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    そら💫

    槍弓/キャス弓/(槍+術)×弓メイン。
    好きなことを好きな時に、ぼちぼちと。

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    そら💫

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    ゴーストハンタープラスワン!番外編的ネタツイ?小話です。全年齢対象。バレンタインネタなのでアップしてみました☺️槍弓です。キャスもいます。

    バレンタイン狂想曲 バレンタイン。
     それは街が甘い香りに包まれる、年に一度の特別な日だ。菓子は友人同士で交換したり、或いは義理という形で渡したりすることもあるが、それでもこの日に特別な想いを持つ者も多いのは確かだろう。しかし反対に、このお祭りムードに慣れすぎてしまった人間がいるのもまた然りで。

    「今年もまたすげぇ量だなランサー。ほら、エコバッグあるから貸してやるよ」
    「あ、おう、助かるわ。サンキュ」
     二月十四日。その日のランサーは、正に引っ張りだこという言葉がぴったりくるような有様だった。
     ランサーくん、これ貰って! チョコ! そう言って寄越されたラフなものから、これは原材料どこ産なのかと首を傾げたくなるようなものまで、重みこそ様々ではある。あるものの、数がやたらと多い。長い付き合いの友人などは慣れたもので、あっという間に両手で抱えきれない量に膨れ上がってしまうランサー用の菓子のために、袋を用意してやる始末だ。
    「しっかしお前さぁ、いい加減彼女のひとりでも作ったらどうだよ。なんだこのチョコの数。まあ毎年恒例っちゃそうだが」
    「あー? んー、まあ大体義理だろ義理。それに、今は彼女って気分でもねぇんだわ」
     恋人ならいるけどな。声には出さずに、その言葉をひとつまみのチョコと一緒に飲み込むと、ランサーはお前もいるか? と隣の友人に袋を差し出した。
    「くそ、その気になりゃいつでもみたいな言い方……だがその通りだから言い返せねぇ……」
    「んなことねぇだろ。こういうのは数じゃねぇっての。大体さっきなんて投げて寄越されたぞ。そういうのだってたくさんあるわけで……、あ?」
     他愛もない会話をしつつ、エコバッグいっぱいのチョコレートを抱えて歩き出そうとした時。ランサーの視界に入ったのは、校舎の陰からちらりと覗く白髪だった。
    (あ、……アーチャー!?)
    「お、あいつ何つったっけ。学部違うけどお前仲良いよな」
     ……なんだアレ。ランサーは努めて何でもない風を装うと、エコバッグを握りしめて眼前を見つめた。あの髪型、あの服装。間違いない、あれはアーチャーだ。そしてその斜め後ろに居るのは、ランサーの交友範囲には存在していない女子学生。まずい、完全にこれは……まずい。手に握りしめられているのは、どう見ても本命本気の包装がなされた、手作りの菓子だ。
    「あ、……アーチャーくん!」
    (うわああああ、やっぱりだ! 間違いねぇ! チョコレート……これは、義理でも何でもない、本命のチョコだ……!)
     あの包装、あの表情。これが本命でなくて何なんだと、ランサーは唇を戦慄かせた。
     呼び止められたアーチャーは、当然の如く振り返る。やめろ、やめてくれ、振り返ったらその先は地獄だと、ランサーはひとり心の中で叫んだが、そうしたところで何がどう変わる訳でもない。自分を呼び止める声に気がついたアーチャーは、人好きのする柔らかな声と表情で答えた。
    「……ああ、私に何か?」
    「あ、あの……! ……これ、よかったら貰ってくれない、かな……」
     初めて作ったから、自信はないんだけど。そう言葉を続けながら、女子学生はアーチャーに向かってチョコを差し出す。アーチャーはといえば、ぱちぱちと二、三度瞬きをし、それから周囲を見渡して……その言葉が自分に向けられているのだと理解したのか、漸くこう返した。
    「……私に?」
    「……そう。……それで、あの、アーチャーくん、料理上手だから……よかったら……か、感想聞かせて、ほしいな……なんて」
     ああ、あああ、か、感想!? さり気なくアーチャーを持ち上げての、このひと押しはどうだ。アーチャーはこと料理の腕前を褒められると弱い。この女子学生は、そのことをよく心得ている。それだけアーチャーのことをよく見ているということだ。
     だが、アーチャーにはランサーがいる。もしかしたらここでバッサリ断ってくれるのではなかろうか。今は少し難しいとか、恋人がいるから……とか、理由をつけて。ランサーの淡い期待は、しかし想像以上にあっさりと裏切られることになった。
    「ありがとう。大切に頂くよ。……私ごときの言葉が役に立つかどうかはわからないが、感想もきちんと伝えよう」
     ランサーの心情、推して知るべし。目の前で誰とも知れぬ女から、どう見ても本命のチョコを受け取ったのだ。照れたように笑うアーチャーに、嬉しそうに微笑む女。……ダメだ、もうこれ以上は見ていられない。
    「あっ、ランサー!? どこ行くんだよ!」
    「悪ぃオレバイト!」
     今日バイトねぇって言ってなかったかー!? 背後に友人の声を聞きながら、ランサーは逃げるようにその場を去っていった。


