都内の居酒屋。その個室の掘り炬燵の席で、圭は秋斗と二人、ゆるりとくつろいでいた。
秋斗と飲むのはよくあるが、こんなにだらりとした空気になるのは珍しい。緊張感があるわけではないが、酒が入ったからといってくだを巻くことは秋斗も圭もない。ほどよく酒を飲みながら、楽しむ会話。しかも秋斗はザルなのか、いくら酔っても顔を赤らめることもない。
しかし今日はどうだ。テーブルに置かれた日本酒の入った徳利は本日二本目だが、一本目も含めて圭と分けて飲んでいる。秋斗と同じ大学野球部に所属していた圭は、秋斗がかなりやんちゃな飲み方ができるのも知っている。それに比べたら、本日の飲酒量は大変ささやかだ。だというのに、秋斗の顔にはすでに朱が差している。
「随分嬉しそうですね」
「分かる?」
「酔わない人が酔ってたら、そりゃ」
あと秋斗には言わないが、しまらない顔をしている。なんとも珍しい。圭じゃなくても気付く。
「もろたんやで」
言うと秋斗は首元のチェーンをワイシャツから引っ張り出し、ペンダントトップならぬシルバーに輝くリングを取り出した。銀色のチェーンと揃いのリングは、天井から落ちる橙色の温かな明かりを映している。
リングを見る秋斗の目は、ひどく優し気だ。事情を知っている圭は、その指輪を通して秋斗が誰を見ているのか容易に想像がついた。
秋斗の事情──実の弟である夏彦と恋人関係であること。兄弟の親でさえ知らぬ事実を圭が知っているのは、秋斗からの信頼だと思うことにしておく。しかし。
「もらってなかったんですか、指輪」
「意外?」
「あー、指輪っていうか、首輪渡しそうなタイプ」
「さっすが智将。冴えてるなァ」
「……マジっすか」
「冗談に決まっとるやんか」
「ですよね~」
夏彦の凶暴さも秋斗への愛情の深さも、圭はよく知っている。なんなら実地体験済みだ。
数年前の話にはなるが、夏彦に出合い頭に罵倒されたのだ。血の繋がりもないのに、秋斗の特別に納まっている圭。それが夏彦の気に障ったらしく、会った途端、罵詈雑言を浴びせられたのだ。
今後は会うたびに夏彦からの罵りを覚悟すべきか。げんなりとした圭だったが、夏彦からの暴言はその一回きりだった。秋斗が夏彦の態度を見咎めからだ。当初は反省の色を見せなかった夏彦だが、それに業を煮やした秋斗が相当期間夏彦と口を利かなかったこともあり、最終的には圭に謝罪までしてきた。
そんなふうに秋斗を振り回し、振り回されている夏彦なら首輪を贈っていても不思議じゃない。そんな想像にかられたゆえの冗談だったのだが。
「ちゃんと断ったで」
口元にグラスを運んでいた手を止める。秋斗はけらけらと笑っている。
「笑いながら言う桐島さんも大概じゃないっスか」
「ああ。そっちやないわ」
「どっちすか」
「その時もだいぶ腹立ったから、言うたんよ」
「何を」
「生え際、気にしとるんやろ?って」
「……それはまた、随分酷なことを」
「人を犬猫扱いするから、ムカついてな。さすがに可哀想かと思って『ハゲでも丸坊主になっても愛してやるから安心しぃ』言うたら、平謝りされたわ。……なんやねん、その目は」
秋斗のあまりな扱いに、同じ男として同情してしまう。いくら近寄るな危険を地で行く夏彦といえども。
血縁関係がある分、秋斗は秋斗で夏彦に容赦ない。そうか。だからか。
「桐島さんの弟も、可愛いトコあるんスね」
指に嵌めることのないリング。それを恋人に──兄に贈ることを躊躇い続けた一人の男。その姿を、秋斗は隣で見ていたはずだ。
「知っとるよ」
恋人であり兄である男はふわりと笑い、銀のリングに甘やかに口付けた。