影菅書きかけ断片メモ ごまかされねぇぞ、と影山は思う。それから、今度こそは、と決意も新たに拳を握った。しかし本当はわかっていた。そんな風に毎度無様に思ってみせて、それで結局同じ結果を得てしまうことを。
わかってただろ。胸中で悪態を吐いたってどうにもならない。だってこれは、影山が自分可愛さに招くヨテイチョウワの結果なのだから。
「予定調和だよ」いつかの菅原はそう言った。ヨテイチョウワ。影山はその時、耳慣れないその言葉を無感動に繰り返した。知らない舌触りの言葉。意味はわからなかった。声にしてみても何も掴めなかった。ただ菅原の声だけが耳の内に滲んで染み付いてしまった。何かの呪文みたいだ。余韻だけ残して、跡形もなく消えてしまうのに、それでも確かにそこには効力があった。
菅原はいつも正しい。こうなることは、いつだって予定調和だ。
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その時影山は軸をバレーしか持たなかったから、どうしたらわかるのか、理解の仕方が少しばかり歪だった。バレーと同じだ。より上手くなりたいなら、知りたければ、よく観察して、触れて、確かめて、思い描けるようになるまで、何度だって、そうして得るしかない。そういう術しか影山は持っていなかった。だけど今なら、それがただの言い訳だったとわかる。
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「知りたいです。菅原さんのこと」
「……影山は、やっぱ変わってんな。天才ってそうなの?」
「……てんさい……」
「良いもんじゃないべ。俺なんて知ったってさ」
「……」
「俺、つまんねーし」
「そんなことは……」
「ない? 嘘だぁ。お前俺の駄洒落で笑ったことねぇじゃん」
「ッ……そういうことじゃなくって」
「ペラッペラだもん、俺。面白くもなんともないよ」
「菅原さん」
「影山、きっとすぐ飽きちゃうよ」
そう言った菅原は、優しい先輩の顔で笑った。影山は、その顔を好きだと思った。だけど、違う、足りないとも。適切な距離、適切な関係、先輩と後輩、絵に描いたような、そんな正しく清潔な笑みだった。
悔しさが込み上げる。菅原には、敵わない。菅原の畳み掛けるような言葉。影山にさえわかるようになされた意地悪な言葉選び。きっと今、自分は誤魔化され、突き放され、軌道修正された。それがわかる。それなのに、影山は自分の気持ちを言葉という形で適切に表せない。反証する術を持たない。そんな自分が、たまらなく悔しい。
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じゃあ、どうすれば。手を伸ばしたって届かないものがある。それでも伸びてしまうこの手を、どうすれば。
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それは影山の胸を刺して渇望を誘った。
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知らないことがあればさ。影山は、……ずっと、ずっとそうしてくれるのかなって、思った。知ろうとしてくれる限り、俺のこと。ずっと繋がっていられるのかな、って。これがさ、もう既に俺の願望。ただの馬鹿。ほんと馬鹿。
なんで。
そうして、欲しかったから。あの時から、ずっと先まで影山と。
ずっと……。
そう、ずっと。
菅原さんは、
うん。
俺とずっと居てくれるつもりだったんすね。
……。
最初から、ずっと。
菅原の瞳が熱を点して、溶けたのがわかった。わずかな風にも水面が揺らぐように、菅原の中で感情の風が吹いている。その瞳に反射している光が、揺れて歪んだ。白い瞼が緩慢に瞬く。歪んだ水面が、たまらずぷっくりと水粒を作る。それがいやにゆっくりと溢れるのを見た。溢れて、名通りの左の泣きぼくろを撫で、落ちていく。それをこの指先で捕まえられたら、影山は思った。それでも、そうは出来ないのだ。思う前に体が動いてしまうような青い頃は、とうに過ぎてしまっている。