     
     ガチャン! ドン! ガラガラどしゃっ!
     ドアが開いて、何かがぶつかって、それから滑って転んで、……あとは何だ。
     今しがた帰宅したばかりだったキャスターが呆れたように背後を見遣ると、玄関からリビングに続くドアがバン! と派手に開いた。ランサーだ。
    「おい、何なんだお前は。騒々しいなんてもんじゃ……うぉおぁ!?」
    「アーチャーがあぁっ!」
    「なんっ、おま、ちょ……スーツ引っ張んな! せめて着替えてからにしろ! 落ち着け! つうか玄関に落ちたのチョコだろうが拾ってこい! 失礼だろが!」
    「うう……アーチャー……」
     なんだこいつ。相当に引いた表情を浮かべながら、キャスターはランサーを引き剥がすと自室へと消えていった。ランサーは袋からこぼれ落ちてしまったチョコをとぼとぼと拾い集め、はぁ……と深く溜息をつく。確かにこれは失礼だったなと反省する程度には、冷静さが戻ってきた。とりあえず落ち着け、オレ。ランサーは自身に言い聞かせるように、パン! と両頬を掌で叩いた。
     リビングに入ると、ソファには紙袋三袋にぎっしりと詰め込まれたチョコが置かれている。涼しい顔をした家主がソファに陣取っているのはいつものことだが、我が兄ながらこの量はえげつないなとランサーは眉をひそめた。
    「うわ……今年もまたエグい量貰ってきやがったな……」
    「ああ、まあなぁ。社会人になると色々大変なんだよ。義理とか、義理とか、義理とか」
     ひらひらと手を振ってみせるキャスターの態度にも慣れたものだが、それにしたって義理チョコのラッピングにここまで凝るとは到底思えない。明らかに手作りだと思われるものが多すぎる。失礼はどっちだよと心の中で思うものの、毎年同じ問答を繰り返すのも面倒だから、いちいち声に出すことはせずにいる。部屋着に着替えたキャスターは袋の中からキャラメルを一粒取り出すと、口の中に放り込みながらランサーをちらりと見た。
    「んで? アーチャーがなんだよ」
    「……チョコ……」
    「おっ、貰ったかぁ!? アーチャーのチョコとかめちゃくちゃ凝ってて美味そうだよなぁ!」
    「うるせぇバカキャス! バーカバーカ! アホ!」
    「おい! 何でオレが罵倒されなきゃなんねぇんだよ! 今の明らかにそういう流れだろ!?」
    「……アーチャーがぁ」
     一転して勢いを失うランサーの声色に、キャスターは面倒くせぇと心の底からげんなりしたが、放っておいても無駄な時間が長くなるだけだと言うことも熟知している。仕方なく構ってやることに決め、どんよりと影を背負っている弟に向かい尋ねた。
    「……アーチャーが? 何だよ」
    「チョコもらってた」
    「…………なんて?」
    「だから、女の子にチョコもらってたんだよ。そんで……にこにこして……」
     はぁ? と今度こそ呆れ返ったキャスターは、余りに情けない表情を浮かべ溜息をつく弟を見下ろした。自然、その隣にどさりと置かれているエコバッグも目に入る。
    「……お前何言ってんだ? あいつだって男だろ。チョコ貰ってなんかおかしいことあるか? つうかお前も貰ってんじゃねぇかよ何だそのエコバッグは」
    「……重さが」
    「重さ?」
    「あいつのはなんつうか……重さが……こう、わかるだろ? ひとつの重みが半端ねぇんだよ……」
     リビングに置かれた三プラス一の袋と、アーチャーが貰ったというひとつだか何だか知らないが、ともかくその女の子から貰ったというチョコレート。天秤にかけるとどうなるか。なるほど確かに、ひとつの重みがという言葉はわからなくもない。
    「……あー。まあ、うん。確かに。……つうかそもそも、あいつモテねぇと思ってたのかお前?」
    「……え……?」
    「多少キザったらしいところはあるが、人当たりはいいし、正義感も強い。料理の腕は一流、顔だって体だって悪くねぇし……」
    「おい! 何でお前がアーチャーの体のこと知ってんだよ!」
     萎れていたランサーの声が突然勢いを取り戻し、キャスターの胸倉を掴み揺さぶり出す。折角この得るもののない愚痴に付き合ってやっているというのに、何なんだこの仕打ちはと、キャスターは苛立ちを限界まで込めた声で叫んだ。
    「だーもううっせぇな! んなもん見りゃわかるだろが! 明らかに鍛えてるだろありゃあよ! そういう意味だ!」
     そうまで言われてしまえば、流石のランサーも黙り込むしかない。む、と口を噤むと、言葉で反論できない代わりにランサーはキャスターを睨み上げた。
    「で? お前はアーチャーから貰えなかったのか、チョコ」
    「……何でわかったんだよ」
    「いや、だってお前あいつからのチョコあったらここまで凹んでねぇだろ」
     わかりやすすぎんだよな。キャスターがそう付け足すと、今度こそランサーの反応はなくなってしまった。人間、図星を突かれると弱い。これで暫くは大人しくなるだろうとキャスターは小さく息を吐いた。
     俯いているランサーを横目に、二粒目のキャラメルを袋の中から取り出す。弱っている時に甘いもの、というのは決して悪くはない選択だ。こうなれば仕方ない、優しい兄貴が弟に差し出してやろう。そう思いランサーを眺め見るや、キャスターは手を止めた。ランサーの背が震えている。泣いている……わけではないことは明らかだが、この状況で笑っている……のだろうか。
    「……仕方ねぇ」
    「今度はなんだ」
    「貰えねぇなら渡すまでだ。……そう、オレは何か勘違いしてたぜ。愛ってのは……与えてなんぼ、なあ、そうだろ? キャスター」
    「そう……なのかもしれねぇなぁ……」
     はは、と最早どうでもよくなりつつあるキャスターは、背後にメラメラと暑苦しい炎のエフェクトを背負う弟を冷めた目で眺めていた。



