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    jbhw_p

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    2024.6.25に開催された北渉オンリーで無配として用意したグラデュエーションネタの北渉です。最近フルボイスでストを読み直して、屋上でのシーンに想いを馳せながら書いたことを思いだしました。

    #北渉
    northAfrica

    春の日に 屋上を吹き抜けていく風は季節の移ろいを感じさせる。柔らかく、それでいて激しく。まるで嵐のようだと北斗は思う。鳥籠を手に柵の近くへ歩み寄ると、眼下にはすっかりと蕾を開いた桜の木がワサワサと喜びを寿ぐうように風で揺れていた。時々、北斗のいる屋上まで桃色の花弁が運ばれてくる。おだやかで、それでいてどこかさみしい季節だ、と北斗はこの季節が巡る度に感じた。いや、そう感じるようになったのはここ一年の話だったかもしれない。送り出す側から送り出される側になった今、思うことは一つだ。
     自分はこの学び舎で、いったい何を得て、何を残すことができたのだろう。卒業が近づくにつれ、考えるのはそんなことばかりだ。卒業した後も人生は続いていく、今までもこれからもアイドルと役者の二足の草鞋で活動していくことに変わりはない。ESが設立されてから(苦労はあるものの)仕事の幅も広がり、Trickstarとしても勢いづいているところではある。
     何か大きな変化があるかと言われるとそんなことはなく……ただ、三年間、そこはかとない義務感を抱きながら通った道や教室、ユニットとしてのはじまりの地ともいえる講堂を眺めていると、なんとなくセンチメンタルな気持ちになってくる。
    しかし、そんな憂いを吹き飛ばすように――まさに嵐のように目の前に現れ、そして去っていった彼の存在を思い出す。いつだって自分と対等であろうとしてくれた、魂の双子。
    「“ありがとう”なんて、本来なら俺から言うべきだったのにな」
     柵に腕を乗せながらぼんやりと独り言をつぶやく。足元に置いていた鳥籠からカシャン、と音が聞こえる。数羽の鳩が中で羽根を広げて動き回っている音だった。一瞬でも、久しぶりに広い世界へ飛び出していたせいだろう。興奮で落ち着きがない様子だった。
    「……んん?」
     そこで北斗は違和感に気づく。確かにスバルが先ほど逃
    げ出した鳥を残らず捕まえてくれたはずだ。指をさしながら数を数える。いち、にぃ……。
    「やはり一羽、足りない」
     不覚だった。北斗の頭から血の気が引いていく。辺りを見渡しても鳥の影が無く、ただ春の風が冷たく北斗の背中を撫でるだけだった。飼育している鳥たちの脚にはそれぞれ色のついたタグを着用させていた。それにより個体を識別しているのだが、いなくなったのは北斗が特に世話を焼かされていた一羽だ。
     他の鳥とはどこか一風違っていて、言うことを聞かないのが常だった。だから北斗も特に扱いには気を付けていたし、籠の外へ出してやる際には注意深く動向をチェックしながら、少しでも妙な動きをした時点で制すことができる位置で見守るように気を付けていた。今回ばかりはタイミングが悪かった、など言い訳にはならない。
    「とにかく校内を見て回るしかないな」
     過去の自分自身を諫めながら、とりあえず北斗は籠を手に屋上を後にした。逃げた一羽が遠くに行っていないことを祈りながら校内各所を探し回る。道行く同級生や親しい後輩に情報を貰いながら最終的にたどり着いたのは中庭だった。
     屋上から見下ろしていた桜並木の中心にやってくると、四方から桜吹雪が舞い上がる。それに視界を遮られてしまい、目を凝らさないと遠くの景色が良く見えなかった。このまま風に攫われて自分の身体まで青空のなかに浮かんでしまいそうだと錯覚するほどの強風を受けながら、頭上を見上げる。北斗が視線を向けた先には、思いがけない光景があった。
    「ひ、日々樹先輩……?何故、」
    「おやまぁ、北斗くん!随分と遅かったですねぇ。待ちくたびれてしまいましたよ」
     なんとそこには昨年この学校を卒業したはずの日々樹渉の姿があるではないか。ここ最近の疲労とストレスでついに幻覚まで見るようになってしまったのか。北斗は制服の袖で自分の目元をごしごしと拭った。固く目を瞑ってからもう一度開けてみるが、満開の桜が咲き誇る木の幹に座る渉の姿は変わらずそこに在った。北斗の驚愕っぷりに渉は肩を竦めて苦笑いをする。
    「そんなに驚くことですか?以前にも在校生として、こうして母校へ出入りしたことがあったはずですが」
