欲しいなら、勝ち取ってみせてとお前は言う(レイマシュ)ルーレット、ブラックジャック、ミニバカラ⋯多種多様なゲームが用意され、金銭のみならず、時には人権すらも取引の対象となる。そんな裏カジノの存在が問題視されていた。
途絶える事なく届く嘆願と被害報告は日に日に増えていき、放って置くわけにもいかなくなった魔法局は潜入捜査に踏み切る事とした。
今回はあくまで実態調査であり、確実に潰すための下調べをしてこいとは上からのお達しである。
変装して潜入するその中には、レインと、事実上レインの部下として働いているマッシュもいた。
レインは客側、マッシュは店側への潜入だ。
話を聞いた当初、マッシュに潜入捜査など無理だとレインは抗議してはいたのだが、マッシュは意外な才能を発揮してしまう。
もともとの動体視力の良さと人並外れた瞬発力で、あるゲームでのイカサマがし放題である事が判明したのだ。
ルーレットやブラックジャックは運は勿論のこと、頭を多分に使うのでマッシュはルール説明の段階で意識を飛ばしてしまっていた。
だが、二つのサイコロの出目を競うクラップスというゲームがマッシュの才能とどハマりしてしまう。
説明自体もマッシュが難なく理解できるほど簡単なもので、ディーラー側とプレーヤー側が交互にサイコロを振り、出目を競う単純なゲーム。プレイ進行自体は単純であるものの、非常に様々な賭け方ができるため、初心者も上級者も関係なく、手軽にできると人気のゲームの一つだ。
本来なら、ディーラー自身も運が試される確定要素の無いゲームだが、それがイカサマ可能となるなら話は変わってくる。「この才能は店側も欲しがるだろう」そう考えた上役は裏取引をしている人間を探し出し、店側にマッシュを売り込んだ。最初こそ不審がってはいたが、その実力がどんなものかを見せてしまえば後はトントン拍子で話は進んでしまった。
そして、本日がマッシュが店で働く最初の日だ。
まあ、二日目は存在しないし、させるつもりもない最初で最後の日である。
最初から、今日この時までレインは一貫して納得していなかったのだから、当然の判断だろう。
一日許しただけ寛容だと褒められていいくらいだと思っている。
不満を隠さないまま、店側と接触させた時と同じ変装をレインがマッシュへと施す。
表情の無さから、どうも凡庸なものといった印象を抱かれがちではあるが、マッシュの顔立ちは元から整っていた。ただ、周りの近しい人間以外が気づけなかっただけで。そこに、目尻の輪郭を変えて薄く朱を加え、本来はない新たな特徴を書き足す。目の下にそれとわかる泣きボクロ、シェーディングで今あるものよりもクッキリした顔立ちを演出させる。
あとは、服装を変え、髪型を弄り、顔の痣の形を変える。
そこまでしてしまえば、普段のマッシュとはかけ離れた雰囲気の人間が出来上がった。
ここまで変化すれば気付ける人間もいないだろうと思えるほどに。
出来栄えは上々。良すぎて表に出したくない⋯できる事なら人目にだって触れさせたくはない。
惚れた弱みももちろんあるだろうが、それを抜きにしたって人目を引くのに十分すぎる完成度だった。
眉根を寄せるレインの葛藤など知らず、マッシュだけは普段と同じ態度で鏡越しにレインへと話しかけてくる。
「あの、今日はレインくんが来るまで、僕は大人しくしていればいいんですよね?」
「そうだな、店側の出す指示に従っとけ。お前は万が一のトラブルが起きた場合の念の為の配置だからな。証拠は現場のものだけで十分だろう。状況の確認が取れさえすればそれだけで摘発できる。だから、下手に荒立てようなんて考えるなよ」
常にトラブルの中心にいると言っても過言では無いマッシュには釘を刺しておかねばならない。
それで防げるとは思ってはいないが、「言われていないから」なんて言い訳ができないように先手を打つのは大事だ。
「レインくんは僕を何だと思ってるんですか?」
ムッとして言い返すマッシュへと、レインも即答する。
「グーパンで全て片付くと思ってる脳筋だな」
うぐっ、と言葉を詰まらせ「否定しきれない⋯」と呟くマッシュへと言い含めるように言う。
「お前はそれでいい。頭を使う面倒事は俺が片付けてやる」
マッシュの真価は、下手に頭を使わせようとすれば半減する。
そんな事は既にみんなが知っているし、知っているからこそ今更だれも求めたりしないのだと、まだわからないのだろうか?
