「今日はいい天気だな、漂泊者。まさにピクニック日和だ。ピクニックと言えばだが、知ってるか?弁当などでよく使われる具材に刺されてあるピックだが、ピクニックが語源らしい。ピクニックに使うレジャーシートの四隅を止めるための留め具が使われていたが、わざわざ地面に留め具を刺さなくても荷物を置けばいいと留め具は使われなくなり、代わりにピクニックに持参する弁当で使われるようになったらしい。そのためにピクニックからもじったピックという名称になったと。ちなみにこれは冗談、くだらないユーモアだ。ああ、冗談でも嘘は良くなかったか?お前に少しでも笑って貰えたらと試行錯誤したつもりだったが、空回りしたみたいだ。反省だな。とはいえ、今のお前のことがまた知れて嬉しい。好きなものを知るのもいいが、嫌いなものを知るのもまた同じくらい嬉しい。お前のに関することはどんなことだって知りたいからな。もちろん、俺ばかりが知るのはフェアじゃない。お前が聞いてくれればなんだって答えよう。ちなみに俺の好きなもの漂泊者で、嫌いなものは漂泊者を傷付ける存在だ。こればかりは言わなくても伝わってるはずだけど、好意を伝えることに回数の限度は無いからな。むしろ、それはあればあるだけ互いの関係を良好にすると思ってる。つい10分前にも好きと伝えたがもう我慢が出来なくなった。許してくれよ。でも、俺の気持ちを掴んで離さないお前にも少しは原因がある……なんて冗談さ、俺がお前を責めるわけないだろ?最近は振り回されることも楽しくなってきたんだ。相変わらず俺を選んでくれないのは本当に悲しいが、こういう時間も悪くないと最近思えてきたんだ。漂泊者はどうだ?」
この弁当、美味しい。
青い空、白い雲、爽やかな風、川のせせらぎ、永遠に喋ってるスカー。
まさにピクニック日和。
素晴らしい自然に囲まれて食べる弁当は、家やお店のような室内とはまた違う味わいがある。
「食べるか?」
「食べる」
同じように横に座って好き勝手喋るスカーにそろそろ静かにして欲しくて、フォークで刺したナゲットを差し出せば、素直にそれをぱくりと食いつき、今度は口を咀嚼のために使った。風と川の音がよく聞こえる。
いい天気だ。
弁当という都合上、出来たてを食べるものじゃないからどうしても味付けが濃いめになってしまう。だから喉が渇いやすい。膝の上に弁当を一旦置いてスカーからお茶を受け取る。既に開封済みで飲み口にそのまま口をつけて飲んだ。スカーに返すと、彼もそのまま半分くらい一気に飲んだ。
多分たくさん喋って俺の気を引こうとしたのだろが、流石に喋りすぎだ。
残像に変身することも出来るから何かしらの特異な周波数を持っているのか、それとも単純に異様な雰囲気があるからか、スカーがいるとどんな残像も寄り付かない。だからこうやって穏やかなランチタイムを過ごせている。
「俺が言うのも何だが」
半分も飲んだので自分の飲み物にするつもりらしく、ピクニックセットを詰め込んでいたバッグから新しいお茶を取り出したスカーは俺を見つめながら言う。
「慣れすぎだ」
もちろん嬉しいけど、と付け足すのも忘れない。
それは自覚している。だけど、こんなに慣れさせたのはどこにいても何をしていても常にストーカーしてくるスカー自身が原因だ。むしろ俺は被害者だと言えるのではないだろうか。
弁当箱を再び持って今度は香油で炒められた野菜を食べる。美味しい。
スカーが一方的に何かを話しかけてきて、俺は適当に流したり、無視をしたり、所謂塩対応を繰り返している。相手が相手じゃなければ、非難されるべきは俺だろう。
だが相手はスカーだし、それに当の本人も。
「あ、魚が飛び跳ねた」
と、少し驚くと。
「その表情も好きだ」
と返ってくる。
会話にならない。
それもそのはず。俺の視線は目の前を流れる川で、スカーの視線はずっと俺。特別表情が豊かという訳もなく、人並みにしか表情筋は動かしていない。だが、スカーはそれがいいと満面の笑みでいつも答える。
俺の何がスカーをそんなに夢中にさせるのか分からない。ただ残星組織にとって有益な能力を持つだけなら、とっとと残像の姿になって俺を掴んで持ち帰ればいいのにスカーはそんな乱暴なことはしない。だから、スカーの俺への感情は本当に個人的なものなのだろう。
だとすると、少し気になったことがある。
「スカー」
「うん?何だ?」
あからさまに明るい声音で返事をしてくる。視線だけ移動させれば、キラキラという音が聞こえてきそうなほど晴れやかな顔をしていた。
「スカーって俺に対して怒ったりしないのか?」
「…………?」
「…………」
「…………?」
長い長い沈黙の間に弁当は食べ終わってしまった。
「怒る……?漂泊者に……?」
食べ終わったので弁当の箱を閉じてご馳走様でしたと手を合わせる。スカーは未知の言葉を聞いたかのような表情のまま俺から受けとった弁当箱をバッグにしまった。
「悲しいとか、辛いとかはあるが……怒り……?」
俺が言うのも何だが、好きすぎると思う。
「いつまで経っても一緒に来てくれないのはただただ悲しいばかりで、怒る……怒る……?漂泊者に……?」
「…………」
「ない……」
「ないのか……」
「拒絶されたり、嫌われても、ただ悲しくて泣きたくなるだけで、理不尽に怒ったり責めたりなんかはしないな。まだ記憶の全てを取り戻した訳じゃないお前に怒るのは身勝手すぎる」
ストーカーは身勝手じゃないのか?
