脳筋二人とドラゴン討伐依頼 閑話こちらはpixivと、たぶんこちらにも載せてあるはずの【脳筋二人とドラゴン討伐依頼】の閑話となりますので、そちらを読了頂いた方向けのお話になります。
もし、脳筋二人と〜の方を未読の方は、そちらの方を読了頂けると幸いです。
後日、pixivの方にもアップ予定ではありますが、このままか多少の変更を加えるかが未定の為、マッシュ受イベント開催記念に便乗して一時的な先行公開失礼します!
では、本編へどうぞ↓
マッシュとレインが現地へと向かい少し経った頃、レインの魔力を微かに感じた。
普段と比べたらおとなしすぎる程の魔力量。
ドラゴンの特性を考えれば主な攻撃手段をマッシュに託すのが最適解ではある。しかし、あのレインが守り役になる日が来ようとはと内心では面白くて仕方がない。
ちょっとした冗談まじりに盾と矛の役割分担をしてみたらどうかと提案したが、まさか採用されようとは⋯。
ここから見れないのが残念だなと思ったのも束の間、魔力の気配を感じてから僅か数分程度で決着がついてしまったらしい。大きなモノが叩き落とされた時に聞く衝撃音とその後に訪れた静寂。
御伽話では誰もが手に汗握る展開で語られているドラゴンとの対決は、随分とあっさり終幕を迎えてしまった。
世界を救った英雄は流石と褒めれば良いのか、あまりにも簡単そうに片付けられてしまった事に呆気に取られれば良いのか、非常に悩ましい所だ。
この後、レインとマッシュがドラゴン討伐の報告をしに戻ればそれだけでこの任務は終了となる。
予想よりもかなり早い撤収になりそうだとライオが気を抜きかけた時だった。
これまでの静けさが嘘のように激しい音が森中に響き渡り始めた。かなり離れた場所のはずなのに、風に乗って届く音は木々を薙ぎ倒し地面が抉られている事を容易に想像させる。
「あの子ら、何やってんの?」
ライオの疑問はもっともなものだ。
感じる魔力は間違いなくレインのもの。それも、先ほどと比較するのもアホらしいと思える魔力の強さ。
まさかドラゴン討伐で不測の事態が起きたのかと、今から駆けつけて助力すべきかと考えを巡らせたが、届く音の激しさとレインの魔力の放出量に妙な既視感が頭を過ぎる。
あまり思い出したくはない、できれば眠っていて欲しい記憶。
しかし、鮮明に焼き付いた記憶は一つのきっかけで芋蔓式に引き出されてしまうもの。
音と気配、それだけあれば容易に思い出してしまう。
──そうだ、これはレインとマッシュが魔法局で喧嘩して暴れている時によく似ている──そう思い当たったライオの顔からは、表情がごっそりと抜け落ちた。
普段の二人の喧嘩は誰が見ても痴話喧嘩とわかる内容のものだ。
レインがイーストンを卒業してから始まるようになって、現在まで続く痴話喧嘩。
初期の頃は、世界を救った実力を見せて尚、マッシュに対し不満や疑念を持つ人間は少ないながらもまだ居るそれらをレインは許容できず、魔法不全者差別と受け取れる差別という差別を無くそうと躍起になっていた。
彼はマッシュのような魔法不全者が、などとは言わない。大枠での解釈なら間違っていないそれも、レインにとってはただマッシュ一人の為だけの行動であり、それ即ち自身の為だと本気で思っている。最終的に自分が守れるものの少なさを既に知ってしまっているだけに、自分の腕に抱えられる範囲の大事なものだけでもと、とことん守ろうとした。
名誉も、誇りも、尊厳も、その心さえ。何一つとして金輪際踏み躙られることが無いようにと。
学生だった頃では時間が足りず、卒業してから学業に割かなくてもよくなった時間分をこれでもかと注ぎ込むほどに。
その結果として、仕事が増え、睡眠時間は減り、恋人との逢瀬の時間も減るという本末転倒ぶりを発揮してしまい、マッシュは少しばかり拗ねてしまったのだそうだ。
余談だが、レインがそんな時間を作ってしまったが為に「レインくんが構ってくれないのどうしたらいいと思う?」と仲のいい動物達に聞きまわり、『そんな男は捨ててしまえ』と揃って言われてしまっていたと後から知り、レインの執着を知る関係者は総じて青ざめたのは懐かしい記憶だったりする。