     シュバッ! シュルシュル! ビシッ!
     何だかよくわからない効果音と共にエプロン姿になったランサーは、腕まくりをしてひとり仁王立ちだ。キッチンは占拠されたし、今日はもう夕飯を作る気にもならなくなったキャスターは、頃合を見てコンビニに行くかぁとのんびり構えつつ、ソファにごろりと横になった。
     適当にチャンネルを回しながら、時折キッチンをちらちらと眺め見る。ランサーが率先して料理らしい料理をすることは稀だ。この珍しい光景が、そのまま単に珍しいものでしたで済んでくれればいい。そう思った時点で恐らく予感はしていたのだろう。この珍しい光景に、ランサーの行き過ぎたやる気がプラスされると、とんでもないことになりかねないということを。
     果たして、事件はランサーがキッチンに立ってからものの十分も経たないうちに起きてしまった。
    「え、……なんだ!?」
     うとうとと船を漕ぎつつソファに寝転んでいたキャスターは、突然の異音と異臭に跳ね起きるやキッチンの方に向かっていった。何か煙のようなものまで見えるのは、夢かはたまた気のせいか。そうであって欲しいが、やはりこういう悪い予感と言うものは当たってしまう。つまり全ては現実だった。
    「ばっ! お前ッ! うわっ焦げくせっ! 何やってんだバカ!」
     ジュワ……ジュワ……と奇妙な音を立てながら、何かがフライパンの上で焦げている。しかも単純に焦げただけではこんな複雑な匂いは出ないはずだ。確実に何かが混ざっている。そしてランサーはといえば、ひとつも動揺する気配なくキッチンに突っ立っていた。
    「あ? 何って……チョコ作るんなら溶かすとこからだろ? 溶かすならフライパンじゃねぇの?」
    「うっわお前馬鹿野郎、バター引いてその上に板チョコぶっ込んだな!? 何がしてぇんだよ! 窓開けろ窓! くせぇ!」
    「え……なんか違ったのか……?」
     とりあえずはこの異臭をどうにかと、部屋中の窓を全開にする。火は止めろというキャスターの指示通り、コンロの火は消し止められた。甘いような、苦いような、それでいて何だか少し香ばしいような、非常に微妙な香りだけが部屋の中に漂っている。
    「おいどれだ、どのレシピ見たんだお前」
    「レシピ? んなもんねぇけど?」
    「ねぇのかよ! だーっもうなんなんだよお前は! つうかバターでもねぇわこれマーガリンだろうが!」
     キャスターの余りにもっともなツッコミにも動じないランサーは、まるでチョコの方がおかしいと言わんばかりの表情で腕組みだ。
    「おかしいな……板チョコを熱で溶かすだろ? それを型に流すだろ? 固まるだろ? できあがりじゃね?」
    「……お前、この惨状見てよくそれ言ったな……」
     開いた口が塞がらないとは正にこのことだ。これ以上の惨劇を目の当たりにするのは御免だと、キャスターは急ぎスマホを取り出した。チョコレート、作り方、初心者、動画。適当に検索ワードを並べて、それらしいページを開いてやる。
    「とりあえず何でもいいからレシピ探せよな! 動画付きがいいんだよお前みたいな奴には。見ろ、お前のやってることとぜんっぜんちげぇだろが!」
     文字で読ませるだけでは危ない。そもそもこの様子ではきちんと読むかどうかも怪しい。流石に動画で手順を見せられれば間違いにも気づくだろうと踏んでのことだったのだが、何故かランサーはますます難しそうな顔つきになって言った。
    「同じじゃね?」
    「……お前、間違い探しとか苦手なタイプか? この動画のどこにフライパンとマーガリンが出てきてんだよ。あのな、こりゃ湯煎っつって、湯の熱を使って溶かすんだよ」
    「え、めんどく」
    「さい、んだな? お前のアーチャーへの愛はその程度なんだな? その程度、な・ん・だ・な?」
     折角ここまでお膳立てしてやったのに、面倒とはなんだとキャスターの額にピキピキと青筋が立つ。
    「いや、そうだな。……悪ぃ」
    「お? なんだ素直だな。槍でも降るか?」
    「降らねぇよ! ……あーあ、それにしても板チョコ無駄にしちまった。結構いい値段のクーベルチュールチョコレートだったのに」
    「……フライパンにマーガリン引いてチョコ焦がす奴が、何でクーベルチュールなんて言葉知ってんだ……」
     まだあるのか? とキャスターが聞けば、オレのことだからまず失敗は免れねぇと思って多めに買ってあるとの返しだ。前向きなんだか無鉄砲なんだか。とりあえず湯煎という技術は動画を見ればわかるだろうと思い……いやわかるか?
    「ランサー。言っとくが、ボウルの中にチョコと湯を入れて混ぜ合わせるんじゃねぇからな……?」
    「え、違うのか?」
    「おまえ……」
     高級クーベルチュールがまたひとつ無駄になるところだった。頭から動画を再生したキャスターは、湯の熱で間接的にチョコを温めて溶かすんだと、これ以上ないくらい懇切丁寧な説明をしてやった。何でオレが、と口に出さなかったところは自分で自分を褒めてもいいだろう。どうにかこうにかランサーを納得させると、溜息をつきながらキャスターはソファに戻っていった。
    「つうかキャスター、お前こそ何でそんなチョコ作り詳しいんだよ。貰うの専門じゃねぇの?」
    「ああ、なんかまぁ、昔な。当時付き合ってた子が菓子作り好きだったもんで付き合わされたりしてたんだ。古の記憶ってやつだな」
    「へぇ……なるほどな」
     ……菓子作りが好きな恋人。料理全般、菓子に至るまで何でもこなせるアーチャーのことを思い出さずにはいられない。同時に口元が緩むのを感じたランサーは、いつしか妄想の世界へ飛び込んでいた。
     
