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    yu__2020

    物書き。パラレル物。
    B級映画と軽い海外ドラマな雰囲気になったらいいな

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    yu__2020

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    とある街で怪異専門探偵事務所を営むアズと、押しかけ助手の双子の調査録。
    5話。ヴィ様の元に届いた不穏な荷物と吸血鬼とパーティーの顛末と終わりと新しい事件の話。
    ※アズが女体化してる。

    ##アーシェングロット探偵事務所怪異調査録

    銀幕のメトセラ 4話目パーティは華やかに
     
     パーティの日が来て、アズールとヴィルは車の中で準備を始めていた。
     耳に付けたレシーバーから、リドルの声が聞こえてくる。レシーバーを付けていても違和感の無い、ヴィルやジェイド達と違い、どうしても誤魔化しにくいアズールの格好は魔法で誤魔化して、ヴィルのチェックを受けていた。
    「良いかい。皆。くれぐれも危険な行動はとらないように。人間の数が多い以上、アズールやヴィルの超常現象は面倒な事になる。細かいごまかしがきかないような物は避けないとだから、基本は僕達人間側が対処に当たる。その代わり、探知方面で能力を上手く使ってくれ」
    「ええ、分かりました」
     アズールの返答に、一瞬リドルが黙り、咳払いをして
    「よし、あと三分ほどで会場前だ。皆それぞれ配置につくから、注意するように」
     ぶち、と通話を切ったリドルは、モニターを見つめてアズールとヴィルが乗る車が会場のホテル前に止まるのを確認していた。降りて来たアズールをモニターで眺めながら、リドルは思わず
    「……慣れない。あれがアズール……」
     呻いて突っ伏しそうな勢いのリドルの横で、デュースが感心したように呟いた。
    「本当、魔法何でもありなんですねぇ」
     報告の連絡が入り始め、リドルはデュースに目を向けて
    「巡査、君もそろそろ配置につくように」
    「はい! 了解しました」
     彼はそう言ってワゴンから出ると、急いで裏口から中に入って会場の中に消えていった。
    「さて、上手く行ってくれよ」
     眉間に皺を刻み、リドルは落ち着かない様子で呟いて、食い入るようにいくつもあるモニターを見つめた。


     車を降りた瞬間、アズールは凄まじい量のフラッシュに思わずたじろいだ。
    「しっかりしなさい。明日……どころかもうあと五分後には一面に載るかも知れないんだから」
    「分かってます」
     ヴィルに軽く背中を押されて、アズールはにこやかな顔でヴィルと共に会場に入った。ホテルのロビーを通り抜けて会場のあるフロアへ向かうために案内にそってエレベーターに乗る。二人だけになると、若干ノイズが入る物のリドルの声がレシーバーから聞こえてきた。
    「よし、今のところ皆配置についている。二人が会場に入ったら一応それとなく確認してくれ」
    「分かりました」
    「ええ」
     二人が返事をすると、リドルは早口で
    「もし何かあるとすれば、会場の人間の注目が集まる、パーティの主催挨拶と、その後にあるヴィルの挨拶のタイミングだ。けど……その前に犯人を見付けるのが多分良いだろう」
    「そうね、パーティを中止にされるのは癪だし」
    「分かりました。注意を払っておきます」
     ぽん、とエレベーターが止まり、二人は会場前の廊下に出た。アズールは視線をちらりと走らせ、左右の廊下の端や、部屋のそれぞれに聞いていたとおり人員が配置されている事を確認した。そのまま、二人で会場に入ると、ざわめきと音楽が一気に押し寄せた。
    「ようこそお越しくださいました。ウェルカムドリンクをどうぞ」
     すっとアズールの前に近づいてきた給仕の声に、アズールはチラリと視線を向けた。
    「見事な物ですね」
    「恐れ入ります。今のところ通常のスタッフに不審な動きはありません」
     ジェイドがアズールに飲み物を渡すために屈んで呟くと、アズールは小さく頷いた。
    「フロイドは?」
    「カウンターです。あの場所は入り口から入ってきた人間なども全体を見ることが出来るので」
     ジェイドは身体を起こして、にこりとヴィルとアズールに微笑みかけ、ごゆっくり、と言って去って行った。
    「アズール、あまりぼろを出さないでよ」
    「分かってますよ」
     並んで歩いてフロアの奥へ進むと、ヴィルにテネーブルの社長が声をかけてきた。
    「ヴィル、来てくれて……ああ、とんでもない事になってしまって」
     経営者とはいえ、人の良さそうな男だとアズールはじっとヴィルと会話する男を観察して判断した。少なくともこの男からヴィルへの殺意のような物は無かった。そもそもブランドのイメージキャラクターとして起用しておいて、それは無いような気もするが。
     ――念には念を入れなくては
     アズールはそう結論づけて立っていると、彼はアズールの方に恭しく頭を下げて
    「ヴィル、こちらの方は?」
    「ああ、あたしの遠縁の子。アゼリアよ。本当は連れてきたくなかったんだけど……一度決めたら絶対譲らなくて」
     困った子よ、と肩をすくめて首を振るヴィルの横で、畏まってアズールは腰を折って軽く頭を下げた。
    「お初にお目にかかります。アゼリアと申します」
    「ああ、それはそれは! いや実に……ヴィルと似て華やかだねぇ」
     孫に会った老人のような態度である。彼は軽く手を取り会釈をすると
    「まあ、今回のは悪戯だとは思うが……気をつけてくれ」
    「ええ勿論。中止にしないで本当に感謝しています」
     他に挨拶をする先があると、男は丁寧に二人に言って去って行き、アズールとヴィルは視線を交わした。
    「……今のところ、問題はなさそう、ですね」
    「ええ。悪戯、ならそれに越したことは無いけど」
    「そうだとすると、ヴィルさんを狙う人間は野放しのまま何か別のことをしている事になるので……それはそれで困るんですよね」
    「まあ、そうだけど」
     ため息をつく二人に、会場の喧噪を貫くような、よく通る声が飛び込んできた。
    「ヴィー君!」
    「うぐ……」
    「ヴィルさん、顔顔!」
     ひきっと顔を引きつらせたヴィルに思わずアズールが軽く肘で突き、ヴィルは軽く咳払いをして笑みを保った。
    「ああ、その……来てたのね。ネージュ」
     ヴィルの言葉に、ネージュは頷いて嬉しそうにヴィルに近づいてきた。彼の声にざっと人波がモーセの奇跡のように分断されて道が出来ていたのだが、彼はそれを気にしないで二人の側に近づいてきた。
    「ヴィー君、久しぶりだねー!」
    「あー、そう、ね。ええ」
     微妙な態度のヴィルに、アズールは珍しいと思わず彼の方に目を向けた。何しろ、アズールの知っている彼は自信に満ちあふれて、他人に対して露骨に嫌そうな顔をするのは見たことが無い。
    「会えてうれしいよ! でも、あの……大丈夫なの?」
     アズールとヴィルを交互に見つめて不安げな顔をするネージュにヴィルは肩をすくめ
    「警察も対応してくれているし、別に平気よ。それにしても、あなたがここに呼ばれるなんてね」
    「僕も正直びっくりしたんだ。何でも、スニーカーとか、カジュアル系のラインを出すとかで、それで今度モデルになってみないかって。だから今度会ったときにヴィー君に言わなきゃって、思ってたんだけど」
    「そう。なるほどね。良い話じゃない」
    「うん、ありがとう! いっしょに撮影出来たら良いのにね」
    「……あー、どうかしら……」
     難しいんじゃ無い? と視線を逸らしたヴィルに、ネージュはそうかなぁと腕を組んで視線を巡らせた。
    「あ、そうだ。そちらは?」
    「親戚の子よ。同伴者、必要でしょ」
    「初めまして。ネージュさん。アゼリアと言います」
     完璧、と自負する笑みを浮かべたアズールに、ネージュは一瞬さっと表情を変えてすぐに笑みを浮かべた。
    「へえ、ヴィー君の親戚? 初めまして!」
     手を差し出してきたネージュに、アズールはそっと手を握り返し、すぐに離した。
     ――この人
     ちらりとヴィルに目を向けたが、彼は何も言わず肩をすくめ、
    「やあヴィル! 相変わらずのようで」
     と、誰かに声をかけられてそちらの方に身体を向けた。
     ――あまり離れては……
     アズールはそろりと位置を動こうとすると、ネージュがアズールの手を掴んでそっと耳打ちしてきた。
    「あの、ちょっと話を聞いても良いかな」
    「……話とは……」
    「ヴィー君のことなんだけど……」
     ぐっとアズールを引っ張るネージュに、少し待ってくださいとアズールは答えてレシーバにネージュと接触することを手短に伝えた。
    「……分かった。でもあまり離れないでくれよ」
    「分かりました」
     リドルの言葉に返事をして、アズールはネージュのあとをついてフロアの壁際に移動した。
    「……えっと、アゼリア……。だよね。ごめんね時間を取って」
    「いえ、気にしていません。それでヴィ、お兄様のこととは?」
     ネージュは、こう言ってはなんだがヴィルと随分対極にいるタイプだと、アズールは何となく思った。髪の色の違いから、少年らしさの残る雰囲気、素朴なのだろうと分かる人柄。
     ――なるほど、これは確かにヴィルさんも苦手かもしれない……
     アズールはそう思いながら彼を観察していると、ネージュは思い詰めたようにアズールを見つめた。
    「あの、本当にヴィー君の親戚?」
    「ええ勿論」
     微笑んだアズールは、内心ドキドキとしてきて、汗が顔に出ないかと顔を引きつらせた。
     何故この青年はそんなことを言うのだ?
    「あ、えっと、変なことを聞いてごめんね。でもあの……。ヴィー君って全然周りにも家族の話なんてしなかったし、それにあの……僕は」
     ネージュが何か口に仕掛けた瞬間、警備をしていた警官の声がレシーバーから響いてアズールは入り口の方に目を向けた。
    「会場の外で火災報知器のアラーム発報!」
     声と同時にベルのような警報音が外で鳴り響き、会場の人間達がざわめき始めた。
    「A班! 会場に入って混乱しないように落ち着かせるんだ! B班はすぐに警備員とアラーム発生源の確認! ヴィルと他は何か動きは?」
    「今のところ平気」
     全体を見渡せるフロイドと、ヴィルをさりげなく追っていたジェイドの声が反応する。
    「スタッフ側も問題は見えないですね」
     アズールは、ちらりとネージュの方に目を向けた。
     ――この男、か?
     とても人間の身体に杭を打ち込める体格に見えないが、少し大きめの服だから正直全容は分からない。
     ――確認するべきか?
     アズールはヴィルの元に行くか、ネージュを調べるか一瞬悩み、ヴィルの元に向かおうときびすを返した。
     瞬間、部屋の中の明かりが消えた。誰が叫んだのか、火事だ! と叫ぶ声がして、かすかにどこからか煙のような物が湧いてきた。火事、という単語と煙に人々は悲鳴を上げて入り口に殺到し始めた。アズールは急いでヴィルの側に近寄り、彼の袖を引いた。
    「大丈夫ですか?」
    「ええ、あたしはね」
    「ルークさんは?」
    「それが……いないのよ」
     アズールは部屋の中のわずかな足下の非常灯の向こうを見つめ
    「……ジェイド、そっちはどうです?」
    「……どうやら……が、……って」
     ガサガサとノイズが走り、アズールは思わずレシーバーのついている耳を押さえた。
    「レシーバーが機能していない? 魔法で機能強化しているはずなのに……」
     アズールの言葉に、ヴィルはそっと視線を巡らせて
    「なんか妙な……匂い?」
    「……匂い、ですか?」
    「なんだか、血? の匂いがするわ。外から。ルークが出て行ったのはどうやらそれね」
     ヴィルは言って会場の方に目をやった。入り口に殺到している客を警備員とスタッフに化けた警官達がなんとか捌こうとしている中、
    「アズール」
     流れるように人波をかき分け、ジェイドがアズールの側に近づいた。
    「ジェイド、フロイドは?」
    「目立たない位置に移動しました。何かあれば仕留められるように」
     ぱん、と何かが割れる音がして悲鳴が上がった。アズールは思わず声の方に目をやると、数人の男女が手を見つめて叫んでいた。
    「血! 血が!」
    「何、どこから?」
     何人かの女の手や身体に、非常灯で辛うじて見えるレベルでも赤黒い液体が付いているのが見えた。アズールは振り返ってジェイドに目をやり
    「ヴィルさんが傷を負わないよう、注意してください」
    「アズールは?」
    「ネージュ・リュバンシシェの事が気になります」
    「ネージュが? あの子は別に」
     ヴィルは眉を寄せたが、
    「いえ、犯人とかそう言うのでは無いのですが、何か知っている様子だったので。ただこのどさくさで話が聞けなくて」
    「……あの子が?」
     ヴィルは辺りに目を向け、何かに気付いたように視線を巡らせてアズールに問いかけた。
    「ねえ、あの子どこに行ったの?」
    「……は?」
     アズールは彼がいた場所に目をやり、まだ騒いでいる入り口の方に視線を向けた。
    「……いない……?」
    「ヴィルさんとアズールに注意を向けていたので、うっかりしていました……」
    「ですが、彼は別に犯人とは関係はないので大丈夫……ってヴィルさん?」
     きびすを返してスタッフ通用口から外に飛び出したヴィルを、アズールとジェイドは呼び止めながらあとを追いかけた。


