まるで呪文が並んでいるかの様なメニューを上から下まで一通り往復し、目の前に座っている橋内の顔をチラリと見た。
橋内の顔はまだじっとメニューに向けられている。
見上げれば吹き抜けの天井に普段は見ることのない豪華なシャンデリアがキラキラと輝き、通された席の大きな窓の外にはホテルに併設されたチャペルが見える。
どこを見渡しても図体のデカい、しかも男2人組は自分達しかおらず慣れない非日常の空間がなんとも落ち着かない。
「せっかくだから楽しもうじゃないか。」
メニュー越しにニコリと微笑む橋内の顔が更に居心地を悪くさせた。
「滅多に予約が取れなくて有名なホテルのアフタヌーンティーに行けなくなった。」
と横で落ち込む同僚の愚痴を聞き流しながら、カタカタとパソコンのキーボードを叩く。
終わりのない会話の抜け道を探すように適当に相槌を打つが、その場に居合わせた相手が悪かった。
人が良い同期は話を聞いているうちに気の毒だと思ったのか、「写真だけでも撮ってきて欲しい。」と考えただけでも面倒くさい頼みをすんなりと引き受けてしまったのだ。
(なんで俺まで…。)
慣れない空間に自然と喉が渇く。
(とりあえず何か飲みたい…。)
と選ぶだけでも目が疲れそうな数のドリンクメニューから誰でも知っている定番の紅茶を注文する。「こんなに種類があるのに勿体ない。」
よりによって何故それを?とでも言いたげに橋内は眉を下げ、不服そうだった。
頼んだドリンクと共に綺麗に盛られたケーキやサンドイッチのスタンドがテーブルを埋め尽くす。
(どうやって食べろって言うんだよ…。)
持っていたメニューをポンとテーブルへ置いた。「下の段から食べるのが一般的らしい。」
まるで自分の心が読まれているかのように、ピシャリと良いタイミングで携帯を片手に橋内が呟いた。
食べ始める前からお手上げ状態の自分とは対照的に橋内はこの空間を十分に楽しんでいる様だった。「ご丁寧にどうも。」
その後もカップが空きそうになる前に次々と出てくるドリンクや食べ慣れない甘いケーキと焼き菓子で思った以上に腹が膨れる。
普段は好んで甘い物を食べる訳ではないが、旬のフルーツで彩られたプレートは予約が取れないのも納得できる程、素直にどれもおいしかった。
(もうしばらくは甘いものは食べなくてもいいかもな。)
少し席を外した隙に同じメニューしか頼まない自分を見かねて勝手にドリンクが注文されていた。
運ばれてきた透明のグラスに鮮やかな青色が氷と一緒にキラキラ光る。
添えられたレモンをそっと落とすとホテルのロビーに生けられた紫陽花の様な紫がパッとグラスを染めていく。
今日の役目は既に果たした携帯のカメラをもう一度向ける。
(綺麗だな。)
ふかふかした椅子の背もたれに寄りかかりながら、重たく沈んでいく体を預けグラスをじっと眺めた。
○●補足という名のどうでもいい設定●○
どうして会社の同僚が和氏と八木さん一緒に行かせたかったというと八木さんが写真撮るセンスがめちゃくちゃいいから。(会社の飲み会とかでどうしても写真撮らなきゃ行けない時自分は写りたくないから撮る係を率先してやる。)和さんは普段から優しくてしごできだけど写真はどアップとかで撮りそうだな…と勝手な私の妄想です。私生活は抜けてそうで可愛い。乗り気じゃなくてもちゃんと写真はしっかり撮ってきてくれる八木さんに、後日同じホテルの焼き菓子セットが届きましたとさ。バタフライピーを飲んだ八木さんの感想→豆っぽい。