部屋は部屋らしく使いましょう 1K8畳少しにクローゼット、風呂とトイレは別。自分にとって、寝に戻るためだけの部屋にしては大層豪勢である。ベッドに屋根、おまけに机と椅子まである。髪色が気になる時くらいしかこのこの部屋の浴室は使用していない。大抵は仕事終わりに汚れた服を捨てるついでに、適当に済ませている。
そんな豪邸を与えられて3か月が経っていた。コミジュルに保護されたにもかかわらず、感情に任せて散々迷惑をかけた。本来なら殺されてもおかしくは無かったのだが、どういったわけかここに迎えられ、こうして生きている。まだ実感は湧かないし、満足に結果も出せてはいない。今日も仕事を終えて、自室へと向かっていた。
その目的地に人だかりができている。広くない居住区で見知った顔ばかりなので目が合った者に尋ねると、総帥が私の部屋をリフォームし始めたのだという。
なんでも以前、仕事の相談で私の部屋に訪れた際に何か思うところがあったらしい。そのお考えを計る術はあいにく持ち合わせていないが、とにかくリフォームをしているらしい。リフォームとは作り替えるという意味なので、正しくは模様替えもしくは家具の配置だろう。
人だかりに断りを入れて、自室を覗く。プロテインとBCAAあとはミネラルウォーターしかない簡易キッチンの奥が部屋だ。部屋の奥に目を凝らすと、総帥が明るい髪を振り乱しながら何やら指示を飛ばしている。彼女の足元には見たことのない明るい色の敷物が敷かれていた。事情はよく分からないが、私の部屋に家具を配備しているらしい。
状況がよく分からず訝しみつつもブーツを脱いで、自室に上がった。自室までの通路はいつもの板張りではなく絵柄の入ったウレタン製のマットが敷かれている。これは出火の際に延焼しないのだろうか。料理をしなくとも、タバコは吸うので少々気になる。タバコの不始末だけは絶対に無いとは言いきれないだけに、足元の素材が難燃性であって欲しいと願った。
足音を殺しながら寝所を覗くと、明らかに物が増えていた。
増えているのは、敷物とスチールラックにソファだ。この光景を目にした私は、瞑目して腕を組むしか無かった。はっきり言って無用の長物である。総帥は私の方をちらりと見てにやりと笑うと、部屋の模様替えの指示を続けた。やっぱりその位置ではダメだ、とかもう少し左にずらせと心做しか楽しそうに見える。
ふとベッドの方を見ると、マットの厚みが増したように見えた。布団一式が違う色になっている。
「うむ。これで完璧だ」
総帥はたいへん満足そうに頷いている。半面、付き合わされていた彼女の部下たちは私の視線に気まずそうだった。
スチールラックは汎用性があるから良いとして、敷物とソファは必要だろうか。一般的にラグと呼ばれるサイズだが、洗濯は面倒だし掃除しにくい。そしてソファ。それも2人がけのソファだ。ベッドよりひと回り小さいそれは単純に部屋のスペースを圧迫している。この部屋に誰かを招く予定は無いし、くつろぐならベッドで十分だ。だいたいソファはダニとハウスダストの温床となりやすく、やはり掃除が面倒である。
「どうだ?ハンジュンギ。これで貴様の殺風景な部屋も、部屋らしくなっただろう!」
ソンヒは得意気だ。部屋らしくとは何だったか。前の組織にいた頃の頭目もインテリアにこだわる人ではあった。しかしそれは、ハン・ジュンギとしての品性とセンス以前にシノギが結果と利益を産んでいたから出来ていたのである。コミジュル新参の私は、まだそこまでの結果も利益も出してはいない。よって、寝る以外の家具は今の私には過剰であった。
「はぁ、最初から部屋なのですが」
当たり障りのない揚げ足を取ると総帥は鼻を鳴らした。
「だがお前の部屋は生活感が無かった。好きに使えと言ったが、もっと人間らしい生活をしろ」
人間らしい生活とは、おおよそ哲学的だ。私が悪いとはいえ、独房か病室のどちらかで1年近く生活しているせいで物が無いことが当たり前になってしまっていた。元々私物と言えるものはタバコとライター、あとは仕事道具くらいだ。それらも、どうしても無いと生きていけないかと言われると微妙だ。ちょっと拝借すれば手に入る。あえて言うならば部屋や家具よりも、普段使っている紫シャンプーとスキンケア一式が無くなる方が困るかもしれない。
「ん?どうした?感動して声も出ないか?」
何をどう話そうかと考えていた姿が、ソンヒにはそのように見えたらしい。このまま、総帥に花を持たせるのが正解なのは分かっている。分かっているが、どうしても我慢ができなかった。
「ソンヒ、申し訳ありません。ソファは邪魔なので撤去していただけますか?」
彼女の部下が妙な動きをしている。頭を抱えて身悶えていた。一体何をしているのか不思議で首を傾げると、一瞬にして強烈な怒気が満ちた。
突然のことに驚きその発生源を見ると、そこにはどす黒いオーラを放つ紫の鬼が仁王立ちしていた。
「貴様ーーーーーーー!!!!!」