     ルークは、異変をかなり早めに感じ取っていた。
    「……リドル君。ちょっと良いかな」
     壁際で立っている彼は、レシーバーで会話をしていてもおかしくない。囁きかけるとリドルの声がノイズ混じりに聞こえてきた。先ほどまでクリアに聞こえていたレシーバーは、アズールが建物中で電波が途切れても大丈夫なように、と強化した物だったはずだ。
    「ルークか。どうかしたのかい?」
    「会場の方は何か問題は?」
    「今のところ、誰からも聞いてないが……何かあったのか?」
    「ああ、少し妙な物を感じる。秘密裏に処理をした方が良いと思うんだ。これは魔法に関係しているんじゃないかと」
    「しかし、アズールも何も言っていないが……」
    「……なんだかひどく鉄さびの匂いがするんだ。多分……血じゃないかと思って」
    「……なるほど」
     ルークはヴィルの方に目をやり、アズールとネージュがヴィルの側で会話をしているのを確認して微笑んだ。
    「ヴィルは丁度アズール、いやアゼリアかな。彼女といっしょにいる。それにさっきからジェイド君がずっと二人の視界に立っているから、何かあっても大丈夫だと思う」
    「……分かった。デュース巡査を君に付けよう」
     少し待つと、スタッフ通用口からデュースが出て来て、ルークに声をかけた。
    「ルークさん、お願いします」
    「やあ、デュース君。よろしく」
     通用口から廊下に出た二人は、辺りに視線を向けた。賑やかな音楽とざわめきが扉の向こうから聞こえてきて、二人の立つ廊下側は静まりかえっている。
    「……今のところ怪しい人間の姿は見当たらないのですが」
    「ああ、分かっているとも。だが、少し気になることがあるんだ。……匂いは……こっちか」
    「匂い……?」
     歩き出したルークの言葉に、デュースは思わず耳を疑い呟いた。
    「ああ、さっきから、どうも鉄さびの匂いがね……」
     配属されてからそれなりに色々な現場を回っている筈だ。デュースはそう思っていたが、ルークの言っている鉄さび、血の匂いが全く分からず、若干しょげて彼の後をついて行った。
    「僕、全然分からないんですけど」
    「ああ、当然だとも。私はちょっとした訓練と……まあ色々やっているからね。狩人だから」
    「狩人、魔物を狩るって、そういえばアーシェングロットさんが言ってましたが」
    「ああ、その通りだよ」
     ルークはデュースの質問に陽気に答えながら廊下の奥を進み、非常階段の扉を開けて階段を下り始めた。省エネ対策のため薄暗い階段を下りて地下にはいると、デュースは思わず眉をひそめた。
    「……血、は分からないんですが、何か……」
    「ああ、君も気付いたかい? 何、簡単だよ。肉が焼ける匂いさ」
     ルークは匂いがする場所を一直線に目指して、一つの部屋のドアに手を掛けた。
    「開いてる?」
    「……倉庫のようだね」
     はっと気付いてデュースは銃を手にしてそろりとルークの後に続いた。
    「ルークさん、武器は?」
    「ナイフがあるよ」
     ――それは、大丈夫なのだろうか
     どう反応すれば分からなかったデュースに、ルークは手を振って
    「大丈夫。人間の扱う銃は頑張れば避けられるんだ」
    「え……」
     とんでもない事を言いながら、ルークは慎重に前を歩いて、物置らしいその部屋の奥へ入った。
    「……ああ。参ったな」
    「どうしました?」
    「これを見てくれ」
     ルークの見ている先に視線を向け、デュースは思わずうっと口を押さえた。
    「これは……顔が溶けてるのか?」
    「溶けていると言うよりは爛れているね。強酸の液体を掛けられてしまったようだ」
     脈を測って悲しげに首を振ったルークは、そっと遺体の手を元に戻す。
    「しかし、なんで? 服装的には招待客に見えますね」
    「……顔、だから招待客の中に潜り込もうとしたのかな」
     ルークは屈んで、倒れている男のスーツをめくり、眉をひそめた。
    「招待状はそのまま、か? それに……身分証もそのまま?」
    「これじゃあ、警備にすぐバレますよ……? 犯人の仕業だとしたら一体何を考えて」
     ルークは、口の中でどうやら悪態をついたのかぱっと立ち上がって廊下に出た。
    「ルークさん⁉」
    「彼は餌だ」
    「え、餌ってなんの?」
    「私をおびき寄せる為の物だと思う。私は鼻がいいからね。血と、肉の焼ける匂い……。あの場にそぐわない匂いがしたらこっちに犯人がいると思ってくるだろうと」
    「す、すぐに警部……いや、えーっとここはジェイドさんかアーシェングロットさんに」
     デュースはレシーバーを操作して呼んでみたが、ガサガサとノイズが走って応答は無かった。
    「どうして……、確か魔法でアーシェングロットさんが強化してくれていたし……さっきまで使えていたのに」
    「私は先に行くよ。連絡が付いたら君もすぐに来てくれ」
    「分かりまし」
     デュースが頷いて声をかけた時、館内放送のブツブツという音と共に、管理センターからの音声が入ってきた。
    「こちらは、管理室です。現在、三階フロアにて火災が発生したという通報がありました。現在係員が確認をしておりますので、皆様、係員に従って行動を」
    「……火災? 三階って会場のフロアですよね」
    「ああ、これは……やられた」
     ルークは飛ぶように階段を駆け上って三階に向かい、デュースも慌てて後に続いた。非常階段はあちこちから人の悲鳴や走り回る音が聞こえてきて、二人は一階に出てからもう一つの階段で三階に上がって会場に戻った。
     入り口に近づくと廊下に招待客が転がり出て、あちこちで大騒ぎになっていて、二人は急いで道を変えて通用口から中に入った。会場の中も酷い混乱振りで、加えて強い血の匂いでルークは鼻を押さえて辺りに目をやった。
    「……ヴィルがいない?」
    「えええ⁉」
    「あれーサバちゃんとウミネコ君じゃん。どこ行ってたの?」
     カウンター側にいたフロイドが二人に気付いて近づいてきて、デュースは手短に見てきたことを話すと
    「匂い……ねぇ。多分その犯人? がこの辺りになんかの血をぶちまけたみたいでさ。オレも今鼻あんまり聞かないんだよね」
    「どうりで。私もヴィルの匂いが分からない」
    「どうしましょう」
    「アズールがベタちゃん先輩と反対側の通用口から出て行ったのはジェイドもオレも見てるよ。ジェイドが後を追ってる。オレは二人が戻ってくるまで待ってたんだけど」
    「助かるよ! じゃあ、私達も後を追おう」
    「ん、じゃこっち」
     フロイドは布巾を放り出してエプロンの紐にさりげなく色々差し込み、会場を横切って通用口のドアを開けて廊下を走り出した。



