君と一緒なら「うーん……これは思いのほか降っているねえ」
とある日の神山高校昇降口。
授業終わりにばったり出くわした一つ上の幼なじみとショーに関する雑談をしながらここまで降りてくれば、外はものの見事に土砂降りであった。朝の予報では雨が降るなんて言ってなかったのに……。
「どうしよう……。私傘忘れてきちゃった……」
「おや、それなら僕の傘を使うかい?」
「え?それって類は大丈夫なの?」
「心配ご無用だよ。ほらこの通り」
そう言いながら類はカバンの中をごそごそと漁り、お目当てのものを見つけ、私の前に差し出してくる。
一本の折りたたみ傘。
神山高校の「変人ツー」との呼び名もある生粋のショーバカなこの幼なじみのカバンの中には、ショー関連の演出案や、何に使うのかよく分からない機械類や工具などで常にごちゃごちゃとしていた覚えがあるが。ドラ〇もんもビックリの四次元ポケットぶりである。
「ありがとう……。でも類はどうするの?」
私に傘を差し出してしまえば、今度は類の分の傘がなくなってしまう。生粋のショーバカなあまり、自分のことにはあまり意識が向かないらしい幼なじみを慮っての発言である。
「それも心配ご無用。ほら」
そう言って、類は手品のようにカバンの中から二本目の折りたたみ傘を取り出した。
「類、折りたたみ傘、二本も持ってきてるの?」
「そうだよ。なんなら、ほらそこ」
「そこ」と言って類が指さした先は昇降口の傘置き場。予報ですら晴れマークだったため、あまり傘の数は多くない。
「あそこにある水玉模様の傘。あれ、僕のなんだ」
「え!?じゃあ類、折りたたみ傘二本持ってて、その上、置き傘までしてるってこと?」
「そういうことだね」
「用意周到すぎない……?そんなに使うことあるの?」
「ショーの演出案は絶対に濡らしたくないし、ドローンとかの機械類も大半は水に弱いからね。気をつけるに越したことはないよ」
そういうものだろうか。でも生粋のショーバカな類のことだ。傘をたくさん持っている理由が自分のためではなくて、ショーのためというのも類らしくて、私の疑問は流れていってしまった。
「そういうことなら一本借りるね」
「ああ。返すのは明日にでも……」
「おお……!これは思いのほか土砂降りだな……」
類の言葉を遮るようにして、後ろから聞きなれた大声が聞こえてきた。
「あ、司」
「む?おお!類と寧々ではないか!」
横にいる幼なじみの顔をなんとなく見上げると……。あーあ、あからさまに嬉しそうな顔しちゃって……。
生粋のショーバカで自分のことにはあまり意識を向けないと思っていた幼なじみはどうやら恋をしたらしく。その相手も生粋のショーバカときたものだから、まあ、お似合いでいいんじゃない?