よく分からない謎の基準の優しさに何と返せばいいのか分からず俺も黙ってしまう。風に吹かれた木の葉がさあ、と爽やかな音を鳴らした。
「他に聞きたいことは無いのか?」
俺にだけ向ける人の良さそうな笑顔で質問を催促してくる。気付いたら会話のリードを奪われていて、ペラペラ喋っていたことの通りにスカーのことを知る羽目になった。
「じゃあ、今ここで俺が寝たら?」
「寝顔を見る」
「どこかに行けって言ったら?」
「5メートルくらい離れる努力はしよう」
「具体的に俺のどこが好き?」
「全て」
「逆に嫌いなところは?」
「無い」
「ここで俺が襲いかかったら?」
「大胆すぎるぞ、漂泊者……野外でそんな……」
「何を想像してるんだ」
もちろん戦いを申し込むという意味で言ったが、スカーはおかしいので顔を真っ赤にして満更でもないという視線を送ってきた。ので、ちょっと座る位置をスカーから離すとその3倍近寄ってきた。野原に伸ばした脚に片手を乗せてきたけど、どうせ払ったら今度は両方の手を乗せてくるだけだと思ってそのまま好きにさせた。
「なら、きら」
嫌いって言ったらどうする?
と言おうとした口を口で塞がれた。さっき飲んだお茶と同じ味が唇に乗った。
「それだけは駄目だ」
本当に泣きそうな顔になって、脚に乗せていなかった方の手を肩に置いてきて、縋るみたいに両手で服を掴んできた。
嗜虐的な思考でもないし、嫌いというより敵という認識で、でもだからと言って何でもしていい訳でもない。
スカーの重みに耐えられなくなり、その場に横たわる。押し倒されたような体勢になり、スカーの下で仰向けになる。
「何を言われても構わない、どう思われても受け入れよう。だけど、その一言だけはせめて俺に聞かせないでくれ」
思っていても構わないから。
そう言って俺の胸に縋り付いた。
時折、自分の気持ちが分からなくなる。
スカーは敵。テロリストで、狂的な思想を持つ組織の幹部。なのに、俺にだけは真摯で尽くそうとしてくる。何が本当なのか分からなくて、どう言った気持ちで接すればいいのかわからない。
俺に笑いかけるスカーと、他の誰かを楽しんで殺そうとするスカーが時々結びつかなくなる。
仰向けになった視界の端に暗い厚い雲が見えた。何となく空気も湿気てきた気がする。
「雨かも」
「本当か?」
「あれは雨雲だ、きっと」
上にのしかかるスカーを押しのけて立ち上がる。伸びをすると全身の血が巡った感じがして気持ちがいい。
スカーも立ち上がって、さっきまでのが嘘だったみたいになんでもない顔で同じように遠くの雲を見つめていた。
きっと演技なのだろう。俺を自分たちのところに引き入れるための泣き落としのようなそれなんだろう。
そう割り切るのが今の自分にとって都合がいい。
「そろそろ帰る」
「そうだな、お前が風邪なんか引いたら気が気じゃない」
荷物をまとめて今州城まで飛ぼうと信号塔の座標を確認していると、後ろから人一人分の体重が寄りかかって来た。
「何、お前1人なら持って移動することは容易いさ」
やろうとしていることはおぞましい事のはずなのに、何か楽しいイベントを心待ちにするような面持ちで俺の顔を覗く。
「それ、体に負担あるんだろ?咳き込んでいたじゃないか」
軽くいなしてスカーから距離を取る。振り返って付いてくるつもりか一応確認したら、文字通り腹を抱えて大笑いしていた。確かに、敵の体を気遣うのは変だが、そこまで笑うようなことだろうか。
「やっぱりお前は俺を飽きさせないな」
涙が出るほど笑えたようで、顔をにやけさせながら目元を拭っていた。
「よく分からないけど、俺は帰るから。ストーカーも程々に」
「人の趣味を奪うなんて意地悪なことをするんだな」
「そもそもストーカーは良くないことだろ」
「それを俺に?今更?」
「確かに……」
雨雲はどんどん近づいて、微かに雷鳴が聞こえた。
厳戒な今州城下に行ったって付いてくるんだし、と別れの言葉も無く城下の信号塔を選択する。
今日は変な日だった。色々と考えることが増えた気がする。
ただ、楽しくなかったわけじゃなかった。