     会場でヴィルを見かけて、ネージュはほっとしていた。
     ――ああ良かった
     ニュースになった脅迫のことや、噂の一部はネージュの耳に入ってきていた。多くは好意的で、心配する物ばかりだった。当然の事だ。それでも、嫉妬からか心ない事を言う人間達もいた。ヴィルはそういう物に興味が無いらしいが、ネージュはどうしても気になった。
     それに、彼にどうしても伝えなければならないことがある。
     フェアでは無い。今のままでは。だからちょっと時間を貰おう。そう思っていると、会場に親戚だという女の子を連れてヴィルが入ってきた。
    「ヴィー君?」
     思わず、二人を見つめて立ち尽くしていた。
     そんなことがあるはずは無いのに。
     ヴィルに話をする前に、あの子に話を聞いてみないと、とネージュはタイミングを見てアゼリアと名乗った少女に近づいた。
    「あの、本当にヴィー君の親戚?」
     問いかけに、彼女は驚いたような顔をして、すぐに頷いた。演技をする者として、彼女が嘘をついているのは、一瞬の動揺と視線の揺れで気付いた。今回の騒動のために雇われたとかだろうか、とネージュは考えたが、それにしても見た目はどう見ても十代の女の子だ。ヴィルという人間の潔癖とも言える性格上、こんな子供に危ないことをやらせるなんて出来るだろうか。
    「あの……実は」
     火災報知器のけたたましい音でネージュの疑問はそのまま流され、ネージュは人波に揉まれて壁際に逃げるしか無かった。
    「あれ……」
     違和感がどうにも拭えない。何かがおかしい。それでも、ヴィルは騒動の中でも動じず、堂々と立っていた。スタッフの一人がヴィルに近づいてきたが、いつも一緒に居る付き人の姿が見当たらなかった。
     ――ルークさん、だったよね確か。朗らかでよく僕のことも褒めてくれる人
     どこに行ったのだろうと探してみて、ネージュは視線の端にいた一人の男に気付いた。
     あれだ。あの男だ。
     ヴィルの視界に入らない位置で、この騒ぎの中招待客の中に紛れているが、全く動揺している素振りが無い。ヴィルは脅迫を受けていた側だから慌てる事が無いのは分かる。そうでない人間で慌てておらず、こうなることが分かっていたように見えるという事は、彼が犯人か、或いは何か知っている可能性は高い。
     ――なんとかしないと
     思わず身体が動いて、男の方に駆けていた。ヴィルを見ていた男は、人波をかき分けて近づいてくるネージュに気付いたのか、顔を一瞬ネージュに向けて、初めて狼狽えたようにその場から駆けて通用口のドアから逃げ出した。
    「待って!」
     男の後を追って廊下に出たネージュは、廊下の端にある非常階段の扉の開く音にそちらへ駆け寄った。階段の下を見ても人影は無いようで、上に行ったのかと階段を駆け上った。