    『ランサー、今日はその、……記念日だろう? だからひとつ、ケーキでもと思うんだが』
    (あー……いいな……。記念日って何の記念日か知らねぇけど。オレらもなんつうか、どっから付き合い始めたとかわかんねぇし)
    『どんなケーキがいいだろうか? フルーツいっぱいのタルト、ブランデーを効かせたチョコレートケーキ、王道で生クリームたっぷりのショートケーキ……』
    (うんうん、ケーキの名前よく知らねぇから妄想が貧弱だが、多分もっと凝ったのが出てくるよな……)
    『……君と一緒に作れるなら、その時間は宝物だ。ランサー……』
     
    「なぁんて! なーんてな! いいんじゃね!? オレもアーチャーとケーキ作りてぇ!」
    「!?」
     一応手順通りに湯煎でチョコレートを溶かし……もとい引っ掻き回しながら突然叫んだ弟に、キャスターはびくりと大きく肩を震わせた。
    「よーし見てろよアーチャー! まずはオレの愛情たっぷりチョコを食らえ!」
    「……乙女かよ」
     貰ったチョコをひとつ齧りながら、キャスターはじとりとランサーを見遣った。



    「で、……できた……!」
     チョコ作りの最中、台所は後できっちり掃除しろよと何度もキャスターの声が飛んできたが、それはさておいて、だ。
     完成した。アーチャーへの愛を、想いを込めまくった、ランサー自身世界一重いと自負するチョコレートが。
    「おう、できたのか……って、なんだこれ!? すげぇな!? フライパンとマーガリンでチョコ溶かそうとしてた奴の作品か!?」
    「へっ、オレのポテンシャルの高さを舐めんなよキャスター。コツさえ掴めばあとは愛の力でどうとでもなるもんだ」
     もうだからお前は愛とか言うなっつうの、キャラぶっ壊れてんぞ。噴き出しそうになるのをどうにか堪えたキャスターは、シンプルに四角い形に粉砂糖をまぶした生チョコを眺める。愛が云々はよくわからないが、最後のあたりの試食は確かにいい味わいだった。それまで幾度も地獄を見たし、試食係だって半強制的……もとい泣き付かれてのアレだったのだが。
    「何かいい感じの箱と包装紙は買ってきたからな。……流石にあいつの菓子の足元にも及びはしねぇだろうが」
    「いや」
     キャスターはランサーの肩を叩くと、ぱちんと片目を閉じて見せた。
    「こういうのは愛情がそのまま味に表れるもんだ。料理に関しちゃ器用じゃねぇお前が、アーチャーのために、アーチャーが喜ぶ顔を思い浮かべながら、何度も何度もやり直してできたチョコだろ。喜ぶぜ、あいつ」
    「キャスター……」
    「ほら、行ってこい。渡しに行くんだろ? キッチンの片付けは貸しにしといてやる」
    「ああ! ありがとな、キャスター!」
     丁寧に包装したチョコレートの箱を紙袋に入れると、ランサーはアーチャーの家に向かって走り出した。


     
    (……アーチャー、今日バイトとかじゃねぇといいんだが……)
     あまり速く走るとチョコが壊れてしまうからと、ランサーは小走りでアーチャーのアパートへ向かっていた。あとふたつ角を曲がればアーチャーのアパートだ。そうなれば自然と足も軽くなる。早く、早くアーチャーに。これを渡して、そして食べてもらいたい。純粋に湧き上がる気持ちを抑えきれないまま、最後の角を曲がろうとしたとき。
    「……ッ!」
     思わず足が止まる。同時に呼吸も止まり、ばくんと心臓が跳ね上がった。すぐ目の前に昼間、アーチャーにチョコを渡していた女子学生と、アーチャーの姿があったからだ。電柱の陰に隠れると、ランサーは息を潜め、二人の会話に耳をそばだてた。
