誰も僕の大丈夫を信じてくれないし、僕にはなにもわからないマッシュは今朝も日課となっている筋トレを行っていた。
いつものルーティンをこなして身体が程よく温まってきた頃、不意に吹いた日差しに温められていない風が鼻先をくすぐり、鼻にムズムズとした感覚が襲ってくる。
(あっ、これは、まずいかも⋯)
マッシュが内心でそう思うとほぼ同時に、鼻と口元を手で押さえたが、クシュっと小さなくしゃみが出てしまう。
何とか堪えたかったが、突然の生理現象では防ぐのには限界があった。
⋯⋯あぁ、とうとうやってしまったかと、つい一週間程前の出来事をマッシュは思い返す。
以前、同じようにくしゃみをしてしまった時は、仲の良い友人たちがそれはもう大慌てしてしまったのだ。
もしかしたら、風邪を引いてしまったのではないかと、暖をとらせる為だったのだろう、手始めに有無を言わさず三人分のローブを被せられた。
ランスとフィンにはやたらテキパキと熱と脈を測られ、ドットには身体が冷えてはいけないからと生姜紅茶を用意され、飲み干すまで三人がかりで見張られてしまうし、フィンから連絡が入ったのだろうレインが飛んできては、青ざめた顔で「頼むから無理はするな」と小一時間かけて懇願されるといった事があったばかりである。
マッシュがどんなに「思い過ごしだと思う」、「大丈夫だから」と言っても、「もし、ここから重篤な病気になったらどうするんだ」と心配され聞く耳を持ってもらえなかった。
まぁ、皆は心配して言ってくれてるのだし、皆の不安が少しでも軽くなるのならと「気をつけるね」とその時は流した。
そう、流してしまった。
まさか、周囲の人間がそこから加速度的に過保護になっていくなどとは思ってもいなかったから。
⋯⋯決して、「みんな、ちょっとめんどくさ⋯」などと思って放り出したかったからではない。
以前はくしゃみの一つであれだけ慌てていたのだから、これはまた同じように煩くなってしまうのでは?とマッシュは考える。それが嫌で、仲のいい人のいる場所では小さなくしゃみもしたくなかったのにと思っていた。
それなのに、とんだ大失態をしてしまった⋯。
恐る恐るマッシュが背後を振り返れば、そこにはレインとランスの姿があった。
ここ最近は見張りの如く筋トレに付き添う頻度の高い二人であり、体調管理に最も口煩い二人でもある。
そんな両人が生気があるかどうかも怪しいと感じる程に顔面蒼白になり、悲壮感を漂わせる姿に「あれ?思ってたのと違うな?」と疑問に首を傾げる。
以前は口うるさくはあったが、今は静かだし⋯⋯なんか二人の方が具合悪そう⋯⋯。
観察するようにじっと見つめ、「あっ、レインくんと目が合ったな」と思った時には、もう、制止が間に合わない状態である事にマッシュは気づけなかった。
この後の二人の行動は素早かった。
そりゃもう、素早すぎて“待って”のまの字すら発する隙がなかった。
ランスが懐の杖をブルブルと震える手で鷲掴み、杖を振り上げれば緊急用の信号弾が花火よろしく軽快に打ち上がる。本当に、比喩とかでなくスターマインレベルで盛大に打ち上がっている。
「アレはなんなのだろう?」とマッシュが上に気を取られていると、ランスが杖を掴むのと同時に動き出していたレインに、軽快な足払いをかけられてしまった。突然空に投げ出されたように傾ぐ身体に「!?」と咄嗟に反応できずにいると、レインの腕にそっと抱えられ、芝の上に横たえさせられてしまった。
もちろん、床に直に横たえさせるはずもなく、レインは自身の羽織っていたローブをむしり取り、マッシュを横たえる直前に下に敷くといった用意周到さを披露している。
流石と言うべきか、魔法使いの中でも珍しく近接戦闘にも秀でた戦法をとれる肉体を持ってるだけあって、動きのキレが違った。
上に気を取られていたとはいえ、生き物の動く気配に敏感なマッシュが、一瞬とはいえレインの行動を察知できていなかったくらいには俊敏だった。
ただ、マッシュには現在起こっている事象が何なのかがわからない。
もう、わからないことしか起こっていない。
レインが勢いよくローブをむしり取りすぎて、一緒に巻き込んで掴んでしまっていただろうワイシャツのボタンがブチブチィッと子気味良い程の音を立てて、二、三個弾け飛んだけれど、彼が果たして気付いていないのか、気にしていないだけなのかがわからない。
そして、かろうじて目で追えた弾け飛んだボタンの一つが地面にめり込んでる。あれは、どれだけの速度で飛んだらあそこまでめり込むのだろうかと、何も理解できない。縦ならまだわかる気がしなくもない。しかし、実際にめり込んでいるのは横の平たい面積部分なのだ。意味がわからない。人に当たれば死んでしまうのではなかろうか?