     ヴィルは長い足で、さながら映画のように廊下を一気に駆け抜けて非常階段の扉を開けた。バタバタと駆け上る靴音に、彼はぱっと一瞬顔を上げてから階段を駆け上り、引き離されながらアズールが後を追った。
    「ちょっと待ってくださいヴィルさん! 狙われてるのは貴方なんですよ⁉」
     運動が苦手以前に、身体の大きさが縮んだせいか全く追いつけずに、アズールはヒールの靴を脱いで裸足で階段を上り始めた。
    「アズール大丈夫ですか?」
    「僕は良いから先に行ってください」
    「仰せのままに」
     後ろから階段を上ってきたジェイドがよろけたアズールを支えたが、アズールは上を指さし叫んだ。ジェイドは上に目をやって頷いて、やはりあっという間に駆け上っていった。
    「……くそ! ルークさんは……?」
     沈黙するレシーバーを叩いて、アズールはどういうことかと考えた。
    「……ジャミングは分かるが……何故魔法まで妨害されるんだ?」
     上っていた階段の途中で息を整えながら、アズールは汗を拭う。下から階段を駆け上ってくる音がして、アズールは手すりから下を覗き込んだ。
    「フロイド! ルークさんにデュースさんも」
    「大丈夫ですかアーシェングロットさん」
     若さゆえかピンピンしているデュースにアズールは手を振り
    「ルークさん、急いでください。ヴィルさんが上に……。ネージュさんを恐らく追ったのだと思います。姿が見えないんです。今ジェイドが彼の後を追っています」
    「……! 分かった。デュース君は、アズール君に我々が見たことの報告をしながら着いてきてくれ」
    「了解しました」
    「アズール、足動けるの?」
    「い、一応歩けますよ」
     膝が笑っているアズールを見下ろし、フロイドはしょうが無い、と肩をすくめてアズールを抱えた。
    「じゃあサバちゃん、その報告ってのよろしく」
    「うおあああ!」
     階段を駆け上るフロイドにしがみつくアズールを、デュースは可哀想にと若干引きつった顔で了解しました! と答えてあとに続く。
     息を切らせながら、それでもアズールにデュースはルークと確認した事柄を説明した。
    「……おかしいですね。実はレシーバーの調子が悪いのは勿論電子的なジャミングのせいとは思うのですが……これは僕の魔法で機能強化されているので、普通なら問題なく通信できる筈なんですよ」
    「つまり、魔法的にも妨害されてるって事?」
    「そうなりますね。ですが、今回の犯人がそれをやったのかというと……どうにもおかしいのですが」
    「魔法が使える犯人、という事になりますよね。でもアーシェングロットさんもシェーンハイトさんもその辺りは」
    「気付きませんでした。というか、魔法の気配なんて全く感じ取れませんでしたよ。僕とヴィルさんのアンテナに引っかからなかったというのは変です」
    「アズール」
     フロイドが突然立ち止まり、アズールを呼んだ。どうやら最上階のフロアまでたどり着いたらしい。フロイドは、これ、とアズールを下ろして階段の端に転がされている人物を指さした。
    「ネージュさんですね……。一応、生きていますね。しかしどうしてここに倒れてるんでしょう?」
     脈を測って思わず呟いたアズールの所に、先に登っていったはずのジェイドとルークが更に上の階段から降りてきた。
    「アズール! フロイド!」
    「ここを開けるのを手伝ってくれないか!」
     二人の言葉にアズールは階段を上り、閉じられた屋上へのドアに手を触れた。
    「……鍵、だけでは無いですね」
    「僕が見たときには、ヴィルさんがネージュさんを階段から……あの、蹴飛ばすというか、放り出すところで。慌てて僕とルークさんで彼をキャッチしたんですけど、その間にヴィルさんは屋上に出て行ってしまって」
    「……なるほど。これなら僕でもなんとか……」
     本来ならばアズールは力押しという物は好まない。が、今はそうも言っていられなかった。ドアの取っ手を掴んで、自分の本来の姿をイメージして一気に回す。金属が軋む音と共に、ドアのノブと周囲ごと捻れて、力なくドアがゆっくりと開いた。
    「うは、すげーアズール!」
    「相変わらず見事な物ですね」
    「全くだ」
    「いやいやいや……」
     フロイドとジェイドはさっさと行きますよと歩いて行ったアズールの後に付いていき、ルークも後に続く。
    「……ええ……?」
     デュースは、思わず落ちているねじ切れられたドアノブを見下ろして、首を振って彼らの後を追った。


     屋上に逃げた男を、ヴィルは間合いを取った上で眺めていた。
     途中、やはりというべきか、何を考えていたのか分からないがネージュが犯人を追いかけていたが、追いついたついでに階段から軽く蹴落とし――どうせ上手く着地するだろう事は分かっていた――ドアに鍵を掛け、ついでにすぐに出来る魔法で固定しておいた。多分すぐには開けられないだろう。
    「それで、そんな物であたしを殺そうと思ったわけ?」
     言いつつ、ヴィルは男の持つナイフを見つめた。一見してもそれが呪いを帯びているのが分かる。しかも、相当に強い物だ。
     ――なんであんな物を、一般人が持ってるのよ
     あんな物を手にして正気を保っていられるとはとても思えない。ヴィルでも正直触りたくないレベルだ。
    「悪いことは言わないから、早くそれを捨てなさい。呪いが強すぎて、あんたの身体をめちゃくちゃにするわよ、それ」
     果たして声が届くのか、とヴィルは一歩前に出た。気になることがあったからと思ったが、聞き出すのは無理かもしれない。
     男はどこかで見たような気がしたが、ヴィルは思い出せずに更に一歩近づいた。
    「……ヴィル……ジール。百年前にそう名乗っていたと」
    「……聞いたの? ふーん……誰かしらね? そんな事言っていたのは」
    「否定はしないのか」
    「否定も何もね。百年ってそこそこの年月でしょ。長生きなんてもんじゃ無いわよね。そんな与太話、信じるものかしら」
     探るように、質問には答えずヴィルは男に返す。バタバタと扉の向こうが騒々しくなり、ヴィルはあまり時間が無いか、と一歩前に出た。
    「あんたは吸血鬼だと。本当なのか。ずっと老いないし、もう長い間生きているのか」
    「仮に、そうだったらどうするの? いまいち分からないわね。こんな事をする理由が」
    「私は……貴方を尊敬していた」
    「……それはどうも」
     ヴィルはそう言ってから、そう言えばと男を見つめてつぶやいた。
    「見たことあると思ったら、あんた以前出た映画のメイクアップアーティストね」
    「……ああ。貴方は綺麗な肌をしていると褒めた私に言ったんだ。努力をしていると。年を取っても、その時の最高の姿でいるために」
    「……ええ、いつも言っている事ね」
    「でも、貴方は老いない。ヴィルジール。貴方がそう呼ばれていた頃の映像を偶々見付けた」
    「……」
     ヴィルは腕を組んで黙って男を眺めていた。映像を撮っても良いと言う許可は出していなかったから、やはり、あの時こっそり映像を撮られていたのだろう。
    「他人の空似だと思っていたが、会話をして、鏡越しに見て本人だと思った。多くの俳優達の顔を見てきた。私とて、顔のパーツの配置が全く同じ人間を、他人とは言えない」
    「……なるほど。それなら納得。……だから映像は撮るなって、言っておいたのに」
    「老いもせず、なんの努力も無しにその美しさを手にしているなら、それは酷い冒涜だ。貴方に引導を渡すべきだ」
    「……案外、それなりな理由ね。まあ、あたしまだ死ぬつもり無いんだけど」
     答えたタイミングで、背後の扉がバキバキと金属のねじ切れ、ヴィルは思わずため息をついた。ドアが吹き飛び何人もの人影が転がり出てヴィルに近づく。
    「ヴィル!」
    「ヴィルさん大丈夫ですか」
     ルークの手が何かを投げ、男の腕に細いナイフが突き刺さった。悲鳴を上げて、犯人は手からナイフを落してしゃがみ込んだ。
    「どうやって開けたのよ」
     近づいてきたルーク達に思わず腰に手を当て、ヴィルはため息をついた。
    「アズールがドアノブ事捻りました」
    「……そういえば、あんたそういう特技あったわね」
     手を振りながら裸足で屋上を歩くアズールに、ヴィルは首をかしげて、転がっているドアに目を向けた。
    「……あとで弁償ね」
    「あー、それはまあリドルさんがなんとかするんじゃ無いでしょうか」
     視線をどこかに向けたアズールに、ヴィルはそう言うものか? と思わず首をかしげた。ガサガサとレシーバーから音がして、リドルの声が途切れがちに聞こえてきた。
    「……きょう……、こちら……! ……しろ、誰か!」
    「リドル警部!」
    「デュース! ずっと応答が無いから一体どうしたのかと。状況は!」
    「は、はい! 屋上にて犯人とおぼしき男を確保しました!」
    「……屋上だね。分かった、すぐにそっちに向かう」
     デュースはふうっと息をついて、汗を拭った。
    「すぐにリドル警部が来るそうです」
    「色々話を聞かないとだから大変でしょうね。巡査、彼に手錠を」
    「ええ」
     デュースは、若干震える手で手錠を後ろから取って、うずくまっている男に近づいた。
     ――お、落ち着け。手錠を掛けるくらいどうという事は!
     実のところリドルがいない場所で警官として振る舞うのは初めてかもしれない。デュースは男の身体に手を触れようとしたが、触れた瞬間男がデュースの手を振り払うように身体を捻った。
    「うわ……!」
     手に走った痛みに、何か固いものを持っていると気付いたデュースは、咄嗟にそれに手を伸ばそうとした。
     ――まずい間に合わない!
     咄嗟にデュースは男の身体を突き飛ばしたが、乾いた破裂音が屋上に響き渡った。
     銃声に、ヴィルは一瞬反応が遅れたのを自覚した。
     まずいとは思ったが、身体は動かず鉛弾が身体を貫通するだろうと身構える。この距離ならば、少しくらい内臓が消し飛んでも取り敢えず大丈夫だろう。数十年は眠りにつくかもしれないが、ある意味丁度良いかもしれない。
     そんな打算が一瞬働いた彼の目に、黒い髪が風に舞って、目の前を覆った。
    「ちょっと」
     思わず声が漏れ、倒れかかってきた身体を支えてしゃがみ込む。
    「……何をしてるのネージュ!」
    「ヴィー君、良かったー」
     ヴィルの盾になったネージュは、がくりと身体から力が抜けて、苦しそうに息を吐いた。
    「あんた、なんて馬鹿なことを!」
    「ひどいなぁ」
     ネージュは呟き、駆け寄ってきたルークは思わずああ、と声を上げて膝を付いた。
    「何てことだ……」
    「えへへ、でもヴィー君に怪我がなくて良かった。僕、ヴィー君のこと知ってるよ。ずーっと昔から生きていることも」
    「は……」
     思わず凍り付いたヴィルは思わずネージュの肩を掴んだ。
    「なら、なんでこんな事するのよ」
    「それは、まあつい……」
    「ついって……」
     絶句して、ヴィルはネージュの手を握って顔をゆがめた。
    「い、今救急車を要請しましたので! ヴィルさん! 傷口を押さえてください」 
    「ヴィル! 気をしっかり持って」
     ルークはネージュの傷を塞ぐためにと持っているハンカチを取って、ネージュのジャケットをめくって傷口を探した。
    「……これは」
    「どうしたのよ」
     涙声になっているヴィルに、ルークは困惑したように彼の方に目をやり、ヴィルの向こうにいるアズールの表情に気付いて、思わず顔を覆って座り込んだ。
    「ヴィルさん、ネージュさんは無傷ですよ」
     ルークの様子に気付いて、アズールはそう言って肩をすくめた。
    「…………は?」
     ジェイドとフロイドに押さえ込まれている男の方へ目をやって、ネージュの側に近づいたアズールは彼のジャケットの下をぱっとめくった。ころんと銃弾がネージュの服の間から落ちて、ヴィルはアズールをじっと見つめた。
    「……どういうことよ」
    「さっきデュースさんがレシーバーを使えたでしょう。屋上には魔法の妨害やジャミングは掛かってなかったんです。それに気付いて、さっき念のため転がっていたネージュさんに防御をかけておきました。何があるか分からないですし。僕の判断、正しかったですねぇ」
    「……紛らわしいことするんじゃ無いわよ」
     ヴィルはぽんとルークにネージュを放って立ち上がり、アズールを小突いた。
    「はあ、散々な目に遭ったわ」
    「それは僕も同意ですよ」
     ハイヒールを両手に持ってふらふらしながら、アズールはため息をついた。足の痛みはじわじわと来ていて、明日どころかもう少しすれば痛みは更にきつくなるに違いない。
    「デュース! アズール! 状況は⁉」
     駆け込んできたリドルは、息を整えてから二人に声を張り上げた。後ろからは救急隊員や刑事達もバタバタと屋上に降りて来ていた。
    「犯人は無事確保です。そこにいるのがそうです。ただ、事情聴取出来るほど長く持つかは分からないですが」
    「……よくわからないんだけど。デュース、手錠は掛けたね」
    「はい」
    「そっちの彼は?」
     横になっているネージュの側に膝を付いたリドルは、健やかな寝息を立てているネージュを少し確認してから、まあ良いかと立ち上がった。
    「犯人といっしょに彼も病院へ運ぼう」
    「リドルさん、ナイフは危険なので直接手で触らないように。トング的な物で摘まんでください」
     ヴィルは屋上の手すりから下を見下ろして、警察車両や消防車などが止まっている道路を見つめた。
    「ヴィル?」
    「何でも無いわ。ルーク、取り敢えずあたしは良いから、というか、多分事情聴取とかになるはずだから、あんたは一旦ネージュの付き添いで病院に行ってちょうだい。どうせ心配なんでしょ」
    「……ああ、助かるよ」
    「はあ」
     ストレッチャーに載せられ、運ばれるネージュと共にルークが建物の中に入っていった。
    「あんた達は?」
    「僕達も一旦戻ります。ヴィルさんは?」
    「警察に一旦事情説明する必要あるでしょ? そのあとは……一応病院に顔を出すわ」
     ヴィルはそう言って中に戻っていき、アズールはふうっとため息をついた。なんだかんだ言って、あの青年をヴィルは気に掛けているのだろう。指摘するときっと本人は凄まじい顔をするが。
    「アズール」
     犯人をリドル達が確保したことで、解放されたジェイドとフロイドは、アズールの側に戻ってきた。
    「リドルさんはなんと?」
    「念のため、ヴィルさんは保護もかねて、犯人は一旦病院に、とのことでした。僕達は明日調書を取る、と言う事で良いそうです」
    「……なら、帰りましょう」
     疲れたと、呟いてアズールは歩き出し、そのあとをジェイドとフロイドが機嫌良く返事をしてついていった。