仕方のない奴、とマッシュの頭を撫でてやれば、少し照れ臭そうにしながら「うす」っと返事が返ってくる。
「こっちも、できるだけ早く片付ける。だから、いい子にして待ってろ」
こくり、とマッシュが頷いたのを確認して、部屋の外に待機していた送迎役へと後を託した。
下手に長居してしまえば、送り出す事すらできなくなってしまうから。
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魔法局の人間数名と時間をずらしながら入店する。
入り口には変身魔法などを使用して身分詐称が行われていないかを探知する魔法がかけられていた。
あらかじめ情報としては聞いていたが、何重かにしてかけられている厳重な魔法の存在に一つ舌を打つ。
コレのせいで変装に魔法を使うことができず、面倒な手順と準備が必要になったのだと。
内心で悪態を吐きながら、素知らぬ顔をしてゲートを潜り、格台の品定めをしている風を装って店内をぐるっと一周する。
特殊な招待状でしか入店できないだけあって、入店時のセキュリティだけは厳重だった。
だが、管理が行き届いていそうなのはそこまでだったらしい。一歩入ってしまえば緊張感の欠片も無い空間が広がっていた。
荒事が起きた時用にと黒服の配置はされているが、余程のことが起きない限りは動きそうにない。
実際、声を荒げ客同士の押し合いが始まっていても、チラとも視線を投げる事すらしていないのだから、殺し合いにでも発展しければ止めない可能性すらある。
かろうじて無法地帯と呼ぶほどではない、そんな空間は常識が通用しないことも相まって居心地が悪い。
客の程度も知れ、働き手の態度にも、店内のやたら品の無い装飾の数々にも⋯考えれば考えるほどに嫌気がさす。
「こんな所、さっさと出てやる」と顔を顰めながら視界の端にマッシュを捉える。
あからさまな視線を送らないように気を配り状況を確認すれば、先に潜入済みの調査員の報告通り、マッシュはうまくやっているようだった。
だが、マッシュの背後に二人ばかり配置されているガタイの良い黒服に、レインは「報告にあっただろうか?」と疑問に思う。正直、主要部分のみを流し読みして、細部の確認を疎かにしてしまった自覚があるだけに、報告主を今罵倒するわけにはいかない。
(戻ったら確認して、報告義務を怠っているようなら締め上げてやる⋯)
レインが入店した段階で必要な調査はほぼ終了していた。だからこそ情報の見落としがあるのなら、それは気の緩みが引き起こした怠慢と変わらない。
⋯マッシュに関する事だから私情が挟まってるなんて事はない⋯と思う。
前述の通り、レインが入店した時点で必要な証拠は揃っている。調査要因ではないレインがここに来た目的はただ一つ、マッシュを回収する事、それだけだった。
元より調査員だけで十分と言われていたのを、「マッシュの迎えは自分が行く」と無理やりに調査員枠に捻じ込んだのだから当然のことではある。
マッシュのいる卓から人が捌けるタイミングを見計らい、入れ代わりにマッシュへと声をかけた。
「次、いいか?」
レインを見たマッシュは一瞬だけ驚いた様子を見せ、数回目を瞬かせた。
マッシュの反応は尤もなもので、レインもまた変装しているから一見しただけでは誰かわからない。
それも、マッシュを見送った後にした変装ともなれば、見慣れなさに驚くのも当然のことだろう。
金と黒のツートンだった髪は全て黒く染め、少しの前髪だけを残してオールバックにして纏めている。全て後ろに撫で付けてしまえば髪の長さを護摩化せるからだ。
そして、二本線は目立ってしまうからと、あえて一本は見えない様に化粧で巧妙に隠している。
見慣れた人間でさえも、口さえ開かなければレイン・エイムズとわかる者は少ないのではないだろうか。
マッシュは多少の動揺を残しつつ、「どうぞ⋯」と返しながら、しげしげとレインを見つめる。
その視線は、「全部終わったんですか?」と問うものだが、ここで下手な返しをすればマッシュの背後にいる黒服共に怪しまれてしまう。だから、この場に合わせた台詞をと、考え出たのがこれだった。
「お前を賭けて、一局願おう(撤収だ、俺に合わせて負けろ)」
マッシュと視線を交わらせ、言外に込めた意味を汲み取れと、「俺が何を言いたいかわかるだろう?」と無言の圧をかける。
ここでは、人権すらも賭けの対象。
すなわち、店のディーラーですら、欲しいと思う相手の賭けの対象なのである。
レインは潜入が決まった当初からマッシュの回収をこうしようと決めていた。どのみち違法の賭博場なのだから、道理に背いた行為こそ自然に見えるだろうと。マッシュも察して、こちらに合わせれば全てが穏便に片付くと、そう思っていた。
こんな場所からは、お前だって一刻も早く立ち去りたいだろう?そう目で訴えるレインをマッシュは見つめ返すと、考える素振りを見せる。
その様子は、明らかにレインの言いたい事を理解しているものだった。なのに、イタズラを思いついたような顔でマッシュはこう宣る。
「僕は安く無いので⋯⋯欲しいなら、実力で勝ち取って下さいね(僕、言いつけ通りいい子にしてたから、ずっと暇だったんです。だから、僕と遊んで下さい。レインくん?)」
レインの頬がピクッと引き攣った。
マッシュの言わんとしてる事をはっきりと理解したからだ。
(コイツ⋯帰ったら説教だけじゃ済まさねぇぞ⋯⋯)
声に出せない怒りに、ピクピクと痙攣しそうになる頬とコレでもかと深くなる眉間の皺。
数年前であれば、レインのこんな表情を見ては、ピャッと飛び上がっていた可愛げのある後輩は、もういない。
レインが怒っていることを理解しても尚、愉快そうに試すような視線を寄越すコイツを完膚なきまでに負かしてやる⋯⋯。そう決意すると、レインは用意されている椅子へとドカッと座る。
マッシュにも、他の誰にも言っていない秘密がレインにはあった。
幼少期よりこちら、“賭け”とつくもので負けたことはなく、どんな劣性も覆せるだけの強運がレインに味方する。
それが“分かっている”から、悪用も乱用もしてこなかったし、できる限り周囲にも気づかれないようにしていた。
けれど、この場で隠す必要もない。
いや⋯⋯今、必要がなくなった。
「レインくんが遊んでくれる気になった」と口の端を緩めているマッシュには悪いが、この手の勝負で俺は負けた事がない。
お前の手元が狂うのが先か、俺の運が尽きるのが先か、勝負してやろうじゃないか⋯。
こうして、前代未聞、前人未踏の対決の幕が上がることとなった。