    「いやまぁ、それはそうなんだが……姿を見るにしても地上に立っている姿かと思っていた」
    「フフフ。これだけ綺麗に咲いている桜があったら、もっと近くで見てみたいと思うのが定石でしょう!」
    「だからといって本当に木の上に登る奴があるか……と思ったがあんたに関してはいまさらだったな」
     これが北斗や他の生徒であれば一体なにがあってそんな奇行に走ったのかと宥められようものだが、日々樹渉が行うことなら「ああ、またか」とスルーされてしまう。それだけ渉の存在が学院の中では特別であったことは、北斗をはじめ全校生徒による周知の事実だった。北斗の後ろの方から在校生の「あ、日々樹渉だ」なんて声も聞こえてくる。ただそれだけで、人が当たり前のように木の上に座っているという異様な光景に関しては何も指摘がなかった。
     この学院にいると一般的な感覚が狂ってしまいがちだ。北斗は改めて母校の特異さを自覚しながら、再び頭上を見上げた。
     すると、北斗が現在進行形で探している鳩が、白い羽を軽くはためかせながら渉の肩を止まり木代わりにしているではないか。呆気に取られて声もなく驚いていると、それに気づいたらしい渉が「ああ、この子、」と右肩を少し持ち上げる。指先で小さな頭を撫でると、元の主だと理解しているであろう鳩は渉の掌に擦り寄るようにして軽く身体を傾けた。
    「先ほどこちらに飛んでいくのが見えましてね。実はここの先客はこの子だったんですよ。お邪魔しても良いかと聞いたら、こうして肩に乗ってきてくれましてね」
    「そう、だったのか……よかった」
     北斗はほっと胸を撫でおろす。思いがけない展開ではあるが、今日この場に渉がいてくれて助かった。
    「その様子だと、この子には大分手こずらされているようですねぇ」
    「ああ……どうにもあんたのように上手くコミュニケーションが取れなくてな。他の奴はなんとなく行動の特徴だったり好き嫌いを把握できているんだが、そいつに関してはいつも突拍子のないことばかりで、手を焼かされている」
    「そんなことだろうと思いました。この子は特に癖が強いですからねぇ……しかし、そこもまた愛らしいものです」
     渉は言いながら表情を柔らかく目を細めた。気まぐれに吹く春風に透き通る銀色の髪がゆるやかなウェーブを描く。桜の薄紅色によく映えるな、なんて考えていた北斗の前に、いつの間にか渉が降り立っていた。
    「うわっ、いつの間に!」
    「なにをぼんやりとしているのです?北斗くんも卒業間近でセンチメンタルになっているんですかねぇ」
    「……それは、」
     いま北斗や学院が抱えている問題を思い出せば言葉に詰まってしまう。いや、実を言えばその点においてはもうほとんど解決したといっていい。それは北斗一人ではなし得なかった形で解決に向かっていた。しかもそれは、学院を去る北斗ではなく、これからこの学び舎を支えていく立場にある者が発案したものだと思えば、夢ノ咲学院の未来は明るいだろうという安心感もあった。
     であれば、自分の中に渦巻くこの靄の正体は一体何なのか。北斗はせめてその答えを見つけてから屋上から立ち去るつもりだったのだが、一羽が脱走を試みたことで蔑ろになってしまっていた。
     北斗が普段の様子と違うことを確信した渉は、やれやれと小さく息を吐きながら肩に止まらせていた曲者をそっと鳥籠の中へ戻してやった。
    「いま学院やあなた方が抱えている問題については大枠を把握しています。けれど、そこは上手く折り合いがついたようですし……それでも浮かない顔をしているのは、どうしてでしょう」
    「自分でもよくわからない。変わらないものなどないということを理解してる。だから今回の件も姫宮が代替案を出すことで、今よりも更にここが良い学び舎になると確信した。それについて不満もない。なのに、」
     この締め付けられるような胸の痛みは、いったいどこから来るものなのか。しかし、初めて感じるものではない。どこか懐かしい痛みだった。
     そうだ、あれは幼い頃……仕事で忙しい両親が家を空け、あの広い家で一人で過ごすことが多かった時期。北斗が過去の自分と現状を重ねながら思考を巡らせていると、渉がすぐそばで笑う気配がした。何がおかしいのかと顔を上げると、そっと頬にに渉の掌が滑る。そのまま親指の腹で目元を撫でられた。突然のできごとに様々な記憶を思い起こしていた北斗の思考は停止し、ぴたりと動きを止めてしまう。
    「目元が赤い。……泣いていたんですか?」
     指摘されて初めて気が付いた。なんとなく瞼が重たい気がしたのもそれが原因か、と他人事のように考えながら北斗はぼんやりと渉を見つめ返した。