     フィルムドリーム

     ネージュは子供の頃から芸能の世界にいた。自分が歌ったり踊ったりすると、皆が喜んでくれる。それが嬉しいから一番生かせる物としてその道を紹介されたのだ。勿論正直最初はよくわかっていなかったが。子役として演技をするのも、現実には無い事を体験できるので楽しいという感覚だった。総じて、基本的に楽しい事を自分のしたいようにやっていたような物だった。
     その時のことはよく覚えていた。
     両親のどちらかの、親戚の人が住んでいたという古い家を片付けるというので、両親が手伝いに行った時のことだった。
    「おじさん、これ何?」
    「随分古い……フィルム。映画とか、そんなのだね……。こんな物、あの人持っていたんだ」
     そういった叔父は、気前よくフィルムをネージュにくれた。仕事柄そう言うものに興味があるだろう、という事と、映写機を彼は持っていなかったので、テレビ局に行けば分かるのでは無いかという事だった。
     早速ネージュは当時のドラマの撮影中にスタッフにお願いして、そのフィルムを見せて貰うことにした。
    「……」
     映像は本当に短かった。
     それでも、彼の心に強烈な印象を植え付けた。
     どこかで昔行われていた舞台の記録映像のようで、とても綺麗な人が舞台の上で演技をしていた。その全てが役とぴったり合っていて、ネージュは食い入るように見つめていた。真っ黒になった画面をしばらく呆然と見つめて、彼はフィルムの入っていた缶を見つめた。缶に書かれたタグは殆どかすれて読めなかったが、辛うじてViと書かれた文字が恐らく写っている人の名前だろうと察した。
    「び、ヴィー? 男の人かな、女の人かな」
     もし同じ時代にいて、同じ舞台に立てたらどんなに素晴らしかっただろう。
     ネージュはそう思ってため息をついた。

    「初めまして。ネージュ。あたしはヴィル。ヴィル・シェーンハイトよ」
     彼と初めて会ったのは、その映像を見てから十年ほど経っていた。あのフィルムは結局誰かがいつの間にか博物館だかに寄贈したとかで、ネージュの手元から消えていた。それでも、あの時見た俳優の顔は目に焼き付いていた。
     あまりにもそっくりな彼に、ネージュは思わずぽかんとしてヴィルを見上げた。
     ――ヴィル、ヴィ、ヴィー……?
    「あ、あの、こちらこそよろしく。……ヴィー君!」
    「……は?」
     彼は何故か妙な顔をしていたが、ネージュはきっと親戚なのだろう彼と知り合って仲良くなれたことが嬉しかった。
     どうやらプロデューサーやスポンサーの意向なのか、その後ヴィルとはしょっちゅう仕事で顔を合わせるようになり、ネージュは彼の仕事を見る機会が増えていた。
     自分に厳しいプロ意識と、どんなことも手を抜かないその向上心に、ネージュは純粋に凄いなぁと憧れのような物を持っていた。彼と仕事をするうち、勘と経験でやっていた演技も、理屈などを考えるようになり、仕事がより面白いと思い始めていた。
     演技力が上がったせいなのだろう。ネージュは、あるときはたと気付いた。偶々ヴィルが一人で演技をする場面で、セットの中で彼が立って、首をかしげて独白するシーンに、強烈な既視感を抱いた。
     ――どこで見たんだろう。でもこのドラマは今撮影中だし、リメイク物でも無いのに?
     眺めているうちに、あのフィルムの映像がヴィルの身体の動きとオーバーラップし始め、ネージュは思わず立ち上がった。
     理性は変だと言っていたが、人間の動きというのはどうしたって癖や、その人の固有の間や、角度や動きがある。それが仮に親戚や血のつながりがあったところで全く同じになることは本来あり得ない。
     事情は分からないが、彼はあの古いフィルムの彼本人という事になる。
     理屈ではあり得ないことだが、自分の見た物もまた事実である。どちらにしろ、彼にしてみれば夢が叶ったような物だ。
     事件が起きなければ、仕事で顔を合わせながら楽しく出来たらと、そう思っていた。
     ――永遠の美しさ、吸血鬼……
     彼を誹謗する犯行予告はあまりにも荒唐無稽だったが、いっそ納得感を得られる物だった。彼がそうだと言われて、だからあんなに長生きなのかと何となく思うほどだった。
     ――僕、ちゃんと言わなきゃいけないな
     長く生き続けるという事はどういうことなのか、想像するしか無いが、あのフィルムは大事な物として、鍵の掛かる衣装ケースに何重にも布にくるまれていた。撮ったのが誰かは分からないが、普通なら恐らく撮ることなんてできなかったのだろう。その人は誰かも分からなくなって、恐らくなくなっているがヴィルだけが残っている。
     それはなんだか悲しい気がして、ネージュは涙が出そうになる、あの鼻の奥がツンとする感覚に襲われた。

