付き合ってないセイニコがポッキーゲームをする話レッドサウスのとあるアパートメントの一室。セイジの自宅に設置されたソファーに並ぶ形で座ったセイジとニコは、互いに顔を向かい合わせていた。
つい先ほどまで美味しい料理の数々を夕食に振る舞ってくれた親友の右手には、赤いパッケージにスティック状のチョコ菓子がプリントされた小箱が握られている。
事の発端はエリオスタワー内を移動している最中にばったり遭遇した、13期の子たちから聞いた話だった。
リトルトーキョーでは今日がとあるチョコ菓子の日に定められているということ、そのお菓子の形を生かしたゲームがあるという話だったのだが……話を聞いている最中に移動時間が来てしまい、今夜ニコとやってみるね!とだけ言い残しその場を立ち去ったのだ。
タワーでの業務を終えたセイジは、明日の朝食に使う卵やミルクと一緒に赤いパッケージのチョコ菓子を購入し、足早に帰路につく。
そしてニコが作ってくれた美味しい夕食を共にした後、キッチンの片付けを終えてソファーで寛いでいたニコの隣にセイジも並んで座った。
いつもの夕食後と同じように、今日あった出来事などの雑談をしている流れで昼間13期の子たちから聞いた話を伝える。
買ってきたチョコ菓子をニコに手渡し、今からやってみない?とセイジが提案すると、パッケージをまじまじと眺めたニコが「分かった」というように頷いてくれた。
それを確認し嬉しくなったセイジは、実際どんなゲームなのかとやり方を調べ始めたのだが……それはお酒の場やカップルの間で行われる機会が多い、色恋絡みで行われるような内容のゲームだったのだ。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が降りた。自分の去り際に挨拶を返してくれた子たちが何か言いたげな、少々申し訳なさそうな表情をしていた理由が分かった気がする。
ゲームの内容を聞いてから立ち去るか、せめて調べてからニコに話せばよかった。そう後悔するセイジを他所に、ニコは紙製の赤い小箱を丁寧に開封し始めた。
「……ニコ?」
「ん」
スティック状のプレッツェルにチョコレートがコーティングされたお菓子を一本取り出したニコは、チョコの掛かった先端の方をセイジの唇へ押し当てた。
早く口に入れてと言わんばかりに、ツンツンとつついてくるニコの手をセイジは慌てて掴んだ。
「待ってニコ……!えっと、僕から誘ったのにこんなことを言うのはあれだけど、本当にやるの……?」
「せっかく買ってきたのにやらないのか?」
「う……でもこれ、結果によってはニコとキスしちゃうかもしれないよ?もしもの話だけど、ニコは友達と……僕と、キスすることになっても良いの?」
「セイジが相手なら別に構わない。それにゲームの結果でのキスなら事故ってことになる」
「事故……ニコが大丈夫なら、じゃあ」
何も問題はないというように言って退けたニコの言葉に、半ば流されるようにセイジは頷いた。
ニコの手からチョコ菓子を受け取り、チョコレートの付いていないプレッツェルの持ち手部分を自分の唇で挟む。セイジに続き、チョコの掛かった先端側をニコが唇で挟んだのを確認した。
互いの視線が、近すぎる距離でしっかりと交わる。
キスする前みたいだ……頭をよぎった不謹慎な考えを誤魔化すように目を逸らしたセイジだったが、この体勢で待たせては申し訳ないと、再びしっかりと視線を合わせた。
それをスタートの合図と受け取ったらしいニコが、少しずつチョコ菓子を食べ進める。釣られるようにセイジもゆっくりと食べ始めた。
静まり返った部屋の中に、プレッツェルが砕ける軽やかな音と、二人の微かな息遣いのみが聞こえる。
恥ずかしさから早々に目を閉じてしまったセイジだったが、そろそろ唇を離して終わりにした方が良いかと目を開こうとしたその時、柔らかく暖かいものが自分の唇を食むように重なるのを感じた。
「……!」
驚いたセイジが目を開けると、しっかりと瞼を閉じたニコの整った顔が視界いっぱいに入る。
これファーストキスだ……とか、ニコはどうなんだろう?とか。はたまた、ニコの睫毛長いなあ……なんて。混乱のあまり使い物にならない頭でぐるぐる考えていると、ちゅっと音を立てて唇が離れた。
「セイジ?」
「えっ、あ……」
「この場合どっちが勝ちになるんだ?」
満足げな表情でこちらを伺うニコの姿に、カッと一気に熱が上がるのを感じる。真っ赤でみっともなく仕上がっているであろう自身の表情隠すように、セイジは思わず顔を背けた。
ニコとキスしちゃった……!?それしか考えられなくなったセイジは、働かない頭を懸命に動かしながら返事を絞り出そうとする。
「あっ、引き分け!引き分けだと思うよ!」
「引き分け?」
「うん!引き分けになると思わなかったなあ……!」
正直それどころじゃないし勝ち負けなんて分からないが、とりあえずまともな返事はできた気がする。
引き分けか……そう呟いたニコが何食わぬ顔でチョコ菓子を一本取り出し、セイジに差し出してきた。
「ニコ……?」
「セイジ、勝敗が決まるまでやってみる?」
「なっ……!」
「セイジの顔、真っ赤になってる……もしかして、照れてるのか?」
いたずらっぽい表情を浮かべながら首を傾げるニコの姿に、降参ですというようにセイジは両手をあげて大人しく頷く。
おれの勝ち、そう満足そうに微笑んだニコの耳朶もほんのり朱に染まっていることに、すっかり頭がパンクしたセイジが気がつくことはなかった。