拝啓、泥濘の淵より簡素な鍵だった。
手描きの住所が記された楕円形のプレートが、細い針金で括りつけられた、ごくごく普通のサムターン錠。
きっと普段は、不動産屋の事務所の一角に、同じような鍵と一緒に並べられて壁につるされているか、引き出しに詰められているのだろう。
何となくそんな光景を思い浮かべてしまう程、ありふれた鍵だった。
指先でつまんだその鍵で、目の前の扉を開けて、強化ガラスの嵌め込まれた格子戸をスライドさせる。
空気が動いて、湿っぽさと埃っぽさとカビ臭さが混ざったような匂いが鼻をつく。
玄関を開けた先は昼間にもかかわらず薄暗い。
まず第一に、窓を解放して、空気を入れ替えたいなと思った。
「えー……」
用意していた撮影用のデジカメの電源を入れる。
5464