「ふぅ……あっつい……」
申し訳程度に椅子が置かれた狭い休憩スペースにやってきた風信は、腰を下ろすと手の甲で額の汗を拭った。一つ息をつくと、片手に持っていたアイスクリームバーの袋を破る。
「あ、風信機長」
タイミング良く現れるその声にはもう風信は驚かない。「おう南風。休憩か?」
「はい」
風信の向かいの席に腰を下ろした南風も暑そうに手でゆるく扇いでいる。
「アイス、いいですね」
風信が袋から取り出したバニラアイスのバーを見て南風が笑う。風信も笑って返す。
「やらんぞ」「わかってますよ」
サイズも濃厚さも従来品よりアップという宣伝文句に偽りはないらしい。うっすらとクリーム色がかった乳白色のバーはしっかりと太さがある。
冷たさをじっくり味わおうと、風信はアイスの頂点の部分に舌先を当てる。だがもちろん舌をひっつかせるような真似はせず、ぺろりとその先端を舌で撫でる。とろりと表面が濡れる。
風信なら、アイスバーなど数口で食べきってしまえる。小さいものなら、一気に根元まで口に含んでしまえないでもない。
だが、この新発売のアイスは大きめだし、なによりゆっくり冷たさを味わうことを優先したかった風信は、そっと先端だけを一口、口に含んだ。
「…ハァ……」
口を満たす冷たさと甘さに思わず恍惚の吐息が漏れる。
外気が漏れてくる廊下とつながったこの場所はエアコンががっちり効いているとは言い難い。早くも齧ったところからゆっくりとアイスが流れ出しているのを見て、風信は首を傾け、舌先をちろりと出して下から上へ舐めとると、クルリと手に持ったバーを軽く回しながら、唇をすぼめて先端をもう一口――
「……んッ」
前歯から頭へ冷たさが走り、思わず風信の口から声が漏れる。
食べるのに集中していた風信は気づいていなかったが、向かいからその一部始終を南風が凝視していた。凝視するつもりはなかったが、思わず見つめてしまったのだ。体は冷えてきているのに、その頬は火照っている。
「あのぅ、機長……なんか食べ方が」
「ん?」風信が喉を上下させながら南風を見る。
「食べ方? べつに俺とお前の間なんだから、かしこまることもないだろ」ふっと風信が笑う。
開けた時は細かい氷の粒を纏っていた丸い表面は、すでにテラテラと濡れそぼったようになり始めている。すーっと風信の舌がその表面をすくい取るのを南風の目が追う。その舌先に溜まった乳白色が風信の唇の中に消えていくのを見て、南風のほうの喉がゴクリと鳴る。
「いえ、そうじゃなく……なんかそのぅ、言いにくいんですけど」
怪訝な顔をしながらも風信は口をすぼめて、バーをゆっくりと口に含む。
風信の濡れた唇から、それが少しずつ角度を変えながら、ゆっくりと出ては入るのを繰り返す様子を南風の目が見つめる。
「南風、なんか耳が赤いぞ」
もぞもぞと腰を動かしていた南風の肩が撥ねる。
「だって機長、あんまりにも……モ、モザイクがいりそうですよ!?」
「モザイク……?!」驚いた風信が首を突き出した拍子に、柔らかくなり始めていたアイスが顔に当たった。ドロリと顔をゆっくり伝うものを風信が指で拭い、ちゅっと舐り取る。
見てはいけないものを見たかのようにあらぬ方向へ目をそらした南風に、風信は聞いた。
「で、お前は俺のアイスの食べ方にケチをつけに来たのか?」
「いえ……!」南風は急いで首を振ると、思い出したようにテーブルに置いたビニール袋をガサガサと漁って、長細いパックを取り出した。
「なんだそれは?」
最後の一口を食べ、棒に残った分を舐めながら風信が尋ねる。
「チキンスティックです」
南風がフィルムを端から剥がしていくと中からにゅっとそれが現れた。
ソーセージのようだが、普通のソーセージよりは太さがあり、肌色よりは少し濃い色をしている。南風はフィルムを半分ほど剥がした。
「おっと……」
出したとたんに先端から流れ落ちた汁気を、南風がとっさに舌で受ける。周りの汁気を器用に螺旋状に舐めとると、丸い先端を口に含んだところで南風は視線を感じて目を上にやった。
アイスの棒をくわえたまま、口を半開きにして風信が見つめていた。
「……どうかひまひたか?」肉を口に含んだまま上目遣いで南風が言う。
「お……お前のほうこそ……」目を怒らせんばかりに凝視する風信に首を傾げると、南風はがぶっと先端を食いちぎった。
ひゅっと小さく喉をならした風信の太ももがぴくりと震える。その挙動を隠すかのように風信が急いで「う、うまいか?」と聞く。
「はい。ちょっと塩味がきいてて、汁気もあってイケますね」
南風は笑みを浮かべながらそう答えた。
「……そ、そうかそれはよかった」
そっと脚を組みながら風信は咳払いして、ぎこちない笑みを返した。
ちらちらと風信が見つめるなか、南風はすぐに食べ終わった。
「……なんかここ、暑くないか?」
「……ですね」
食べているところなんて見慣れているはずなのに、なぜこんなに気まずいのか。困惑する二人の頬は、来たときよりもピンク色に染まっていた。