    「昼間はありがとう。ガトーショコラ、しっとりとして甘すぎず、口当たりも滑らかで……とても美味しく頂いたよ」
     ガトーショコラ。何だか手の込んだ菓子というイメージしか持ち合わせていなかったランサーは、手にした紙袋を眺めた。いやいや、手が込んでいるからどうこうとか、そういうものではない。それに、想いの強さならば誰にも負けない自信はある。気付かれないよう気配を殺し、次の言葉を待つ。やがて女子学生のほうが、小さな小さな声で言葉を紡いだ。
    「じゃあ、あの……付き合って、もらえないかな」
    「え……?」
     浮かべた笑みが、次第になりを潜めていく。いやお前そりゃそうだわ、と流石のランサーもこの時ばかりは相手に同情した。感想が欲しいと言われて大真面目に感想だけ伝えて帰ろうとしたのか。
    (ざ……残酷な奴……)
     そんなつもりではなくて、ああでも、いや違う。きょろきょろと視線を動かしているアーチャーは完全に狼狽えている。ランサーは変わらず二人のやり取りを見ていたが、互いに無言、膠着状態だ。
    (ああくそ……しょうがねぇなぁ)
     ここで自分が出ていくのは不正解なのかもしれない。アーチャーが自分で解決すべき問題なのかもしれない。だが、事がおかしな方向に流れていくかもしれないというのに、黙って見ているのも違うだろう。ランサーはふうっと息を吐き出すと、覚悟を決めて二人の目の前に歩み出た。
    「よう、お二人さん。とっくに日は暮れてるぜ? 女の子が一人で出歩くにはちぃと危ないんじゃねぇか?」
    「ランサー!?」
    「ランサーくん!」
    「お、オレのこと知ってんだ。悪ぃな、通りがかりに二人の会話聞いちまってよ」
     アーチャーが視線だけで余計なことを言うなと言っているのがわかる。周囲には自分たちの関係は話していない。アーチャーは能力者、ランサーは類稀な器を持つ霊媒体質だ。いざ事件が起こった時、二人の関係性に注目されてしまっては動き辛いからだ。ただの知り合い、よくて友人程度に誤魔化しておいた方が何かと都合がいい。だから今回も同じ、隠し通すべきだろう。
    「こいつとはこれから約束があってな。話があるならまたにしてもらえるとありがてぇんだが。あ、勿論アンタのことは送っていくから」
    「いいの! ……いいの。うち、すぐそこだし。一人で帰れるから」
     そうして少し寂しそうに笑うと、女子学生は言った。
    「ありがと、アーチャーくん。感想貰えて嬉しかったよ」
    「あ! ……待っ」
     追おうとするアーチャーの腕をランサーがきつく掴む。そうして緩く首を横に振ると、彼はじっとアーチャーを睨んだ。
    「……付き合うのか? あの子と」
    「な、……まさか、そんな」
    「なら追うな。……あの子のこと傷つけるだけだぞ、お前」
    「……ランサー」
     ほら、行こうぜ。掴んだ腕を引っ張りながら、ランサーはアーチャーの自宅に向かって歩き出した。
    「お前、モテるのな」
    「君がそれを言うのか?」
    「もうやめとけよ、ああいうの。優しさと残酷さは時として表裏一体、ってな」
    「……心しておく」
     少し落ち込んだ様子のアーチャーは、ランサーに引きずられるがままに、歩を進めた。
     すっかり日も暮れて、夜が一面を覆っている。今日と言う日も残り少しだ。
    (……あとは、オレが上手くやるだけだよな)
     小さな紙袋に視線を遣りながら、ランサーは白く濁った息を、冬の夜空に緩く溶かした。


