ポッキーの日つんつん、と頬を突く感触がした。桐島さんと二人きりの部室だ。相手は決まっている。
一気に振り向きたい衝動を抑え、できるだけゆっくりと横を向く。気をつけないと桐島さんは小学生でもしないような悪戯をしかけてくるから。
あれだ。振り向くと指を突き刺してくるやつとか。
俺が引っかかると宝くじでも当たったみたいに手を叩き、踊り、大袈裟に喜ぶ。腹がたつので俺は黙って呪いをかける。好きなパンを目の前で逃す呪いだ。
まあいい。今日は腹立つ踊りは回避した。
「なにしてんすか?」
「今日はあれの日やろ」
用心しながら振り向いた俺の目の前には、茶色の棒がふらふらと揺れていた。ほんのり甘い香りもする。どこをどうみても日本で知らない人はいない棒型チョコだった。
「ポッキーの日でしょ?」
「なんや、知ってるんか」
「どんだけ阿呆だと思われてるんですか?」
「アホは片割れやん?」
「そうですけど」
「君のんはアホやなくて、世間知ら……って箱をしまわんどって!これから使うんやから!」
「使わないで、普通に食べてください」
「いやや!せっかくやからゲームしたい!」
叫んだ桐島さんは「んー!」と女子アイドルみたいに口を突き出した。真ん中にポッキーが挟まれている。差し出された棒を噛めということらしい。
「なんや?ポッキーゲーム知らんの?」
戸惑う俺に彼は問う。目が三日月になっている。こうしてゲームに慣れない俺を眺めるのが、とんでもなく楽しいらしい。
「ほれほれ、反対側から食べていくねんで?」
唇に挟んだポッキーを上下にぴこぴこ動かした。コミカルな動きに笑いそうになり、我慢した。笑うと彼の思う壺だ。桐島さんは甘い香りの向こうで俺の様子を窺っていた。俺を揶揄えて満足していると同時に油断しない。そういう時の綺麗で鋭い目つきが嫌いではなかった。
「んっ!」
ポッキーを投げ捨て、彼の唇に噛み付く。チョコとクッキーのわざとらしい香りが、あっという間にふたりの匂いに上書きされていく。舌を絡め、歯茎をなぞり、口内の柔らかいところを弄ると彼が俺の肩をグッと握った。気持ちいいんだ。俺もだけど。
「はあ……」
「こういうゲームで合ってました?」
わざと首を傾げて尋ねる。彼は目を糸のように細めて笑い、俺の前髪を払った。
「間違っとるけどな……」
こっちの方がええな、と続いた気がしたが、お互いに口を塞いでしまったから、本当にそう言ったかは分からなかった。分かったのはキスの味が甘く苦かったことだけだ。
〆