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    あかり

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    あかり

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    モブ視点からのカブミスです

    ##カブミス

    メイドの独白メイドの記録
     わたしがカブルー様のお屋敷へやってきたのは15のころでした。
     働きに出るため田舎から王都へきたのです。
     村から働きに出る女はわたし一人きりで、王都へいく荷馬車に乗せてもらい揺れる道を耐えて一週間ほどかかりました。その頃には親が少し持たせてくれた路銀はほとんどすっかりなくなっていました。
     そんなような有り様でしたから早く仕事を見つけるために私は必死だったのです。
     酒場の女中や、縫製店の下働き、ただ働き口があればなんでもよかったのです。
     教養はありませんから、あたまのよいひとがするような難しい仕事はできません。
     もし何もなければ娼婦になるしかないと思いました。
     お店を訪ねても、中々仕事は見つかりませんでした。何軒も訪ねては断られて、お金もない故郷から遠い場所でひとりぼっちでどうしようもなくなってしまったのです。
     わたしはひどくお腹が空いたのもあって、屋台に並べられた色とりどりの果実や食べ物をうらやましく見ながらとうとう路地裏の隅で座り込んでしまったのです。
     どれくらいそうしていたでしょう。
     あたりはしんみりと暗くなって酔っ払いたちの喧騒も遠いものとなっていました。
     体が冷えて、死んでしまうかもというおもいが頭に浮かんで怖くなってしまいました。
     そこへ、大丈夫ですか。と声をかけてくださったのがカブルー様だったのです。
     わたしはそのとき、泣いていて説明もうまくできなかったとおもいます。
     けれどカブルー様はお話を聞いて、それなら家へおいでなさい。とおっしゃりました。
     あなたに乱暴しようなどやましい気持ちでいっているのではなく、メイドを探していたので。と。
     わたしはもうどこへなりでもよいから働かせてくださるのならとうなづいて何度もお礼を伝えました。
     カブルー様のお屋敷は鉄の門までついた立派なものでした。
     カブルー様はわたしの上の兄とそう年の変わらないようなおとしに見えるほどお若かったので、お父様やお母様がメイドをお探しでいらっしゃるのかしらとか、そんなふうに思っていて、そのときはご主人様だとは思わなかったのです。
     カブルー様はお屋敷につくとお腹が空いていませんか。とおっしゃって、パンと干し肉、チーズ、干したくだもの、きれいなお水を出してくださいました。
     そのときのわたしはきっと食べ物に夢中で作法のなっていない田舎娘そのものであったとおもいます。
     カブルー様はわたしが食べ終わるを待ってくださり、メイドとして雇うというお話をまたしてくださいました。
     部屋の掃除や食事の準備など身の回りの簡単なことをしてほしいとのことでした。
     住む場所がないのなら部屋が余っているからここへお住みなさい。とまでおっしゃりました。
     そして自分のこともお話してくださいました。
     そこでわたしは初めてカブルー様がとても身分の高いお方で、本来ならわたしのような田舎娘がお話できるようなお方ではないことを知ったのでした。
     カブルー様はただひとつだけ条件を出されました。
     それは、いろいろな料理を作れるように学んでほしい。おいしいものを作れるようになってほしい。ということでした。
     故郷ではわたしはきょうだいで一番上の女でしたから、よく料理をしていました。
     質素な食卓ではありましたがいろいろな工夫をこらして家族へふるまっていたのです。
     ですから、せいいっぱい、料理は得意ですとお答えしました。ここを追い出されたらもうわたしはどうにもならないとおもいましたから、祈る気持ちでお答えしました。
     けれどしょせんわたしが作っていたのは田舎料理で、身分の高い方がお食べになるようなものは見たことも食べたこともないわたしがお台所をあずかるなどできるのかしらと不安でたまりませんでした。
     カブルー様はにっこりとほほえまれて、では、今日からよろしくお願いします。と言われました。
     あの日からカブルー様はわたしにとって生涯のご主人様となったのでした。