    「お前がオレんち来るのはよくあるけど、オレがお前んとこ来るのはそういや久しぶりだな」
    「……そうかもしれないな」
     アーチャーの部屋は物が少ない。必要最低限の家具が並んだ部屋、ベッドの脇に腰を下ろすと、ランサーは紙袋の中をちらりと見た。大丈夫だ、チョコレートは多分崩れていない。
    「今日さぁ」
    「何だ?」
    「……お前、うちに来るのかなー、なんて思ってたんだよなぁ」
     できるだけ軽く、力のこもらない声でそう言うと、ランサーは振り返った。アーチャーは立ったままランサーを見下ろしているが、どこか苦々しい表情でいる。
    「……何故、そう思うんだ?」
    「え?」
     何故? 何故ときたか。
     アーチャーは淡白なように見えて意外とイベント好きな一面がある。自分たち兄弟に合わせてくれていたのかもしれなくても、少なくとも嫌いではないはずだ。あれは作り物の笑顔ではなかった。ハロウィンやクリスマス、三人で過ごした他愛もない時間は間違いなく楽しく過ぎていったと思っていたから。
    「いや、……うーん、なんつうかさ。お前もほら、イベント事好きじゃねぇか。ハロウィンとかクリスマスとか、美味い料理作ってくれて、なんだかんだワイワイやって」
    「そうだな」
     まずい、声のトーンが上がってこない。とりあえず否定はされなかったものの、アーチャーはランサーから視線を逸らすと、聞えよがしに呆れたような溜息をついた。
    「だが、別にイベントの度に君たちの家に行かなくてはならないなどという決まり事はなかろう? 同棲しているわけでもあるまいし」
     同棲。さらりと出てきた言葉にどぎまぎする。その単語自体は何でもなくても、アーチャーの口から出てきたということが、ランサーの心臓を煩く鳴らした。
    「アーチャー。何か……何かお前機嫌悪くねぇか。思うことがあるなら」
    「ああ、それとも。……同棲どころか恋人同士ですらなかったかな、私と君は」
    「は……?」
     口元にひとつ笑みを浮かべ、アーチャーはやっとランサーを正面から見た。いや、見たと言うよりは睨んだという方が近いかもしれない。かつてこんなにも乾いた笑顔を見せたことがあっただろうか。そう思う程には、彼の表情は明るくない。
    「……うちに来るか、などとよくも言えたものだ、ランサー。あんなチョコの匂いの漂う場所に、何故私が?」
    「……あ」
     
     ……しまった……!
     