「寧々は傘を持っているのか!しまったな……オレも持ってくれば良かった……」
「え?司、傘持ってないの?」
「ああ……。昨日の夜、素晴らしいショーの案を思いついてしまってな……。書き留めていたら夜遅くになってしまい、そのせいで今日は寝坊したのだ……」
「くっ……!不覚!スターにあるまじき失態!」とか言いながら頭を抱えている司を見て、私は妙案を思いついた。ショー以外のことに目を向けてこなかった幼なじみが恋をしたのだ。手先は器用なくせに、恋愛に関しては不器用らしい幼なじみのために、私がサポートしてあげてもいいかな。そう思い、司の方に向き直る。
「司、傘忘れちゃったなら類が……」
「司くん!実は僕も傘を忘れてしまってね……」
「……え?」
私の声を遮った類の言葉に、思わず類の顔を見上げてしまう。「よよよ……」とでも言い出しそうな見事な八の字眉の類を、慌てて振り向かせて、耳を貸すように仕草をする。
「ちょっと、類!何言ってるの!?傘、持ってるんでしょ?」
「いやあ、司くんが忘れてしまったみたいだし」
「そうじゃなくて!相合傘!すれば良かったんじゃない?」
「あいあいがさ……」
まるで初めてその単語を聞いたかのようにオウム返しする類を見て、私はため息をついてしまう。
「しまったな……。司くんを引き止めることばかり考えていて、相合傘の存在を失念していたよ……」
普段は本当に色々なことにまで頭がまわるくせに、恋愛に関してはその天才的な頭脳は発揮されないらしい。恋をすると人はバカになると聞いたことがあるけれど、どうやらこの幼なじみも例外ではないようだ。
「やっぱり私に貸してくれた傘返すよ。司はまだ私の傘だと思ってるみたいだし」
「いや、それには及ばないよ。寧々はそれを使って帰ってくれ」
「本当にいいの?」
「雨が降る日は別に今日以外だってあるだろうし、今日のところはセカイにでも……」
「二人してさっきから何を話しているんだ?」
私と類の秘密の相談に割って入るようにして司が話しかけてきた。類は私に合わせて屈んでいた体を起こして、司の方へ向き直る。
「司くん、今日のところは……」
「それよりも!だ!類、お前、傘忘れたんだよな?」
「え?ああ、まあ……」
「そうか……ならば仕方ない!」
「え?仕方ないってなにが……」
「寧々、お前はその傘を使って帰ってくれ!風邪を引かないように気をつけるんだぞ!」
「え?ああ、うん……」
「よし!類!走るぞ!!」
「え?司くん!?」
そう言って、司が突然自分のブレザーを脱ぎ、類の頭の上に被せる。類の身長もあり、ブレザーの中に二人で入るのは窮屈そうだ。戸惑っている類をよそに、「走るぞ!」の掛け声と共に突然走り出した司に、慌てて類も走り出す。土砂降りの雨の中、司のブレザーがどんどん紺色に変わっていくのを、私は呆然と見つめていた。
何あれ、少女マンガ?こういうのって背が高い方が低い方にやってキュンキュンするやつじゃないの?でも……走り出す直前の類の顔、驚いてたけど、楽しそうな顔もしてたから、まあ良かったのかな。
今日は貴重な練習が休みの日だ。私も早く帰って、今日は家でゆっくりゲームでもしようかな。
類から借りた傘をさして歩き出した私の顔は、土砂降りの雨にも負けない晴れやかな笑顔だっただろう。
◇
「類、あそこのコンビニで一度休憩しよう!……って、ちょうど止んでしまったな……」
司くんが立ち止まり、空を見上げれば、先程までの土砂降りが嘘のように、重い雲の隙間から光が差し込んでいる。
「類、大丈夫か……?って、お前!びしょ濡れじゃないか!」
「え?ああ、本当だね……」
「本当だね……じゃない!ええい!こうしてはいられん!早く家に帰って体を拭かなければ!!」
「司くん、落ち着いて。見かけほど濡れてはいないよ」
「そうか……?」
「本当に大丈夫なんだろうな?」なんて言いながら、僕の周りをぐるぐると見てまわる司くんを、僕はぼーっと見つめる。
「類、本当に大丈夫か……?何だかぼーっとしているようだが……。はっ!もしや、お前のカバンの中の演出案やら機械やらが濡れてしまったのか!?す、すまん……。薄々思ってはいたんだが、ブレザーはオレではなくて、類が持つべきだったよな……」