だから、卒業後に会える時間が減ってしまっていたそんな時に、レインを止めて欲しいとお願いが来た時にマッシュは一瞬の躊躇もなくレインの元へと赴いた。
マッシュに要請を出したのはライオだった。レインとマッシュの二人の事に関わるのは面倒そうだと、我関せずを通そうとする神覚者達に頭を抱え、仕方がないかと自分で請け負ったのだが、この判断を後悔するのも早く、他の神覚者たちの危機察知能力の高さに舌を巻くのもそう遠くない。
訪れたマッシュへ説明をしながらレインの元へ案内したのも、状況確認も含めてその場に残ったのもライオだった為、初期の喧嘩の原因はよく覚えている。
義務的な挨拶をした後、与太話など知らんとばかりにマッシュは本題に切り込んだ。
「レインくん、きちんと休んでください」
マッシュの発言に、余計なことを言ったなと睨んできたレインに軽く肩をすくめて返せば、顰められる眉。
逸らされたレインの意識を戻すために、続けて発せられたマッシュの声はどことなく不満そうだった。
「レインくん?いま話してるのは僕なんですが?」
「⋯⋯やる事が片付けば休むさ。今はまだその時じゃないってだけだ」
「キミが何をしてるか聞きましたけど⋯⋯キリが無いでしょう。放っておけば良いのに」
心底どうでも良いと思ってる。そんな言葉の響きにレインだけではなくライオも多少なりとも驚いていたが、下手に口を挟むのはどうかと、とりあえずは見守る姿勢を保つ。
「⋯⋯お前の事を悪く言うようなやつを野放しにできるか⋯⋯」
「どうにかして欲しいなんて頼んでませんし、僕は気にしません」
「俺が気にする」
「どうして?」
マッシュの問いに、見守っていたライオがレインへと憐れみの目を咄嗟に向けてしまったのは、レインの男心がわからないでもなかったからだ。
これだけ頑張って、当の本人から「どうして?」ときた。
本人の理解が得られない所か、ほぼ否定されてしまうのはさぞ辛かろう。
精神的ダメージを負ったのでは?と少し心配したのに、猪突猛進系一本気男は並の精神ではなかった。
全くもって心配損だった。
「どうしてって何だ?大事なヤツを悪様(あしざま)に言われて平気なわけがないだろ」
「まあ、そう言われてしまうと気持ちはわかるんですが⋯⋯それでも、やり過ぎです。ちゃんと休んで、僕にも構って欲しいのに、レインくんは全然じゃないですか⋯⋯」
「それは⋯⋯」
「会いにきてもくれない⋯⋯」
おっと⋯⋯なんか急にしんみりするな?というか、二人ともそんなキャラだったっけ?恋は人を変えるの典型だったりするのだろうか?
突然の急展開についていけないながら、それでもレインの動揺ぶりは一目瞭然で、よし、そのまま押せば行ける!頑張れ!と、マッシュを応援した。
「悪いと思ってる⋯⋯だが⋯⋯」
この期に及んでも渋るレインにくるりと背を向けたマッシュの表情はライオからよく見えた。
「⋯⋯本当は、もう僕に会いたくないんでしょう⋯⋯」
言葉とは裏腹に、少しわくわくした雰囲気を出しているマッシュに、おや?と僅かに首を捻る。
「そんな訳があるか!」
マッシュに背を向けられ、表情が見えないレインは言葉通りに受け取るしかない。
そんな今にも別れ話にも発展しかねない発言をされたら語気に力も入ってしまうのもよく分かる。
ただ、今いる自分の位置から見える二人の対比があまりにも違い過ぎて、内容が全然入ってこない。
「だって、レインくんは仕事仕事で、僕よりお仕事の方が大事なんでしょう?」
マッシュの続けたセリフ自体は恋人をなじる定型文じみたものだが、マッシュの性格上とても違和感がある。それに、ライオは見ていた。さっき以上にわっくわくしながら、小さくガッツポーズしている所を。
全てを見ているのはライオだけ。となると、もちろんレインの反応は月9のシリアスシーン張りに緊迫しているわけで⋯⋯。
「違う!俺は、お前を、守りたくて⋯⋯」
ガタンッと立ち上がり、必死に言い募るレインと、よくわからない達成感に通常より瞳が輝いているように見えるマッシュを視界に捉え、ライオの感情はぐちゃぐちゃになっていた。
温度差!温度差が酷い!!もう、どっちに肩入れしたら良いのかがわからん!!