     カブルー様はお忙しい方でした。
     お城へ詰める日が続くと家にはいらっしゃらず、屋敷へ戻られても食事も簡単なものですますか、何もお召し上がりにならず自室でたくさんの仕事をなされていました。 
     そんなカブルー様でしたが、特定の来客が来たときだけは仕事もそこそこに真っ先に自らお迎えに行っていました。
     その方はミスルン様といって、エルフという貴い種族のとてもうつくしいお方でした。
     わたしは田舎の育ちでしたからエルフのお方など見るのは初めてでミスルン様と初めてお会いしたときはたいそう慌ててしまったことを思い出します。
     お前は誰だ。と言われて、メイドです、という言葉をびっくりをのみこんでようやくお伝えしました。
     ミスルン様はめのさめるようなうつくしいお方でしたから女性なのだと思っておりました。
     わたしとそう変わらない身長でしたし、左目の見えていなさそうなこともお耳の切れたような痕跡も声の低いのもなにかひどいことがあったのかしらと思ったのでした。
     その後しばらくしてそれは勘違いだったとわかったのですが……。
     応接室でお待ちいただいて二階のカブルー様をお呼びすると、大慌てで階下へいらっしゃり頬を赤くしてその方へ抱きつきました。
     そこでわたしは、ミスルン様はカブルー様のいいひとなんだわと知ったのでした。
    「メイドを雇ったんです。家の中が片付かないもので。それに彼女の食事はとてもおいしいんですよ」
    「そうか」
     ミスルン様は言葉の少ない方でしたが、ミスルン様とお会いになられるカブルー様はとても上機嫌でたくさんのお話をなさっていました。
     ミスルン様がいらっしゃるときはカブルー様もお食事をおとりになり、楽しんでおいででした。
     カブルー様の言いつけ通り、わたしはお料理をたくさん学びました。
     王都は流通がさかんで市場には新鮮な魚や肉、お野菜、くだもの、香辛料がたくさん並んでいます。そして驚いたことにモンスターまでも食材とされていたのでした!
     王様は悪食王などと呼ばれている方でなんとモンスターを召し上がるというのです。
     しかしモンスターは高級食材でなかなか手に入るものではありません。
     カブルー様へモンスターのお料理はお好きかとお聞きしましたらいつもやわらかな顔をかたくして、モンスター料理は少し苦手です。とおっしゃいました。 
     食事に使うお金ですとか、屋敷の細々としたものを買うお金ですとか、カブルー様にはほんとうにじゅうぶんあずけていただいておりましたからモンスターの料理もわたしが作れさえすればお出しできたのですがカブルー様が苦手ならばわざわざお出しする必要もないかとおもいました。
     差し出がましい口ではありましたがミスルン様はモンスター料理はお好きではないのですか、とお聞きしましたら少し考えて、特別に好みではないでしょう。とおっしゃり、そうして、あのひとへおいしいと言ってもらえるようなものを作ってほしいのです。と言われました。
     恋人を思うカブルー様は少し恥じらっているようにも見え、恋をしたことのないわたしはそのすがたにまばゆさをおぼえました。
     カブルー様はお仕事でお忙しくされる身で、ミスルン様はダンジョンやモンスターの調査というお仕事へ向かうと数週間、長いときは数ヶ月屋敷へ訪れることのないお方でした。
     それでもおふたりの愛はつよくあたたかなものでありました。
     ミスルン様が訪れると、おふたりはわたしが腕によりをかけた食事をとられました。
     カブルー様のお望みであったミスルン様においしいと言われることは難しくずいぶんと頭をひねったものでした。
     カブルー様の優しい微笑みと明るい声やミスルン様の静かな声音とひかえめなはにかみが食卓を包むさまはどんなものよりすばらしいものであったと今でも思うのです。
     