いずれ、レインくんがローブを脱ぐだけで死人が出る日が来るかもしれない⋯⋯。
想像していたものとあまりに違いすぎる流れに、事態の把握ができずに混乱し、めり込んだボタンに気を取られたままのマッシュを置き去りにして事態は更に深刻化していく。
「弟を、フィンを早く呼んで来い!」
「すぐに連れてきます。それまで、これを⋯⋯マッシュに掛けてやってください」
ランスが深妙な面持ちで自らの羽織るローブを脱ぎ、レインへと渡した後、一つ頷くとフィンが居るであろうアドラ寮へと踵を返し走り出した。
「あっ、ランスくん行っちゃうんだ⋯」そんな気持ちでなんとなく目で追った背中が、それはそれは見事なフォームで駆けて行く姿を視界に映した。
スピードといいフォームといい、「あれは、陸上競技で走った方がいいと思う」と思っていたら、視界から消える直前に、岩の障害物を避けるのに木を蹴り上がり速度を殺さぬよう枝を伝って華麗に一回転で回避し、降り立った受け身の反動のまま走り去っていく姿を最後に見えなくなった。
まるで、初めから障害物なと無かったかのような身のこなし⋯⋯彼はパルクールでも始めたのだろうか?果たして、その特技を活かす場所はそこで良いのだろうか?謎は尽きない⋯⋯。
ちょっと何が起きてるのかわからないけれど、「ランスくんには陸上競技とパルクールのどっちを薦めたらいいと思いますか?」とレインに尋ねようとして視線を戻したが、物凄く具合の悪そうな顔色をしながら、ファサッとランスのローブをマッシュの身体の上に掛けてくる。
このローブ、具合悪そうなレインくんが羽織った方がいいと思う。僕は運動のあとで暑いくらいだから⋯⋯などと口を挟める雰囲気ではなかった。
ガタガタと震える手でマッシュの右手を両手で握り、祈るように額へと押し当てるその姿からはもの凄い悲壮感が伝わってくる。
(これは、何??一体、何が起こっていると言うのか???)
そう思っていれば、レインが痛切に叫んだ。
「俺を置いて、死ぬな、マッシュ!!!」
「死にませんけど??」
(なんなら、100歳まで健康に生きる所存ですが?)
“何言ってんだこの人?”の気持ちでレインを見る視線は呆れ返ったものになってしまう。
くしゃみで肋骨を折る人間は居るらしいが、死んだ実例など聞いたこともない。
どんなアクティブデンジャラスなくしゃみをすれば死ぬのか、いっその事教えて欲しいくらいだ。
「お前が死んだら⋯俺もすぐに後を追う!独りで逝かせるわけがないだろう!!」
(あれ?僕の声聞こえてません?レインくん、僕の声が聞こえていらっしゃらない??)
これは完全に、聞く耳を持っていない。そうなってくると、言っても無駄かもしれないが、マッシュにはどうしても聞き逃せない一文があった。だから、通じないとしても、せめてそこだけは主張しておかなくては、と使命感で口にする。
「レインくん。僕としては、僕が万が一死んだとしても、大切な人たちにはその後も元気に生きててほしいです。⋯いや、そもそも死にませんけどね?」
「死ぬなんて滅多な事言うんじゃねぇ!」
怒鳴られてしまった⋯。
何この理不尽⋯⋯。
(なんで今、僕怒られたの??)
