スケブ 舞踏会は退屈だ。狭いホールで、人の顔色を見て動かなければいけないので飽き飽きだ。反対に、海は好きだ。自由で雄大で、空の色にあわせて顔色を変える様子は見ていて飽きることはない。いつかはこの国を出て冒険に出たいと思っているが、鳳長太郎の王位継承権一位という身分がそれを許さない。
自身のフィアンセを決めるための舞踏会を抜け出し、鳳は海辺を歩いていた。自領の夜の海はなだらかで大きな波一つない様子だ。伸びをしながらゆっくりと散歩を楽しんでいると、砂浜に何か大きな魚のようなものが打ちあがっている。大きさ的にタチウオか何かだろうかと思い、駆け寄ってみるとだんだんそれは人の形のようにも見えてくる。いや、人だ。足が魚のような人が倒れている。
「大丈夫ですか!?」
声をかけても返事はない。どくん、と心臓が鳴る。
人魚だ。人魚が、そこにいたのだ。
人間と身体の構造が同じかは分からないが、とりあえず脈を計ってみると、とくん、とくん、というものが鳳の親指に、とりあえず彼が生存していることを知らせた。上半身を抱き上げ「しっかり、しっかりしてください!」と肩を叩くと、「う……」とうめき声をあげる。
そのとき、遠くのほうから松明のあかりと「おい、いたか!?」という声がする。身なりからして、大方密猟者か何かだろう。人魚の彼がならずものに見つかったらどうなるか、想像に難くない。鳳は彼を抱き上げると、城へと駆けていった。
誰にも見つからないように城に自室へたどりつき、彼の姿を改めてみると、先ほどの密猟者にやられたのか、身体中にひっかき傷のようなものがあった。この傷では彼を海に戻したところで傷が海水に滲みて痛いだろう。自身のベッドに彼を横たわらせると、鳳は傷の手当てをした。まず消毒液をコットンに浸して、それを傷口に……。
「ッ、い、いってえ……!」
彼は大きな声を上げて身をよじった。顔をきゅっとしかめると、目をゆっくりとひらき、若干紫がかった瞳に鳳が映る。
「あ、怪しい者ではありません!」
人間によって傷つけられた彼は、自分を見て警戒するだろう。そう思って、まずは敵意がないことを伝えた。
「傷が……あります……手当をさせてください」
そう伝えると、消毒液のついたコットンを再び傷に近づけると、彼は「やめろ、このくらいの傷舐めときゃ治る」と言った。
「こんなひどい傷、放置したら大変なことになっちゃいますよ」
「いや、本当に舐めときゃ治るんだよ」
彼は「見てろ」と言って起き上がる。ゆっくりと腕にある傷を舌先で触り、ちゅっと音を立てて唇でそっと包みはじめた。その様子はいけないものを見ている気がして、なんだかとてもドキドキした。しばらく黙ってその様子を見ていると、彼は傷口から口を離し、得意げに「ほらな」と言って跡形もなく消えた傷を見せる。
「す、すごい……」
「俺の舌は傷を治す。お前があの密猟者から守ってくれたんだろ? ありがとよ」
そう言って彼は鳳に手を伸ばすが、その手が鳳の頭に届く前に「痛てて」と背中を抑えて苦痛に顔をゆがめる。背中を覗いてみると、大きな傷があるようだった。
「……俺は歩けない。悪いが海に帰してくれねえか」
「いいえ、背中に大きな傷があります。背中を舌で治すことは不可能です。このままお帰しするわけにはいきません」
「でも……」
「治るまでの間、ここで手当てをさせてください」
そう聞くと、顎に手を当てて何かを考えている様子を見せる。しん、と部屋に沈黙が訪れたとき、鳳が「だめ、ですか?」と応急手当セットを見せて言うと、「わかった、傷が治るまでの間世話になる」と若干諦めたような様子で言った。
「ただし、礼になるようなこと、俺は何もできねえぞ」
「それではあなたが今まで見てきたものの話を聞かせてください」
「わかった、俺は宍戸亮。お前は?」
「鳳長太郎です」
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このあと、長太郎が大きな傷を負って帰ってきたときに宍戸さんが舐めてなおしてあげたりとかして、絆が深まって晴れて長太郎のフィアンセは人魚の宍戸さんになる。