日が落ち、薄暗くなり始めた礼拝堂。そろそろ蝋燭に火を入れようかと思ったところで、奥の扉がぎぃとなった。そちらに目を向ければ、秋斗の愛しい人──圭が微笑みを浮かべながら仁王立ちしていた。
「おい、そこの変態神父」
圭の浮かべる笑みは非の打ち所がないほど美しいが、いかんせん滲み出る空気と口調が彼の今の機嫌を如実に表していた。圭の怒りのほどを感じつつも、むしろその不機嫌さも含めて楽しいと言ったら、さすがに口をきいてもらえなくなるだろうか。いや、秋斗のこの思考も見抜いた上での圭の蔑みの言葉なのだろう。
「おはよ、要クン」
「俺の服はどこにやったんだ」
秋斗の喜色混じりの態度にも圭は慣れたもので、目覚めの挨拶はさっくりと無視して簡潔に用件を告げる。
「着てるやん」
「“俺の”って言ってるだろ」
「今着とる服、要クンに用意したんやから、要クンのやと思うけど」
ひくりと、要の頬が引き攣る。
「……ッ、俺は、裸で出歩く趣味はないんだよ……」
言葉にするのも嫌らしい。なんとか絞り出したという声に、さすがにいじめすぎたかと少し反省する。
圭が今着ているのは修道女の服。丈こそ足首まであり、黒色ということもあり透けては見えないが、その下は下着すら身に着けていないはずだ。明け方に圭と楽しんだ後、二人で裸で抱き合ったままベッドで寝入った。圭より先に起きた秋斗は圭の下着も含めた衣服を回収し、シスターの服だけを寝室に置いておいた。──圭が怒るのを見越して。
頬でも染めてくれてくれるかと思っていたが、身体のラインが見えないせいか、恥ずかしがっている素振りがあまりないのが残念だ。もしまた女物の衣装を着てもらうのであれば、今度は圭が恥じらってくれそうなデザインの服にしようと心に誓う。
「まあまあ。次の仕事で宝谷に行くねん。あそこ、今は女神様のお膝元やろ。俺達の正体バレない方がええかなーって」
「宝谷、ですか。……だったらこんな雑な変装なんかじゃなくて、染め粉でも使った方がいいでしょう。それに、桐島さんの方が俺よりよっぽど目立つと思いますよ」
「遊び心が足らんなァ」
それなりに長い年月を一緒に過ごしているが、こういう時に正論だけぶつけてくるあたりは、面白みが足りないと思ってしまう。根が真面目なのだろう。
「『あおい目の吸血鬼』」
びくりと、露骨に圭の肩が揺れる。この話は想定外だったらしい。場所が“宝谷”だったからだろうか。
「宝谷に出たって、情報回ってきとるねん」
「……」
口を閉ざす圭。普段はよく回る口も“彼”のこととなると、途端に重くなるらしい。──青い目の吸血鬼。圭の幼馴染であり、圭の命を救った人であり、圭を人間から吸血鬼にした男。
圭は、その男が圭の元を去ったときからずっと探している。けど、成果は芳しくない。
「人違いやとは思うけど、万が一もあるやん?……身の振り方は決めといた方がええと思うで」
圭は何かを反論しようして口を開きかけ、結局口を噤んだ。こういうところが圭の可愛いと思うところであり、自分を見ているようで苦い気持ちにもなるところだ。
けど秋斗は、圭よりも長く生きてる分大人で、圭よりも多少小狡かった。
だから、労わるように圭の髪に柔らかく口付けることも。
「ま、どうなっても俺は要クンの味方やから」
嘘になってしまうかもしれない言葉も、堂々と言えてしまうのだ。