バレンタインにチョコなんていらない「チョコないん?」
「ないです」
「なんでやねん。今日はバレンタインやぞ。ないのはおかしいやろ」
「あんな体に悪いものを用意する方が、頭おかしいですよ」
「さり気なくおかしさのレベルが上がっとんのやけど」
「そのくらい体にも頭にも悪いってことでしょ。値段も高くて懐にも優しくない。悪徳の塊ですよね」
「こんな日くらい甘いもん食べたってええやんか」
じゃあ、と聞こえた気がしたが、確かめる暇はなかった。 要の口が俺の唇を塞ぎ、強引に割り込んで口ん中をめちゃくちゃに掻き回したから。
要の舌が俺の舌に絡み、ほどけ、歯列を確認して口蓋をなぞった。強引な舌の動きと気持ちよさに唾液が溢れ、口端から垂れていった。
「たまに思うんですけど」
キスを始めた時と同じように唐突に要は離れ、舌で唇をぬぐい、小さな声で問いかけた。
「ひとの唾液って甘く感じません?」
要はこちらを伺うように首を傾げた。やばい。危険だ。そんなに可愛い仕草で、そんなに可愛いことを聞くな。恥ずかしいことを口走りそうになるやろ。
「ほな、もう一回試すか」
危険な台詞を漏らしたくない一心で、自分と相手の口を塞いだ。何も言わないためだけなら動かす必要なんてないのに、噛むように唇を喰み、中に侵入し、舌を翻弄して要を奥まで探るように味わった。俺も前から感じていたけど、確かにこいつの唾液は甘いと思う。夢中で求めあっている時ほど味が濃い。甘みが、感情に比例しているのか、欲望に比例しているのかは分からないけど。
「……ぁ……つ……」
小さく叫んだ要の声で我に返った。身を引き、要の顔を確かめると、うっとりとした表情でこちらを見つめていた。お互い黙ったまま向かい合う。要の手の甲で口元を撫でると、唇からじわりと鮮やかな朱色が滲み、ひとすじ垂れた。
甘露に夢中になりすぎて、俺が要を噛んだらしい。
「さっきまで甘かったのに塩っ辛いですね」
薄く笑いながら、小さく覗かせた舌で、ぺろりと血を舐める姿が扇状的だった。
「俺も」
「は?」
「俺も味見したい」
戸惑う要の前髪を払い、顔を寄せて唇を舐めた。鉄くさく、塩辛く、ややなまぐさい。甘いだけではなく、辛く苦いところが一筋縄ではいかない男らしい気がする。要の体の芯の味がする。
おいしい。
思わず呟くと「吸血鬼みたい」と要が笑った。血を流しながら俺を笑うこいつが堪らない。
「せやな。時々、血を吸わせてな」
それだけ答え、乾き始めた残りの血を舐めとった。
もう無いんか、と思った時に気がついた。ああ、もう、これは、こいつに植えつけられた新しい性癖やん。
バレンタインにチョコなんていらない。血を啜るような苦くて甘いキスをができれば十分だ。
〆