     
    「……っくしゅ」
    「静かにしなさい」
     自分のくしゃみで目が覚めたネージュは、つっけんどんな声に慌てて起き上がった。
    「ヴィー君?」
    「何よ、いちゃ悪い?」
     読んでいた本を閉じて、ヴィルはネージュの方に向き直った。
    「感謝しなさい。あたしが雇ったセキュリティサービスの一人が、念のためあんたに防弾シールド付けておいてくれたからなんとかなったのよ」
    「え、そうなの? 全然気付かなかった」
     わずかなお腹の痛みに思わず腹部をさするネージュに、ヴィルはため息をついて立ち上がり、ナースコールを押した。
    「そうは言っても、簡易式の物だったそうだから、お腹に硬式テニスボールみたいなのを思いっきりぶつけられたようなものだそうよ。今少し痣になってると思うけど」
    「やあネージュ君」
    「あ、こんにちはルークさん」
     入り口に顔を出したルークは元気そうで良かったと声をかけて、看護師のために道を空けた。
    「ああ、目が覚めたんですね。良かった」
    「それじゃ、あたしはまだ後始末が残っているから」
     立ち去るヴィルに、ネージュは手を振って
    「あ、うん。ありがとうヴィー君。また現場で会おうね」
     ヴィルはぴたっとストップモーションの如く綺麗に立ち止まり、ゆっくりと振り返ってから
    「当分無いと思うわよ」
     と手を振って去って行った。
    「そんな……!」
     ネージュは息をついてベッドに横になり、看護師のチェックを受けながらヴィルの持っていた本に思いをはせた。
     ――あれ、僕が受けた映画の原作本だったと思ったんだけど
     ネージュは首をかしげ、ヴィルという人間はどうもよくわからないなぁと暢気に考えていた。
     病院の廊下を通り抜けるヴィルは、横を歩くルークにちらりと目をやり不機嫌に呟いた。
    「何笑ってるのよ」
    「ふふ、特に理由が無くても、私はいつも笑顔を心がけているんだ。知ってると思ったが」
    「……本当に、こういうときのあんたは食えないわね」
     車に乗り込み、シートに身体を預けてヴィルは呟く。玄関に出て来たファンとおぼしき看護師や医者などに目をやって、彼は窓を開けて手を振った。走り去る車の背後で悲鳴のような歓声が上がっていたようだったが、ヴィルは気にしないことにして運転席のルークを睨んだ。
    「ネージュ君が起きているまで様子を見ていたのに、良いのかい。それに、確か彼が出る予定の映画の出演も、決めたそうじゃ無いか」
    「一応けじめよ。面倒に巻き込んだからそれの……借りを返しただけ」
    「なるほど。なんだかアズール君と似たことを言うね」
    「一緒にしないでくれる? 正直、次の生ではあの子がいないなんて分かっているから良いけど! もしあたしが人間であの子と仕事しなきゃってなったら発狂してたわ絶対」
     ヴィルは足を組んでむすっとした表情を浮かべて、すぐに咳払いをして表情を戻した。
    「それで思いだした。アズールの事務所によって」
    「ウィ、勿論。私も今提案するところだったんだ」
     ルークは、機嫌良く答えて、事務所のある通りを目指して道路を曲がって走り抜けた。


