理由を聞かせて/まねあお(百々秀)「蒼波くんって、どうして僕なんかの面倒を見てくれるの?」
二人きりの寮の室内で、僕の隣に座って、洗濯物のタオルを畳んでいた蒼波くんは一度その手を止めた。彼は手に持っていたタオルを畳み終えて、綺麗に畳まれたタオルの山のてっぺんに積み重ねてから、僕の方に目を向けた。
今みたいな夏の時期は、朝に洗った洗濯物は外に干せば昼間にはもう乾いている。でも、今日みたいな曇り空の日は室内に干してエアコンの風を送りながら、夕方ぐらいまでじっくりと時間と手間をかけて乾かす。そんな今日の手間がかかった洗濯物をカゴにひとまとめにして、僕と蒼波くんは隣に並んで手分けして畳んでいた。
あの事件の後、公安の監視下に置かれた僕は、監視役の生徒をつけることを条件に学園での生活を許された。ほとんどの生徒が僕の監視役を嫌がる中、自ら手を挙げたのが蒼波くんだった。最初は物好きな子がいたものだと思っていたけど、寮住まいの蒼波くんは彼の部屋を僕にも貸してくれるという太っ腹なことまでしてきた。
蒼波くんの部屋は元々は二人部屋だったけど、その当時は蒼波くんが一人で使っていた。というのも、あの事件をきっかけに、他の学園に転入した生徒も一定数いた。蒼波くんとルームメイトだった生徒もその一人で、僕と同室になるという話が出た時、「丁度、新しい話し相手が欲しかったんだ」と蒼波くんは喜んでいる様子だった。あの時の僕は、蒼波くんは物好きというか、本当に変わった子だなと思いながら呆れにも似た感情を抱いていたのかもしれない。
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「なんでって、まぁ、理由は色々あるけど……」
僕からの唐突な質問に、さすがの蒼波くんも少し考え込んでいる様子だった。
僕と蒼波くん、二人きりの部屋は僕たちが話をしない限りは、静かだった。テレビの電源は消えているし、陽気な音楽がかかっているわけでもない。室内を冷やしているエアコンの機械音と、窓の外から聞こえてくる蝉の音だけが間接的に耳に入ってくる。
「単純に、真練さんのことが好きだから、ってのがひとつかな?」
蒼波くんは次のタオルを手に取って、僕の方を見ながら目元を緩めてそう言った。
「……じゃあ、僕もキミのことが好きって言ったら、どうする?」
僕は畳み終えたタオルを僕の膝の上に置いて、小さく握りしめた。僕は何を言っているんだろう。タオルを握りしめたその拳には力が入って、僕は気まずさで視線を上に向けられなかった。
「どうする……? そうだね、俺も同じ気持ち、嬉しいよって返すかな」
「そう……」
蒼波くんらしい答えだった。自信に満ちているというか、蒼波くんの答えを待ちながら胸の内を震わせて、彼と目も合わせられずにいた僕なんかとは大違いだ。
僕が顔を上げると、蒼波くんは真っ直ぐにこちらを見つめていた。それから、僕と目が合うと、彼はまた目元を緩めて僕を見つめ返した。
蒼波くんの真っ直ぐで、でも少し困ったようなその表情は雨が降りそうで降らない、まるで今日の曇り空みたいで。その雲は、僕の中で雨雲に変わって、僕を冷たく濡らし始めた。
「今日、少し寒いね……」
「そうかな? 俺は暑いぐらいだけど」
蒼波くんは制服の襟元を摘んで、パタパタと胸元から風を送り込んでいた。
エアコンが効いた部屋の外からは、夏の終わりに短い命を燃やし尽くすように鳴いている蝉の大きな声が響いていた。