「くっ!オレはお前を守りきれなかったのか……!」なんて無駄に様になるポーズで決めてみせる司くんを、それでも僕はぼーっと見つめる。
「類……?どうした?」
「フフ……フフフ……」
「類!?どうした!?もしや濡れるのが嫌すぎておかしくなってしまったのか!?」
「フフフ……ぷっ、あはははは!」
「類……?」
突然笑いだした僕に司くんは困惑の顔を浮かべている。それはそうだ。僕だって自分のこの感情に困惑しているんだから。
「いやあ、こんな土砂降りの中、濡れるのを気にせず走ったのなんて初めてだよ!」
「なにっ!?やはりお前濡れて!?」
「ああ、いや、気にしないでくれ。濡れるのもいいものだね」
「濡れるのがいい……?お前、濡れすぎて人が変わってしまったのか……?」
「フフ、『人が変わってしまった』か。確かにそうなのかもしれないねえ」
「……?」
きっと以前までの僕ならこんな土砂降りの日は、カバンの中身が濡れないように、いつもよりゆっくり歩いて帰っていただろう。ただ屋外ショーが出来ないから嫌だな、くらいに思っていた雨の日が、司くんが僕を引っ張り出したことで形を変えてしまった。ただの土砂降りの雨がこんなにも楽しいなんて!それも司くんと一緒にいるからだろう。いつもと同じはずの景色も司くんといるとこんなにもキラキラして見えるんだ。濡れてしまったのなんて全く気にならない。
生まれて初めてのこの感情に僕は改めて恋を自覚する。やっぱり司くんは僕の特別なんだ。
「おお!類!見ろ!虹だ!」
「え?」
司くんが指さした先を見れば、空に綺麗な虹がかかっていた。きっと司くんに着いてこなければ見れなかった景色。綺麗な虹が見れたことももちろんだが、何よりも司くんと一緒にこの景色を見られたことが嬉しかった。
「類、綺麗だな!」
「……っ!」
司くんがパッと笑って、僕を見る。その笑顔があまりにもキラキラしていて、僕は虹よりも司くんに目を奪われてしまった。
「む?どうした?」
「…………いや。やっぱり司くんは眩しいね」
「!ハーッハッハッハ!当然だ!水も滴る良い男とは、まさしく未来のスター!このオレのことに違いない!!」
すかさずポーズを決めてみせる司くんに僕は気が抜けてしまう。うーん……。そういう意味で言ったんじゃないんだけど……。でも司くんが楽しそうにしているからいいかな。
「フフン!」とドヤ顔をしながらポーズを決める司くんに僕は頬が緩む。
「はっ!妙案を思いついたぞ!この虹の写真を撮って、寧々やえむに送ってやろうではないか!」
「うん。そうだね…………」
そう言い、スマホを構えて、虹を撮る司くんのキラキラした横顔を、僕もそっとカメラに収めた。この瞬間の胸の高鳴りを閉じ込めておきたくて。
「類も綺麗に撮れたか?」
「…………ああ。とっても綺麗に撮れたよ」
「そうか!良かったな!」
僕に向けたキラキラの笑顔に、高鳴る胸の鼓動を感じながら、僕は司くんに声をかける。
「司くん。もし良かったらこの後、僕の家に来ないかい?今日は練習も休みだし、昨日の夜、司くんが思いついたという素晴らしいショーの案も聞かせて欲しいな」
「おお!良い案だな!そういうことなら今すぐ類の家に行こう!走るぞ、類!」
「ええ!?走るのかい!?フフ、司くんはいつも突然だねえ」
「未来のスターは一秒だって時間を無駄には出来んのだ!!これも体力作りの特訓になるぞ!!」
そう言って突然走り出した司くんに、僕もつられて走り出す。二人で走りながら僕の家へ向かう。水で濡れて重くなった制服なんて全く気にならないくらい、僕の足は軽かった。
僕の家に着いたら何をしようか。司くんが思いついたというショーの案を聞くのも良いし、僕が作った新作のロボたちを司くんに見てもらうのもいいかな。僕のロボたちを見た司くんが、キラキラと目を輝かせている様子を想像して、僕は思わず笑い声が零れてしまう。ああ、楽しいな。きっと司くんと一緒だからこんなに楽しいんだね。隣を走る司くんの楽しそうな笑顔を見て、僕もつられて笑顔になった。
二人並んで走っている僕と司くんの笑顔は、きっとあの虹にも負けないくらいキラキラとしていることだろう。