     久しぶりに自宅に戻ったアズールは、帰ってきて早々ベッドに倒れ込んでいた。
    「ぐ……これは、絶対来る……」
     筋肉痛が! と青ざめたまま呟くアズールの、まだ細い少女の足をマッサージしながら、フロイドはため息をついた。
    「大丈夫ー?」
    「このままだと薬を作るのも少し時間が掛かりそうですね」
     お茶を持ってきたジェイドは、テーブルにトレイを置いて、ベッドの端に腰掛けてアズールを見下ろした。
    「腕の方も、久しぶりに腕力使いましたよね。大丈夫ですか」
    「正直分からない……」
     不安げに呟くアズールに、ジェイドとフロイドは肩をすくめた。
    「それにしても、なんだか不思議な事件でしたね」
    「……とても終わったとは思えない、いいいたたたたっ!」
     悶絶しながら叫ぶアズールを、フロイドは我慢我慢、と適当に受け流して熱を持っている筋肉を解し続けた。
     ジェイドは面白がって眺めていたが、玄関から聞こえてきたチャイムの音に、急いで階段を下りて玄関の前に立った。
     ――今日はもうクローズにした筈ですが
     インターホンを眺めて、ジェイドは眉を上げて急いでドアを開けた。
    「どうも、ヴィルさん、ルークさん」
    「お疲れ様。アズールに用があったんだけど」
    「ええ、帰ってきていますよ。どうぞこちらに」
     ジェイドは二人を中に入れて鍵を掛け、三階のアズールの部屋に案内をした。ドアを開けて痛い痛いと騒ぐアズールと、それに辟易しているフロイドを眺め、ヴィルは全く、と眉間を押さえた。
    「う゛ぃ、ヴィルさん……。ど、どうも。色々大変でしたね」
     ヴィルに気付いたアズールは、さっとベッドに腰掛けて何事も無かったように向き直り、ジェイドとフロイドとルークは、目配せをして黙ることにした。
    「どうぞ、椅子はこちらを」
    「ありがとう。ネージュも目を覚まして、特に問題ないみたい。明日の朝には退院するそうよ」
    「それは良かった」
     アズールは答えて、足を組もうとして引きつる筋肉に思わず呻いて座り直した。
    「……情けないわねぇ。もっとトレーニングした方が良いわよ。広いんだから家にトレーニングルームでも作ったら?」
    「ほぼ確実にジェイドとフロイドの遊び場になるだけです」
    「そんなことしねーし。アズールがやるなら遊ぶかもしれねーけど」
    「……」
     ヴィルはしょうが無い奴らね、と眉をひそめてから、鞄から瓶を取ってアズールに投げ渡した。
    「これは……!」
    「元に戻る薬。作って置いたから」
    「いつの間に作ったんですか?」
    「材料はちょいちょい何かあったときのためにある程度用意はしていたのよ。これくらいなら昨日一日で準備出来るし」
    「さすが、と言ったところですね」
     アズールはベッドから降りて、瓶を持ったまま
    「早速飲んできます」
    「服はこちらをどうぞ」
     ジェイドが紙袋を渡し、アズールはよたよたしながら部屋から出て行った。少しの時間、様子を眺めて廊下の方を四人は眺めていたが、ものすごい音がして、少し経つとせわしない靴音共に部屋の中にアズールが入ってきた。元の姿に戻って、どこか清々しい笑顔すら浮かべている。
    「ああ素晴らしい視界の高さ! 棚の物に手が届く! 何より下を向いたときに胸部に邪魔な脂肪が無い! 足が軽いですねー!」
     若干動きがまだ元に戻っておらず、バレリーナの如くくるくると回転して、喜ぶアズールを、ジェイドとフロイドはニヤニヤと面白がって眺め、手を伸ばした。
    「足の痛みは平気ですか」
    「いや、普通に痛いですよ」
     浮かれた気分が痛みで消えたのか、アズールはジェイドが出した椅子に座り込んで、足を押さえて呻いた。
    「……なんて言うか、楽しそうでまあ良いんじゃない……」
     ジェイドの紅茶を飲み、ヴィルは取り敢えずそれだけ言い、ルークは機嫌良く立っていた。
    「ええ、毎日とても楽しいですよ」
    「ほんとほんと」
     笑顔のジェイドとフロイドに、アズールは咳払いをして話を抑え込んで、ヴィルに向き直った。
    「失礼。それで、事情聴取はどうでしたか?」
    「特に何もおかしいことは無かったわ。リドルは頭を抱えていたみたいだけどね。どう報告すれば良いかって。あたしの事についても、大半は与太話と思われているみたいだから、あとは大衆が飽きるまで、少し静かにするしかないわね」
    「ヴィルさん、あの時銃弾を避けませんでしたよね」
    「あたしだって避けきれない時もあるわよ。……まあ、肋骨当たりで銃弾を受けて、死んだことにして五十年後くらいにまたやり直すことも考えたわ。全部あの子がぱあにしてくれたけど」
    「ああ、ネージュさんですね。彼はあなたの事を知っていた、ようですね」
    「映像を記録できるようになった頃、一度だけ撮られたみたいなのよ。駄目って言ったんだけどね。こっそり。それをどうやら偶々見たらしくて。なんで気付いたのかは分からないけど。そういう意味だと、今回の犯人もそうね。古いフィルムを見たそうよ」
    「フィルム、ですか。今のヴィルさんは写真から何からあるから、もっと大変でしょうね」
    「一応次の生をやるときには、顔とか少し変えるわよ。あとほら、イデアに少し手伝って貰ってて。その時が来たらその辺の新しい魔法も試すつもり」
     ヴィルはそう言って、手を振りアズールをじっと見つめて問いかけた。
    「いずれ犯人の取り調べから分かるでしょうけど……。今回色々変だったと思わない?」
    「ええ。正直、彼が本当にただの人間とするとおかしい点が多すぎます」
     アズールとヴィルの言葉に、ジェイドとフロイドはふーん? と首をかしげた。
    「例えばどんな物です?」
    「一つ目はルークを地下におびき寄せた手段ね。あと、あの会場に撒かれた血もそうかしら」
    「ああ、私は確かに鼻が良い事や、狩人である事は隠していない。けれど、それでも普通の人間にそんな話はしない。私が血の匂いを嗅ぎ取って、あのフロアから地下まで来れると知っているのは、私のことをどこかで詳しく知った可能性がある。フロアにばらまかれた血も同様だ。私はあれのせいで、少しの間ヴィルがどこに行ったのか分からなかったからね」
    「あー、ウミネコ君のこと知らねーと確かに普通そんな手段やらないね。そもそも分断させるって発想にならないんじゃねーの」
    「そうだろうね。外から見れば、アウトドアを楽しむただの、付き人のルーク・ハントだからね」
     ルークは頷いて、アズールは手を振り
    「二つ目は、犯人の持っていた武器ですね。短剣は恐らくヴィルさんを確実に殺すための物だろうと想像は付きます。ですが、あれを一体どうやって手に入れたのか……。カリムさんの家にあったあの短剣よりはまあ……という所ですが、それでも相当ですよ」
    「そんなに危ない物を、一般人がポンポン手に入れられるような物でも無いですよね」
    「そうね。そもそも彼、あたしの正体を誰かに聞いたって言ってたし。昔使っていた名前も聞いたようよ」
    「そういう事をする者がいるものなのだろうか」
     ルークの疑問に、アズールとヴィルは視線を交わしてから
    「心当たりと言うほどでも無いですが、あるとすれば、回帰派の連中なら……あるいは。それなら、僕の魔法が妨害されたのもまあ、納得ではあります」
    「確かに。あいつらあたしのこと嫌いだものね」
    「どうしてだい?」
     ルークの問いに、アズールは肩をすくめて
    「ヴィルさんはあちらでも一目置かれるほどの実力者です。そして、彼は見ての通り相当の人間びいきですから。回帰派からすれば目の上のこぶと同じでしょう」
     アズールの言葉にルークは納得したように頷き
    「なるほど、確かに」
    「別に人間びいきじゃ無いけど。あたしは芸術が大事なだけ」
    「はいはい」
     適当に答え、アズールはとにかく、と話を戻した。
    「まあ、まずは犯人の証言待ちですね。ただ……ここ最近彼らの動きが活発になっているのは確からしいので」
    「そうらしいわね。クロウリーが何か言ってた」
    「ああ、ヴィルさんのところにも来ましたか」
    「ええ、鏡で連絡がね。最近変わりないかって。まあ、今回の件、彼が何か知っていたとも思えないけど」
    「動きが合ったことが分かったとしても、現状あちらの調査能力ではこちらの情勢を追いかけるのは無理でしょうからね。……ふむ」
     何か思いついたらしいアズールに、ヴィルは一言
    「余計なことしない方が良いわよ」
     と釘を刺して立ち上がった。
    「それじゃ、今回の報酬は振り込んでおくから」
    「ええ、あ、これの分は」
    「別に良いわよ。大した物じゃないし」
     そう言って、ヴィルはルークと共に外に出ていった。見送りに出たジェイドが帰ってくると、彼は少し考えてからアズールに向き直った。
    「僕達の事情聴取は?」
    「明日ですね。今日は取り敢えずゆっくりしましょう」
    「はあい」
    「はい」
     機嫌の良い二人の返事を聞きながら、アズールは家の匂いや雰囲気が随分懐かしい気がして、椅子から立ち上がってフロイドが寝ているベッドに転がった。
    「あれー、アズールオレのことどかさないんだ」
    「疲れた……面倒くさい……」
     ふーん、とやけに気の抜けたような顔でうとうとするアズールをフロイドとジェイドは眺めてそのまま寝かせておくことにした。
     

     翌日、慌ただしい警察署の中をいつものように勝手にさっさと歩いて、アズール達はリドルのオフィスに入った。
    「……おや?」
     アズールは空っぽの部屋に思わず眉を上げて、後ろの二人へ目をやった。
    「……どうしたんでしょう」
    「どっちもいないって変だよねぇ?」
    「まあ、こういうお仕事は突発事象が多いものですし。言付けをして出直しましょうか」
     アズールはそう言って手帳のメモ欄にさらさらと書いて、メモをリドルの机の上に置こうとした。バタバタと廊下で足音がして、フロイドが、あっと声を上げた。
    「サバちゃんじゃん。なに血相変えて」
     汗を拭い、若干青い顔のデュースが部屋に入ってきて、彼は息を整えながらアズールに声をかけた。
    「……アーシェングロットさん! それに、お二人も。良かった! あの……実は少々面倒な事が起きてまして。今急いで病院から帰ってきたんです」
     デュースに水を渡しながら、ジェイドはどうしたんです? と問いかけた。デュースはミネラルウォーターを一気に飲んでから
    「実は……、病院に搬送した犯人が、その……死亡しました」
     デュースはそう言って、アズール達を手招きして廊下に出た。慌ててアズール達もその後に付いていく。
    「ちょっと待ってください。死んだというのは?」
    「警部が今調べていますが、自然、事故死の可能性が高いかと。元々その、身体が弱っていた、と言う話でしたよね」
    「呪いに長く触れていたので、それは確かにそうです。ですが、僕とヴィルさんの見立てでは、それでも急死するほどでは……」
    「はい、ただ、部屋は隔離されていて、警備も付いていました。当然警備装置もあります。監視カメラ、それに心電図のモニターも行われていましたので、人が入る事は出来ません」
    「……普通は無理ですが、魔法的な物は想定していないですよね。僕も昨日は少し……うっかりしていたというか、気が抜けていたのは否めないんですが」
     デュースの乗ってきた車に三人はぎゅうぎゅうと乗り込み、病院まで急いで駆け抜けた。
    「こっちです」
     警察病院の、とある一角まで来ると鑑識や刑事達がうろついていて、デュースはバッジを見せて三人を奥へ案内した。
    「リドルさん」
    「やあ、来たね。ご覧の有様だよ」
     苦々しい顔で、リドルはベッドの方を指さした。遺体はまだそのままで、シーツが人間の身体にそって浮き上がっていた。
    「……これは」
     アズールはそっと近づいて、男を見下ろした。捕まった時点では、ルークが投げたナイフが腕に刺さった状態だったが、その傷は包帯が巻かれていてそこまで問題は無かったようだ。目は見開いたまま苦悶の表情を浮かべ、口には苦しんだせいか唇に噛みしめて切れた跡と、唾液の泡が残っていた。
    「……死因はまだ分からないですか」
    「ああ、だが、心電図では、突然心拍数が乱高下しだして、二分も経たずに停止したそうだ。当直の看護師が慌てて駆けつけたときには、施錠も問題なく、当然人も居なかった。だから……ただの、心不全……なのだろう」
     そう思っていない様子のリドルは爪を噛みしめながら
    「そう書くしか無い。無いんだが!」
    「……かすかに、魔法を使った形跡がありますよ。この部屋」
     アズールはそう言って、自分の眼鏡をとんと軽く叩いて、リドルに渡した。
    「度が強いから少し離してみてください。それでも分かるはずです」
    「……何をしたんだ?」
    「リドルさんでも魔法の跡が見えるように少し細工をしました」
     どうです? と言われてリドルはそっと眼鏡を目に近づけた。ふわっと眼鏡を通してもやのような物が薄くベッドの辺りに漂っているのに気付いて、ぱっとリドルはアズールに目を向けた。
    「これが?」
    「ええ、それをそのまま窓の方に向けてみてください」
    「……ベッドにあるのと同じ物が窓枠にある?」
    「何も無いと思いますが……念のためその辺りを調べてみてはどうでしょう」
    「ああ。とはいえ、死因が自然死となってしまうと、これ以上調べるの難しいか……。自宅の方に何かあれば良いんだけど」
     リドルの言葉にアズールは暗い顔で首を振り
    「あったとしてもこの感じだと回収されているかもしれないですね」
    「……一体、どういうことなんだこれは」
    「僕にも分かりません。まだ。ただ、少し面倒な事になりそうなんですよね……」
    「……もう十分面倒事だよ……。全く」
     リドルの愚痴に、アズールはさて何のことだか、と眼鏡を受け取って付け直し、首をかしげた。
    「大丈夫ですよ。リドルさんを気に入ってますからね僕は。ええ、勿論対価は頂きますけど。ちゃんとサポートしますとも」
    「……悪徳業者め」
     いつも通りの応酬をして出て来た二人を、ジェイドとフロイド、デュースが廊下で出迎えた。
    「ひとまず、巡査の方で三人から昨日の事情聴取をしてくれ。僕はこっちを対応しなくちゃならない」
    「わかりました!」
    「最近はデュースさんも一人で仕事を任されますね」
    「良かったねーサバちゃん」
    「……はい! 頑張りますよ」
     軽快に歩いて行くデュースの後ろを付いていきながら、三人は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