マッシュの脳内は疑問符で埋め尽くされていた。
違うと言っているし、それに人の話は最後まで聞いてほしい。
あまりに話が通じなさすぎてちょっと怖いが、それと同じくらいに不満もあった。
「ピンポイントネガティブワードだけを都合よく拾い上げる耳なんて、今すぐ捨ててしまえ」そう心で念じてしまうくらいには恨みもこもっていた。
「クソッ、フィンはまだか⋯」
焦燥に駆られた声を出すレインに「いやいや、まだ一分も経ってませんからね?」と思っていたのだが、何やらバタバタと複数の足音が聞こえてくる。
さっきの軽快に打ち上げられてしまった、信号弾?を見てスタンバっていたのだろうか?確かに無視できないレベルで目立っていたとは思うが、それを加味したって速すぎやしないだろうか?
それにしても、足音が多くないかとそちらへと目を向ければ、ランスくんを筆頭にフィンくん、ドットくん、マックスセンパイまでいるではないか。
いささか大袈裟すぎる人数が集まってしまってはいるが、マックスセンパイもいるのだから、レインくんのこのおかしな言動や行動を止めてくれるだろうと一安心した。
けれど、物事はそう上手くは運ばないものであると、マッシュはこの日痛感することになる。
ドットくんとマックス先輩は部屋から持って来たのだろう掛け布団を抱えていた。
二人がなぜ布団を抱えているのかも気になるが、マックスセンパイの抱えてる布団がどう見たってウサギ柄で、もしかしてレインくんの布団引っぺがしてきたのかな?という事も気になって仕方がない。そんな、自前か借用したものかわからない布団の行き先を目で追っていれば、ランスくんのローブの上にぱさり、ぱさりと追加で掛けられてしまった。
布団の終着点、まさかのここだった⋯⋯。
ローブだけでも暑かったのにもはやサウナ状態だ。
まさかの絶望のミルフィーユに二の句を告ぐ事ができない。
(なんて余計なことをしてくれる)
やってくれたな⋯⋯そんな思いで二人をジト目で見たのに、なぜ二人揃って哀れなものを見るような目をしているのだろう?そして、二人顔を見合わせて一度首を振り、揃って頷く仕草をしているのは何?
二人で分かり合ってますみたいな世界作ってないで、レインくんのこの暴挙を止めて欲しい。ドットくんには無理でもマックスセンパイにはできるって信じてる、僕。
途中からは祈るようにマックスを凝視していたというのに、一度も目が合う事がないままランスに引き離されてしまった。
⋯いや、待ってランスくん。二人を連れて行かないで。ドットくんは最悪持って行っていいから、マックスセンパイはここに置いていって⋯⋯。
マッシュの願いも虚しく遠ざかっていく三人⋯⋯正確には、遠ざかる二人と後ろ襟を掴まれ引きずられる一人。
その三人と入れ違うようにレインの対面に膝を付いたのはフィンだった。
「兄さま、ランスくんから全部聞いてるから、あとは僕に任せて」
力強い瞳で宣言するフィンはとても頼もしかった。
少なくとも、マッシュ以外には。
けれど、マッシュにとっては困惑が増す要素でしかない。
フィンが得意としているのは回復系の魔法のはずで、現在のマッシュは何処も悪くは無いし、かすり傷の一つだってついていない。至って健康体のマッシュにフィンができる事は何もないはずだと。
「あの、フィンくん。僕なんともないから、大丈夫だから」
「マッシュくんが、いつも大丈夫って無茶ばかりするの、僕知ってるからね?こんな時くらい僕に頼ってよ」
それはそれは慈愛に満ちた優しい表情で言われてしまった。
「こんな時とは、一体⋯?ねえ、ランスくんはどんな説明したの?僕、本当になんともないんだけど」
無理しないでと言われたが、本当に意味がわからない。
それと同時に「キミもか⋯」と諦めにも似た感情が去来する。
心の何処かで、みんなは話を聞いてくれないけれど、「フィンくんなら⋯⋯僕の親友なら、もしかしたら大丈夫かもしれない」そんな思いもあったというのに、わずかな希望さえ消え去ってしまった。
そんなマッシュとは反対に、希望と決意を胸にフィンは杖を握りしめる。強い光を瞳に宿し、二本目の痣の出現と同時に発動するセコンズ(バタフライ・サニタテムズ)。
くしゃみ如きに使って良い魔法ではない。
そう慌てふためいたのはこの場ではマッシュだけだった。
「いや、あの、本当、大丈夫なんで!」
「おいっ、暴れんじゃねぇ!大人しくしてろ!」
咄嗟に起き上がろうとしたのに、レインには全力で抑え込まれる。
(フィンくん、現在進行形で無駄な魔力消費しまくってるんですけど!?絶対止める方間違ってる!!)
