
     慕情は答えの代わりに、ぷつりと枝を手折った。風信は小さく息を吸い、口を開いた。
    「すまな──」
    「鈍いお前が知らなかっただろうことを、もう一つ教えてやる」
     風信の言葉を遮った慕情は、手の中の花をくるりと回しながら風信のほうを向いた。風信は思わず体を硬くする。
    「この花の黄色は──」
     花を持った慕情の手が、静かに風信の頭のほうへ伸びる。
     そっと、慕情の指から委ねられたものが風信の髪に触れる感触。
    「──お前のほうが、よく似合う」
     耳元で囁かれたその言葉に、風信は胸の奥に横たわっていた影が、春風に吹かれたように消えてゆくのを感じた。
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