     浮かんだのはその言葉だけだ。アーチャーの表情は怒りと悲しみとを色濃く含んでいたというのに、己の方こそ何故だと問われるべきだったのに。何故想い人のそんな気持ちにすら気付かなかったのかと。
    「……君達と過ごすイベントは楽しいさ。一人でいては味わえないことも、君達兄弟とならたくさん味わえた。……だが今日ばかりは別だ。ランサー、エコバッグに詰め込まれたチョコレート、今年はどれだけの時間をかけて食べるつもりだ? ああ、昨年は確か、義理だからとか友達からだからとか何かと理由をつけて、私にもお裾分けをしてくれたのだったか? なるほど確かに美味かったよ。……ただ、二度とこの日に君達の家に行くことはないだろうと決意することにはなったがね」
    「……アーチャー」
    「悪いが帰ってもらえるか。それに、先程の女性。確かに私も迂闊だったが、君にだけは説教されたくない。される覚えもない。チョコレートを全て消化したら、そうだな。塩気のあるものでも作ってやろうか? もっとも、そんなものすら君には不要……」
    「アーチャー!」
     遂に背を向けてしまったアーチャーの腕を、ランサーは慌てて引っ張った。しかしアーチャーは頑なに前を向いたまま動かない。昨年お裾分けをしてくれたとアーチャーが言っているチョコは、ランサーとアーチャーの共通の友人から二人に宛てたものだった。だから厳密に言えばランサー宛てのものではなかったのだが、そんなことは言い訳に過ぎない。あまりにも無神経な真似をしてしまった。
    「……悪ぃ。……そりゃそうだ。お前に説教垂れる資格なんかねぇわ、オレ」
    「…………」
    「……本当はな、今日、お前があの子からチョコ受け取ったっていうのが、びっくりするくらいショックでよ。お前……ほら、去年はチョコとか受け取ってなかったか、ら……」
     そこまで言って、ランサーは漸くあるひとつの考えに思い至った。去年は受け取っていなかった。それは記憶の中にある確かな事実だ。だがその前は? キャスターも言っていた。あいつがモテないと思っていたのか、と。
    「……なあ。お前、今まではどうだったんだよ」
    「……何が」
    「チョコ。貰ってたのか?」
    「……君と会うまでは断る理由もなかったからな。断る理由がないものを、何故断らなければならないんだ?」
     ああああああ……! しまった、しまった、しまったああああ!
     それはそうだ。責められても仕方ない。ランサーが来るもの拒まずでほいほいチョコを受け取っていた一方で、アーチャーはランサーがいるからと、去年は、去年だけはチョコを断っていただけだったのだ。
    「ごめん!」
    「何が」
    「何がじゃねぇ、わかって言ってんだろ! お前を怒らせたのはオレだ、なのに何でお前はもっと怒らねぇんだ、もっとキレたっていいんだぜ!? ほら、怒鳴れよ、ブチ切れてみろよ!」
    「はあ!?」
     流石にカチンときたのはアーチャーだ。腕を引かれるのもいい加減鬱陶しく、パシンと手を振り払うと、ランサーに向かって叫んだ。
    「意味がわからん! さっきまで萎れていたかと思えば、私に怒鳴れだのキレろだのと! 少しは反省でもしたのかと思えば逆ギレか!?」
    「逆ギレじゃねぇよオレだってイライラしてんだ! お前すっげぇ怒ってんのに、その気持ちぜんっぜんぶつけてこねぇじゃねぇか! 遠回しに嫌味言うだけでよ! もっと真正面からぶつかってこいっつうんだ! 嫌なら嫌ってはっきり言えよ! 去年のもやもやを今年……いや、放っておけば永遠にでも溜め込んでただろがお前!」
    「うるさい! ……ああわかった、もう知らん! 出ていけ! 帰れ! 私のことはもう放っておいてくれ!」
    「それが逃げだっつってんだ! 言えよ、ムカついたって! 腸煮えくり返るくらい怒ってたって、言えよ!」
    「……っ」
     言葉に窮したか、アーチャーはランサーの言葉に俯くと、小さく肩を震わせ始めた。ランサーは震える肩にそっと手を置くと、微かに聞こえる荒い吐息に驚き、静かに問うた。
    「あ、アーチャー……? 泣いてるのか、おま」
    「──誰が泣くか、たわけぇっ!」
    「ぐぇっ!?」
    「いだっ!」
     突然顔を上げたアーチャー、その頭はランサーの顎に見事クリーンヒットだ。二人分の呻き声と共に、アーチャーは頭を、ランサーは顎を擦りながら悶絶するという異様な光景が広がった。
    「いっ……でぇ……! おま、この、石頭……! 考え方もかてぇが頭もかてぇ!」
    「うるさい! 君がっ! 私が泣いている、とか……そんなふざけたことを言い出すから……!」
     そうしてかち合う視線。互いに、互いの目には涙が溜まっているのを見たランサーとアーチャーは、そこでどちらからともなく噴き出した。
    「……ぶはっ! おま、……泣いてんじゃねぇか!」
    「君こそ、赤い瞳が更に真っ赤になっているぞ。……全く、何なんだ本当に。急に怒鳴るし、私にも怒れなどと言い出すし……」
    「でも、スッキリしたんじゃね?」
     目元を指先で擦りながら、ランサーは笑っている。ガツンと互いにぶつかり合っても、それで壊れるような関係ではない。そう信じていたからこそ、ランサーはアーチャーに怒れと怒鳴って見せたのだ。
    「な? 気持ちも声も、腹から全部出しちまえば、心はスッと晴れるもんだ」
    「……む……」
     確かに、とアーチャーは口を噤んだ。今朝から鳩尾あたりにぐるぐると渦巻いていた重くて濁った泥のような感覚が、いつの間にか綺麗に消えている。彼は頭突きの結果乱れてしまった髪をかき上げると、ぽすんとベッドの上に腰掛けた。続けてランサーもその隣に腰を下ろす。
    「嫌だったに決まっている」
    「うん」
    「だが、君の決めたことならと……君にも何か思うところがあるのだろうと、それを尊重しようと思ったのが去年だ。だがそれで得たものは何も無かった。今年はどうだと様子を見ていたらまるで去年と同じ。確かに去年はそういう関係かどうか微妙な時期でもあったからな、口を挟めなかったが今年は! 流石に!」
     一年経っているんだぞ!? だんだん語気が荒くなる弓に、今度こそごめんな、ごめんとランサーは平謝りだ。
    「……だから、君はきっと私のことは、他のだれかと同じくらいにしか見ていないのだと」
    「アーチャー」
    「……思ったら、胸が、詰まっ……て、」
     
