黒電話それは、避難誘導中偶然見つけた物だった。
大型ヴィランの進行方向の住民たちを避難させ、まだ取り残されている住民は居ないか確認している時の事。
暑い日だったからか、避難するときに戸締まりを怠ったのかはわからないけれど、その家はガラス戸が大きくあけ放たれていた。
不用心だなと思って覗き込んだ先に、今時珍しい、というかまず使えないのではないかという代物が有る。
「黒電話……?」
懐かしいを通り越して異様な物を感じた。
ネット小説で何度か見かけた、電話線を切断しても鳴る黒電話の話を思い出す。
いやまさか、鳴らないよな?
流石に置物だよな?
黒電話の中身の機械を外して貯金箱にしてる人、見た事有るもんな。
などと考えていたら、嫌な予感は的中しやすいもので
ジリリリリリン
ジリリリリリン
「おわぁっ!!?????」
鳴った。
やめてくれ本当に。
家の中に見えていた黒電話が確かに呼び鈴を重ねたような音を立て始めたのを確認して、俺はダッシュでその家から遠ざかる。
君子でなくても危うきに近寄らずだ!
それでなくてもこの夏は本当にあれこれ奇妙なことが有った。
これ以上怪異に巻き込まれてたまるか!
リトくんマナくんウェンくんが居なくても俺は危険を回避して見せる!
だってヒーローだから!!
先ほどの家からある程度ダッシュして、一応その間も逃げ遅れた人が居ないか見て回って。
避難誘導完了かなと思って無線連絡を入れようとした、その時。
また目の前にある民家が目に入った。
民家というよりは、古いアパートというか、文化住宅と呼ばれるタイプの建物だ。
年季の入ったドアが開け放たれていて、
その奥に黒電話が置かれていた。
認識した瞬間ぞっとする。
まさか、そんな、やめてくれ。
もうリアルに遭遇するオカルト現象はこりごりだ。
逃げようと思って背中を向けた瞬間
ジリリリリリン
ジリリリリリン
「うわあああああああああああああ!!!!!!!!!」
もうダッシュで逃げた。
避難誘導した住民たちが行ったはずの方向に全力で逃げた。
大型ヴィランの進行状況を最終確認しないといけない事はその瞬間頭からすっぽ抜けていた。
ヒーローモードに変身している時の俺は普段の佐伯イッテツよりも当社比2.5倍くらいは身体能力が向上するはずなので、多分その時の俺は世界のボルトもびっくりのスピードで下町の路地裏を駆け抜けていたと思う。
避難所に指定されている集会所まで走って来たら、入り口にマナくんが居た。
「テツ、避難完了連絡来てないけど、どうした?」
そこで俺はようやく、自分が避難完了連絡を忘れて此処まで走ってきたことを思い出す。
「あー……ごめん忘れてた」
「あかんで、そういうとこはしっかりキッチリやったらんと。まあ、住民名簿で全員確認取れてるからギリセーフやけども」
「うっわ、ありがとうマナくん!報告書後で俺が書くから!」
「おー頼むわ」
仲間の優しさに助けられた感じがして、もうしばらくはマナくんの自宅方向に足を向けては眠れないな、と考えた瞬間だった。
ジリリリリリン
ジリリリリリン
鳴ってはいけない音がした。
嘘だろ。
「……え……」
電話のベルの音が、俺自身の変身デバイスから、そう、携帯電話型のそれから発せられている。
「テツ、お前のデバイスそんな音鳴るんやっけ?」
マナくんも違和感を覚えたのか、俺の腰にぶら下がっているデバイスを指さす。
彼にも聞こえていると言う事はこれは幻聴じゃない。
「え、これ、電話出たくないんだけど」
デバイスの画面表示を見る。
基本顔文字が浮かんでいるはずのそこには、謎の記号が羅列されていて、判読は不可能だった。
ジリリリリリン
ジリリリリリン
電話のベル音はまだ鳴り響いている。
嫌だ、出たくない。
出来る事なら今すぐこのデバイスを破壊して、物理的に終わらせてやりたい。
でも変身デバイスを故意に破壊するのはヒーロー活動において絶対にやってはいけない事の一つだ。
最悪背信行為を疑われかねない。
ああ、でも、この状況はどうなんだろうか?
不慮の事故とか、不測の事態とか、そういう場合に該当しないだろうか。
「マナくん、俺これ出たくない…」
「ああー……そっち方面の可能性?」
情けなくも泣きそうになりながらマナくんの顔を見て訴えると、どうやら察してくれたようでバイザーの下の眉が下がるのが見えた。
ジリリリリリン
ジリリリリリン
ベル音はまだ鳴りやんでくれない。
本当になんでこんな時に、とため息が漏れそうになる。
ヴィラン相手に気を抜いてはいけないこの状況で、なんで危機の上乗せをされないといけないんだ。
知ってるんだぞ、この手の電話は絶対に出たら終わる。
終わるって何がって、要は死亡フラグ的な物が降りかかって来るって意味だ。
ホラー映画の定番の展開だ。
電話が掛かって来るホラー映画もいっぱいある。
だから俺は絶対に、この電話には出ない!絶対にだ!!
ジリリリリリン
ジリリリリリン
「いい加減しつこいんだよぉ!」
もうこうなったら始末書上等だ
鳴りやまないデバイスを腰のベルトから半ば引きちぎるように外して(多分、金具が一つ壊れたと思う)俺はそれを避難所の外壁に思いっきり投げつける。
パァンとかキィンとかいう携帯電話を落とした時そのままの音が聞こえて、けれども見た目的には全く破損の見られないデバイスが地面に落ちた。
地面に落ちた拍子に何処かのボタンが押されたのか、ベル音は止まり、スピーカーにした覚えはなかったのだけれど、離れた場所に落ちたそれから、
「みつけた」
と声がした。
それきり沈黙したデバイスに、俺とマナくんは顔を見合わせて、それから周囲に響き渡る程度の大絶叫をあげた。
その後の話をしておこうか。
一応俺は無事だしヒーロー活動は続けられている。
あのあと、大型ヴィラン討伐に成功したリトくんウェンくんが合流後、デバイスは一回リトくんとキリンちゃんに頼み込んで小さな雷を落としてもらった。
デバイスは完全に壊れたっぽくて、俺はデバイスを修理する一週間ほど変身不可能になり、本部に呼び出されて大目玉を喰らったけれど、幸い色んな出来事が有った事を上も把握してはいたので始末書フルコースだけで済んだ。
デバイスと俺自身、あとついでにオリエンス全員がお祓いに行かされた。
拠点も不審物がうっかり落ちていないか大掃除もした。
まあ、何も無かったんだけども。
変な夢も、最近は見ていないし、仲間の様子がおかしいなんて話も無い。
だからひとまずは、終わったんだと、思う。
思うんだってば。
思い込めばきっといつかそれが事実になってくれる。
だから絶対に、この、拠点のテーブルに置かれた、消印の無い茶封筒を、俺は、開けない。
絶対にだ。
念のため来客用の大きな灰皿に茶封筒を乗せた上で、俺は愛用のライターの火を出した。
終