ライオの情緒を置き去りに、自体は七転八倒していく。もちろん、倒れるのは傍観者のライオのみの高速七回転。ぶん回す方はお互いしか見えてないので、当然周りへの配慮などあるはずもなかった。
「は?守る?僕より弱いのに?レインくんに守って貰わなくても自分で何とかしてみせますよ」
鼻で笑い、レインへと向き直る時のマッシュは、先ほどの楽しそうな雰囲気を潜ませて挑発するように笑っていた。
「上等だ。確かに、お前に勝てる気はしねぇが、負けるつもりもねぇ」
マッシュの言葉と態度に煽られたのか、レインも平時の口の悪さで言葉尻に怒気を滲ませている。
待ってくれ⋯⋯。君たち会話って知ってる?何がどうなってそうなるんだ?二人とも沸点がどこで、何が地雷なのかはっきりさせて欲しい。もう、ついていけない⋯⋯。
と言うか、このまま別れたりしないよな?もうそんな雰囲気漂ってない??
ライオの心配もなんのその。やはり二人は常識如きに囚われないある意味でも超人だった。
「なら、僕と力比べします?じゃあ、僕が勝ったらちゃんとお休みして、僕にも構って下さいね?」
「勝とうが負けようが、テメェがうんざりするぐらいには構い倒してやる。だがな、俺がお前を守るだけの権利と実力が無いとは言わせねぇ。そこは撤回しろ!」
そうして、レインが杖を構え、魔法を放った瞬間から物理的な二人の喧嘩が始まった。
ライオは思った。なんで??と。
途中まですごく良い感じだったように思う。穏便に事が運びそうなそんな展開だったのに、転機が訪れたとすれば「仕事と私のどっちが大事なの!?」みたいなくだりからだろうか?マッシュがどこかで覚えてしまった悪ノリを披露する機会を虎視眈々と狙っていたとしか思えないが、今はやめて欲しかった。そこから謎の煽りあい。普通なら、そこで喧嘩に勃発が一般的に多い流れだろう。売り言葉に買い言葉で収集がつかなくなる。今よりもっと若輩だった頃に自分が経験したからこそ、そうなるのではと危惧した。なのに⋯⋯二人は最終的にイチャつく事を確定させた後に、物理的な喧嘩をおっ始めてしまった。
会話の全文読み解いてしまえば、ただのバカップルの会話でしかなかったはずなのに、ねえ、なんで??喧嘩する必要なくない??と、ライオには何も理解できなかった。
そんな始まりが約一年半ほど前にあった。
あの二人はどちらも力技でカタを付けようとする悪癖があり、加えて周りが見えなくなると周囲の話も聞かない。
力でぶつかり合う二人を止めようとするなら止める側も実力行使で行くしかないのだが、それをしてしまうとさらに被害が拡大してしまう焼け石に水状態になってしまう。
初期の頃はそれはもう被害が酷く、局員達は頭を悩ませた。
喧嘩の度に局の一部が倒壊するので修繕費も馬鹿にならないし、なにより、ただでさえ忙しいのに更に仕事が増える。他の神覚者を呼んでも被害は拡大する一方で、何の解決にもならず、結局は自然と収まるのを待つのが無難と諦めた。
だが、何事にも限度というものが存在している。
削られるメンタルと休憩時間、増える仕事量と残業時間。頻繁では無いとはいえ、局員たちの精神は限界だった。そんな折にまた起こった喧嘩騒動に局員達は泣いた。年甲斐もなく「やめてくれ、もう限界なんだ」と大声で叫び、床を転げ回って泣いていた。
ライオも、なんとかして欲しいと泣き付かれ、ある意味きっかけを作ってしまったようなものだからと、僅かばかりの罪悪感でもって何度か馳せ参じて見た光景は、正直、地獄絵図だった。