    それから8年ほどの月日がたち、カブルー様とミスルン様おふたりはともにお屋敷で住むこととなりました。
     わたしはお屋敷につとめはじめて10年ほどが経っておりました。
     長らくお屋敷に住まわせていただいておりましたが新婚の二人の邪魔をしてはいけないと思い、わたしはその頃に屋敷を出て家を借りて移り住むことにいたしました。
     カブルー様からいただいていたお給金は相場よりも多く、家族へ仕送りをしてまだ蓄えができるほどでした。
     折よくと言うべきでしょうか、わたしはその少し前に恋人からプロポーズを受けていたのです。
     主人は少し不器用ですがまじめな男です。
     商売をしていましたから結婚したらその手伝いをしなければなりません。
     わたしはずいぶんと悩みました。
     カブルー様は恩人です。そしてわたしにとっては生涯のご主人様でありました。
     しかし恋のすばらしさや愛のとうとさはおふたりから教えていただいたようにおもいました。
     わたしは結婚を決めました。
     どんどんと人口の増えていた王都は家の数も増えておりましたから、借りる家もすぐに決まり、住まわせていただいたお部屋を片付け小さく手荷物をまとめておりました。
     カブルー様へ結婚のことを伝えると、いつもの優しい微笑みで祝福をしてくださいました。それはわたしにはうれしく、すこし悲しいことでした。
     結婚をしたらメイドをやめなければならないともお伝えしました。
     カブルー様は自分のような人間に長年尽くしてくれてありがとう。とおっしゃって、わたしは初めてこの方に出会ったときのように泣いてしまいました。
     おふたりが暮らし始める日に泣いてしまうなんて、なんとも情けないことです。
     10年の月日は思えば長いものだったのです。
     わたしは痩せっぽっちの田舎娘から王の側近に長く仕えるメイドになり、カブルー様は幼さが抜け精悍な顔つきの逞しい男性になられました。
     カブルー様は今日は祝いの日なので、たくさん料理を作ってくれますか。とおっしゃいました。
     わたしはもちろん、はいとお答えし、この10年でずいぶん覚えた料理たち、おふたりにお作りして口にしていただいた当時のことを思い出しながら丹精込めてお作りすることにいたしました。

     ミスルン様は夜にいらっしゃいました。
     ミスルン様の荷物は事前にあらかた運び終えて整理してありましたから、ミスルン様のお荷物はワインが一本と小さな手提げひとつでございました。
     ワイングラスをお出しして、軽食や前菜をお出ししました。
     慣れた台所で、さくさく、ぐつぐつ、ことこと、ふわふわ、たくさんの料理をお作りしました。
     おふたりはワインを口にされているからか、今日から愛する人と生活をともにするよろこびからかいつになく明るい表情をしておりました。
     会話を邪魔しないようお料理を提供しました。
     10年のご恩をたくさんこめて、おふたりの門出に祝福がありますようにと願いをこめて。 

    「ミスルンさん」
    「うん」
    「おいしいですね」
    「うん、おいしい」

     それを聞いたカブルー様はとてもとても嬉しそうな顔をされました。
     わたしもまた、嬉しさに心がふるえました。
     おふたりはこれから幸せに暮らしていくのだとわたしは思いました。
     食卓に並べた料理は、たくさん作ったはずでしたがすべて綺麗に食べられていました。

     最後の日に使用人への結婚祝いとしては多すぎるような額のお金を手渡されました。
     そもそも、使用人に結婚祝いを渡す主人など聞いたことがありません。
     カブルー様へお返ししようとすると、これは願いを叶えてくれた礼金だと思ってください。と言われました。
     そのお言葉を聞いて、わたしは素直に礼を述べました。

     その後、屋敷を出てからカブルー様とはお会いしておりません。
     おふたりはきっと今も食卓を囲み、あのうつくしくあたたかな愛をつむいでいるのだとおもいます。
     そうおもうのです。
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