早くフィンくん止めないと!そう思っているのにレインが邪魔をするし、なかなか押し返せないのがもどかしい。
いくら体勢的な不利があろうとも、絶対に僕の方が力は強いはずなのだ。
それが!こんなにも!動かない!!
人のことを散々、馬鹿力とか言うけど、レインくんだって大概だろう。
あっ、でもあと少しで押し返せそう⋯。
そう思っていたのに、杖を携えたランスが近づいて来たのが視界の端に映った。
さっきまでの行動から推察しても、今のランスくんは僕の味方ではないと直感が告げている。だとしたら、彼お得意の重力魔法でもかけるつもりかと身構えていたのだが、レインの抑えつける力がグッと増した事でマッシュは気付いてしまった。
これ、身体強化魔法ってやつなのでは?と⋯。
ランスはよりにもよって、ただでさえゴリラなレインに身体強化魔法(極)をかけたのだ。
もうゴジラと変わらない。
大きさとかそんな安易な問題ではなく、存在が与えてくる重量感と威圧感の方がだ。
夜のレインくんのレインくんだってもう少し慎ましやかにしてくれていると言うのに、本体の容赦の無さももうちょっと落ち着いてくれたっていいじゃないですか!
もう、そう叫んでしまいたかった。けれど、今のマッシュにその余裕はなかった。
実質、ランスとの二人がかりの抑え込みにマッシュが必死で抗い、それを周囲の人間が固唾を飲みながら見守るといった状況が出来上がってしまったから。
そんな中、これまた決死の思いで治療行為に当たっていたフィンの手から杖が滑り落ち、杖はカランッともの哀しげな音を立てて転がった。フィンの動きは数秒間止まり、絶望に見開かれた目に涙を浮かべてブルブルと震える両手が口元を覆った。
「どうして⋯」と掠れさせ、発する声には落胆と焦燥が滲んでいる。
フィンのその様子に誰よりも焦ったのはレインだ。
フィンの回復手段が優秀なのはレインが誰よりも身を持って知っているし、そのフィンが大事な杖を取り落とす程に混乱している。それが不安を助長させていた。
「おい、フィン?どうした!?」
「兄さま⋯どうしよう、僕の魔法が効かない⋯マッシュくん、こんなに苦しそうにしてて汗が止まらないのに⋯どうしよう⋯」
フィンの証言は何ひとつとして間違ってはいない。
だけど、一度冷静になって考えて欲しいとマッシュは切実に思った。
フィンくんの魔法が効かないのは、病気でもなければ擦り傷の一つもついていない状態で、治すところが存在しないから。
苦しそうで汗が止まらないのは、だいたいレインくんと布団のせい。
ちょっと冷静に見てもらえたらわかるんだけどな?