そんな限界も限界を迎えようとしていた時、彼らの救世主が現れる。
レインの弟でありマッシュ本人も認める親友フィン・エイムズが「兄さまに届け物があって」とやって来たのだ。
"あの二人を止められるのはもう、この人しかいない"そう直感で感じ取った局員達は号泣しながら全力で説明した。嗚咽混じりに、息も絶え絶えになりながらも最後まで説明しきった。そして、土下座する勢いで「どうか、どうかあの二人を止めて下さい」と懇願した。大の大人が、まだ高校に在学中の少年に平身低頭懇願した。プライド?そんなものとっくの昔に擦り切れている。
そんなみっともないと言われても仕方がない大人の願いを「ちゃんと止めてくるので安心して下さい」と笑顔で言い切った少年のなんと頼もしかった事か。
局員達は、菩薩が降臨したかの如く拝んだ。彼の姿が見えなくなるまで──いや、見えなくなってからも彼が消えていった方角を拝み続けた。
そんな祈りが実ったからか、フィンは約束通りに局員達の願いをちゃんと叶えてみせたのだ。
止めただけに留まらず、二人を正座させ切々と言い聞かせるように説教までして、「迷惑かけた局員の皆さんにちゃんと謝って」とまで言ってくれた。
今までの局員達の心労が少しだけ報われたような気がして、また泣いた。今度は嬉し泣きだ。
それからは、二人がちゃんと話を聞く唯一の相手であるフィンが喧嘩の度に緊急招集され、ついには彼専用に瞬間移動用の転送ゲートまで作られた。
即座に二人の喧嘩を仲裁する、ただその為だけに⋯⋯。
そのお陰もあり魔法局内の被害は軽微で済むようになって久しいのだが、現在の問題はそこではない。
あの二人、また喧嘩してる?なぜ?何が原因で?
残念ながら思い当たる節はないが、二人の喧嘩はいつも些細なきっかけで起こるので予測や憶測は当てになった試しがない。
レインの弟くん曰く、「喧嘩の体を装ったコミュニケーション」がほとんどらしいのだが、たぶんあの子以外にその見分けは極めて難しいだろう。
今の二人の状況が緊急事態なのか、ただの痴話喧嘩なのか、ライオが見分ける術は持っていない。しかし、緊急事態でなかったとして、この森の中でそんなはた迷惑な喧嘩ができるものだろうか?と考え、あの二人ならやりかねないと即座に思い直す。
考えは迷走したまま、ライオが悩む間にもレインの魔力量は増していく。
喧嘩のレベルではない。小さな町なら軽く吹っ飛ぶ程の力の出し方に、内心の冷や汗が止まらない。
だめだレイン、それ以上はいけない。
山の一部が平地になってしまう⋯⋯。
ライオの願いも虚しく、跳ね上がるレインの魔力の気配にoh⋯⋯と片手で顔を覆った。
これに対抗するなら、マッシュもそれなりの対応をとる必要がある。そうなると、この山は無事では済まない。
もう既に無事ではないかもしれないが、上には上があるものなのだ。更地ならまだ良い。クレーターにでもなったら目も当てられない。いくつかの街へ供給されている地下の水脈を傷つけてしてしまう可能性だってある。
ドラゴンはどうなった?
喧嘩の原因は?
山は無事なのか??
言いたい事も聞きたい事も尽きないが、自分が今この場を離れる訳にはいかない。その現状がもどかしくて仕方が無かった。
「あの二人、何してくれてんだ⋯⋯?ちゃんと説明はあるよな?⋯⋯いや、そもそも二人に任せたのが間違いだったのか?これは、俺の責任になるのか⋯⋯?」
苦悶の表情を浮かべ、自問するライオの元へレインが来るまで、あと十五分。