これから 花束をもらうのは実に久しぶりのことだ。
フィルムに包まれたミニバラやガーベラはピンクやオレンジの明るい色合いで、自分が持つには少々可愛らしすぎる気もしたが、影山さんの印象で選びました、と言われてしまえば面映くも悪い気はしなかった。
花が痛まないように胸元に抱えて、もう片手に持った鞄と紙袋を持ち直す。
これからも、何なら明日も通るだろう、駅から家に至る道の夕暮れの風景が、目に明るく鮮明に映るのは僕の心持ちに他ならない。
角を曲がって、自宅の灯りがついているのを見つける。そこを目指していく一歩一歩が大切なものに思えて、ゆっくり歩いた。
「ただいま」
「おかえり」
鍵を開ける音で気づいたのか、玄関をくぐるとすぐに師匠が出迎えてくれる。
「すごい花束だなあ」
「職場の人たちからです。あと、こっちはお菓子だそうで」
良いやつみたいですよ、と荷物を受け取ってくれた師匠に言うと、今日の晩飯の後かな、と嬉しそうだった。愛らしい色合いの花は玄関に飾るか、食卓に生けるか後で決めよう。
「モブ」
玄関に座って靴を脱いで上がると、とっくに中へ入ったと思った師匠はまだそこにいた。待っていた師匠に何だろうと目を向けると、少し居住まいを正している。
「長い間、本当におつかれさま」
よく頑張ったなあと、目を細めると、僕の好きな優しい皺が深くなった。
大変なことも大いにあったけれど、定年のこの日まで勤め上げられたことは、我ながら誇らしい。それを他でもない師匠が褒めてくれるのは、僕にとってとても意味のあることだ。
「ありがとうございます」
「多少はこれからゆっくりできるんだろ?」
「そうですね、再任用で今までの半分は出ますけど」
「なら、どっか遊びに行かないとな」
「そうですね。随分お待たせしちゃいました」
「いいよいいよ、まだまだこれからなんだし」
「元気だなあ」
これからのことをいつまでも話せる仲でありたい。
ダイニングの豪勢な夕ご飯を前に、手始めに平日のまったり旅行プランを練りつつ、お菓子は明日かなと一人思った。