そして、見た上で想像してみて欲しい。運動直後の温まった身体にローブと布団を重ねがけされるとどうなるかを。
暑すぎて最早サウナ状態だし、息苦しさに息も上がって汗も止まらないの当然だと思うんだよね。
そして、さらに形勢が不利なコンボ状態でレインくんと⋯いや、強化ゴリラ⋯もといゴジラと力比べしなくてはいけなくなっているのだから、どうか察して欲しい。
今流れてる汗はただの新陳代謝だから。
代謝を止めようとしないで。体に悪いから。
そっちの方が問題あると思う。
どんどんと冷静さに磨きがかかっていくマッシュとは反対に、フィンのセコンズでも治らないと言う事実に、皆の悲壮感がいや増した。
マッシュの虚無感も増した。
諦めの境地で見回した先にある、鎮痛な面持ちで俯くマックスセンパイとランスくんを見て、「その顔したいの僕のほうなんですけど⋯⋯」と出かかった言葉はフィンの叫びに遮られてしまう。
「嫌だ、マッシュくんが死んだら僕生きていけない。僕もついていく!!」
マッシュに縋り付き、堪えてた涙をポロポロ流して取り乱すフィンくんには申し訳ないが、僕はまだ死ぬつもりはない。
そして、君たち兄弟はなぜ、似て欲しくない所ばかり似てしまうのか。
「一緒に生きよう」以外の選択肢以外受け取るつもりはないので、二人ともその激重信念を今すぐドブにでも投げ捨ててきて頂きたい。⋯と思ったが、モノは考え用という言葉がある。どうせ捨てるならオーターさんの所で「僕たちとっても仲良し!似た者兄弟!」とか手でも繋いでしてきて欲しい。きっと、弟さんに邪険に扱われ続けて、世の中の仲良し兄弟に並々ならぬ羨望を抱いている彼なら血を吐いて喜んでくれそうだから、ぜひ、そうして頂きたい。そこで捨ててきて。
出会った頃の蟠(わだかま)りが残っているだなんて、そんな⋯そんなまさか⋯⋯。
それから、傷心のフィンくんを見て、目元を覆うレインくんを視界に捕え無性にイラッときた。弾け飛んだボタンのせいで見える、あの無駄に整ったフェイスラインを作り上げている胸鎖乳突筋にすら無性にイラッとしてしまった。
泣きたいのこっちですから!!あと、フィンくんに要らん誤解与えたのだいたいキミのせいなんだが??と。ただ、筋肉には罪がない。そこだけ八つ当たりしてしまった事だけは申し訳なく思う。
歯をぐっと食いしばり、逸らした視線の先に見えたのはドットくん。
目に涙を湛えたまま唇を噛み締める姿は、それどっち?と思わず聞いてしまいたくなる。周囲の反応からすればマッシュを思っての反応だと思うだろうが、いかんせん彼の置かれている状況が特殊だった。未だにランスくんに後ろ襟を掴まれ、引きずられた状態でちょっと首がしまっているように見えなくもない。
もしかしてランスくんが身体強化魔法かけに来た時も、ドットくんは引きずられていたのだろうか?上にばかり気を取られていて気づかなかった。そうまでして離したくいほどに仲良しなのか。ただの嫌がらせなのかはわからない。
でも、ドットくん、唇ギッチギチに噛み締めて泣いてるから、そろそろ離してあげてもいいと思う⋯。
可哀想だから。
マッシュと他一名を除き、悲嘆に暮れる空気が一帶に充満していた。
それは危篤の人間を見守る病室内の空気に酷似していたし、送り出す心の準備ができていない者たちの様子そのものであった。
(死ぬなと言いながら、僕を着々と死地へ追いやろうとしてません!?これ??)
「いや、あの、死なないし、僕なんともないんですけど!?それと、みんな、少し前までは、もう少し僕の話聞いてくれてたよね!!?」
ここ最近で一番声を張り上げた気がする。
普段大きな声など出さないのに、頑張って主張したのに、その声が果たして届いたかすら怪しい。
だって、みんな聞く耳を持ってくれていないんだもの。
どうして、短期間の間に、ここまで重症化してしまったんだろう?
マッシュは泣きたい気持ちを堪えてこう思った。
僕にはなにもわからない