     その後、警察の捜査の手が犯人の男の家に入ったが、家の中には男が犯人である事を示す、遺体の解体や加工に使った道具類は確認できた物の、アズールやリドルが期待していたような物は見当たらなかった。彼が見たというヴィルの昔の姿を映したフィルムすら、その家には見当たらなかったのだ。
     最初こそ奇怪な事件として連日ゴシップニュースが大量に流れ――ついでに、アズールが変装した姿とヴィルの写真や映像も流れていたが――やがて何らかの脅迫概念によって犯人が凶行に及んだという、当たり障りの無い話をリドルがどうにか作ったらしく、事件は急速に忘れ去られていった。
     むしろ、その後ヴィルとネージュが共演する事になった映画の話題で、仲良く――明らかにアズール達の目からは、ヴィルの頬が引きつっているように見えた――記者会見をしている姿に一気に変わっていった。

     
     夏の暑さが落ち着いて、夜は大分涼しくなってきた頃だった。食事を終えてリビングで寛いでいたところで、ジェイドがふと思い出したように呟いた。
    「もうすぐ、僕らがアズールと再会して一年ですね」
    「あれ、もうそんな?」
    「再会、あれをそういうか」
     本を閉じて、アズールは苦い顔をしたが二人はにこやかに笑い
    「まあ良いじゃないですか。それで、せっかくですからお祝いとかどうでしょう」
    「祝い? 何故」
    「僕がしたいからです」
    「オレも-! 豪華に色々料理作ってさぁ。面白いじゃん」
    「……別にやりたいなら止めませんけど。再会祝い……? なんとも言えないな」
     首をしきりにかしげるアズールに、二人はじゃあやろうと、手を叩いてあれこれタブレットを眺めて話し始めた。
     ――まあ、別に良いか
     楽しそうに計画を考えている二人を、アズールはそのまま眺めていると、手元の自分のスマホに入った通知に目を向けた。
    「……! ジェイド。今からお客さんが来ます」
    「あ、はい。かしこまりました。一階を開けるという事ですか?」
    「そうですね……。念のためお願いできますか」
    「分かりました。準備します」
     一階に降りていったジェイドを見送り、フロイドはソファから起き上がった。
    「お客さんって誰?」
    「イデアさんですよ。二人は会ってないんですっけ」
    「しらなーい。だれ?」
    「こっちに来ている妖精、と言って良いのか。まあとにかく、その一人ですよ。変わった人で、魔法と科学を使ったメカを作ったりする天才です」
    「へー」
     アズールは立ち上がり、本をテーブルに置いて階段を下りた。
    「メッセージが来ていました。近くに来ているから相談したいと」
    「ふーん、どんな奴なんだろ」
    「……ただ、彼基本的に外に出る人じゃ無いんですよね。色々事情もあって」
    「事情?」
     フロイドが疑問を口にしたタイミングで、ドアベルが鳴って玄関から誰かが入ってきた。フードを目深にかぶり、猫背気味のひょろりとした背格好の青年は、落ち着かない様子で辺りに視線を向け、階段から降りてきたアズールを見上げて息をついた。
    「あああアズール氏。その、申し訳ない……。でも、他に頼れる人も居ないし……」
     彼はそう言って自分の後ろからもう一人、小柄な人間を中に入れてドアを閉めた。
    「……オルトさんも連れてきたんですか?」
    「うん、正直色々大変で」
    「誰それぇ?」
    「ひっ! どどどどどちらさま⁉」
     びくっと、小柄な少年の影に隠れるように移動するイデアに、フロイドはふーん? と首をかしげて少年と、イデアを眺めた。
    「イデアさん、彼がフロイドです。向こうの部屋にジェイドがいます。一応、何かすることは無いですよ」
    「そ、っそそう……。あ、オルト、挨拶……」
     声をかけられて、やはりフードを目深にかぶった少年がうん、と頷いてから
    「もうフード外しても良い? 兄さん」
    「ああ、うん。ここは大丈夫……」
     イデアの言葉に頷いて、少年はフードを取った。
    「こんばんは! アズール・アーシェングロットさん! それに、そっちはフロイド・リーチさんだよね。初めまして!」
    「あは、オレのこと知ってるの?」
    「うん、前にアズール・アーシェングロットさんに調査をお願いされたことがあったんだ。その時、アクセスしたデータに顔写真データがあったから覚えてたんだ」
    「……データ? ふーん」
    「その話は、オルトさんの事もあわせてそのうち説明しますよ。今日は一体どういう相談で? いつもならパソコンとか、スマホでやりますよね」
     アズールの問いに、イデアは暗い表情で頷いて
    「……うん、色々あって。ネットワークのやり取りはまずい状態なんだ。だから直接来るしかなくて」
    「……何やらかしたんです」
     思わず眉をひそめたアズールに、イデアは酷い! と声を上げ
    「そう言うんじゃ無くて! ちょっと説明は一旦置いとくけど……。今凄く面倒な事になってるんですわ……。具体的には……この世界の表側と、裏側、このままだと行き来自由というか、くっついて滅茶苦茶になるというか。ぼ、ぼくだけでは対処がどうやっても無理という状況で」
     イデアの言葉に、アズールは少しの間考え、それから瞬きをゆっくりしてから
    「はあ?」
     とフロイドとともに声を上げた。
     
    +++++++++++++++++++++++++++++++++++
    五話目ラスト。
    もうミステリー風で殆ど解決させてないよ!?という感じになりました。これらはまあいずれ。
    ちゃんと書けてないけどヴィ様は何かを生み出せる者達という事で人間を割と贔屓というか、情があって、先立つ彼らを見送り続けても側にいることを選んでいるという感じ。あくまでも自分の感覚です。はい。
    そういう訳で六話目は原作が六章終わったらまた書けたら良いなと思ってます。
    取り合えず2話目以降の冊子化頑張ります
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