    「本当に、自分の気持ちに疎いところは出会った頃と変わりませんね」
    「む……そんなことはない。俺はいつでも自分の気持ちに正直に……」
    「おや、泣いていたことは否定しないんですね」
    「…………」
     揚げ足を取るようなことを言われ北斗は分かり易くムッとしてしまった。くすくすと笑う渉にとっては予想通りの反応だったようだ。それが分かったから北斗は更に臍を曲げてしまう。
    「揶揄いたいだけならもう帰ってくれないか。俺は忙しいんだ」
    「んもう、相変わらず短気ですねえ。けれど、そんなあなたでも卒業を前に“寂しい”と感じていらっしゃるとわかったら、なんだか愛おしくなってしまいましたよ」
     渉の言葉に北斗は元来た道を戻ろうとする足を止めた。再びずきりと胸が痛む。自分では気づくことができなかった感情が、渉によって名付けられた。懐かしいと感じていたその痛みは、こんなにも単純で稚拙なものだったのか。
    「北斗くん?おーい、大丈夫ですか?」
     目の前でひらひらと手を振る渉に意識を引き戻される。北斗は「ああ」とだけ短い返事をした。渉と話す前よりも青空や桜の薄紅色が鮮やかに見える。喉につっかえていた言葉も、今なら素直に言える気がした。
    「日々樹先輩、ありがとう」
    「……ええ?なんですか、急に」
    「いや、鳩を捕まえてくれたお礼をまだ言ってなかったなと思って」
     鳥籠を持ち上げ、改めて渉と向き合う。一年前の渉も同じような気持ちだったのだろうか。新しい生活を前に浮足立つ気持ちと、毎日通った学び舎を離れる寂しさ。時間の流れに心が追い付かない、この時期に感じる特有の切迫感。卒業してからもアイドル活動は続けるのだし、これまでの生活と大きく変わることはないだろうと思っていた。
     それでも、北斗やその仲間たちがこの夢ノ咲学院で過ごした三年間に特別は思い入れがあることは事実だ。だからこそ今までと違う運営がされる事実に怒り、反論した。それは少なくとも大切な思春期の三年間を費やしてきた場所を踏み荒らされたくないと思ったからだ。
    「俺は思った以上に、この学院を愛していたのかもしれない」
     見慣れたはずの校舎も、いまは何だか特別なものに思える。この景色も、当たり前のように毎日通っていた教室も部室も、もう自分たちの者ではなくなると思えば名残惜しかった。
    「愛しているのは学院そのものよりも、そこで過ごした思い出でしょう。私もそうでした」
     横に並んで立つ渉が静かに笑う。輝かしい青春時代に思いを馳せて目を細めた。
    「かけがえのない友人たちと出会い、共に舞台に立ってくれる仲間と出会い、毎日がキラキラと輝いていた。ここで過ごした三年間はいつまでも色褪せることがないのだと……私はそう確信しています。そこにはもちろん、あなたや友也くん、可愛い後輩たちの存在もある」
    「日々樹先輩……」
    「特にあなたは曲者でしたがね。ですが、手がかかる子ほど愛おしいものです」
     同意を示す代わりに目が合った渉に向けて微笑み返してやると、渉はススス……と北斗の傍らに近づき、腕を絡ませる。誰の目があるかわからない場所で必要以上のスキンシップを取るのは珍しかった。渉も一応、自分の身の上を理解して、いつもは控えている。北斗が焦りながら渉を見ると、渉は一言「大丈夫ですよ」と言う。
    「あなたが私を『卒業おめでとう』と胸を張って送り出してくれたように、夢ノ咲学院のこれからは私たちの愛おしい後輩たちが牽引してくれることでしょう。だから、いまはただ、思い出に浸れる時間を大切になさい。卒業したらそんな時間は少しも与えてもらえませんから」
    「……そうだな」
     一年前の渉も今の北斗と同じ気持ちだったのかとは聞けなかった。北斗が頷くと、渉が密着していた身体を離す。再び強く吹き付ける春風を全身に浴びても、しっかりと前を見据えたままでいられた。胸にかかっていた靄はいつの間にか晴れていた。

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     自分はこの学び舎で、いったい何を得て、何を残すことができたのだろう。卒業が近づくにつれ、考えるのはそんなことばかりだ。卒業した後も人生は続いていく、今までもこれからもアイドルと役者の二足の草鞋で活動していくことに変わりはない。ESが設立されてから(苦労はあるものの)仕事の幅も広がり、Trickstarとしても勢いづいているところではある。
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