     苦しげに吐き出される本音を吸い込むように。
     ランサーの唇が、アーチャーのそれにそっと触れた。
     驚いたように見開かれたアーチャーの瞳は、直後、瞼に覆い隠されて見えなくなる。

    「……アーチャー、甘いな」
    「君は全然、甘くない」
    「食ってねぇからな。試食はキャスターに任せてたし」
    「試食……?」
     おう。そう言って笑いながら、ランサーは紙袋の中から小箱を取り出した。いい感じだと思っていたラッピングも、よくよく見ればリボンの結び方が歪になっている。だがそれがどうしたと、ランサーは続けた。
    「世界でたった一つだけの、オレの手作りチョコだ。……お前の足元にも及ばねぇことはわかってんだが、お前に食べて欲しくて作った。あ、出来栄え悪けりゃキャスターに言ってくれよ? あいつ監修だからな、コレ」
    「ランサーの、手作り……」
    「最初はなんだあの、ユセン? もわかんなかったんだけどな! フライパンにマーガリン引いて溶かしちまった!」
    「それは大丈夫なのか?」
     苦笑していたアーチャーの顔が、次第に申し訳なさそうに歪んでいく。
    「……ランサー。すまない、その……。今年は君にチョコなど渡してやるものか、などと子供のようなことを考えてしまってだな……」
    「ん? ああ、問題ねぇよ。そう思わせちまったのはオレだもんな。アーチャーは悪くねぇ」
     だから、とランサーは続ける。固く握りしめてしまったアーチャーの手に手を重ね、軽く握りしめて。
    「オレのチョコ、一緒に食ってくれねぇ? んで採点してくれよ。愛の重さがどれくらい伝わるかってな!」
    「君の口から愛などという言葉が飛び出してくるとはな。……だが、悪くもない。私も些か、浮かれているのかもしれないな」
    「いいんだよ、こういう時くらい浮かれても。な、チョコ食おうぜ。……そしたら」
     ランサーにひそひそと耳打ちされ、アーチャーは今度こそ顔を真っ赤に染め上げて固まった。
    「……やっぱり、君たちの家に出向くべきだっただろうか……」
    「お、何だよ、嫌なのか?」
    「い、嫌……では、ない、と……思う」
    「……だろ?」

     甘い甘いバレンタイン。
     それはほんの少しの勇気が、背中を押してくれる不思議な日。

     お前と一緒にチョコ食って。
     ──そしたらさ。
     お前のことも、余すことなく食っちまいてぇ。
     な、いいだろ? アーチャー。
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